ソニーとホンダの「EV新会社」発表会見の翌日には東京・二子玉川駅前で、「VISION-S」シリーズ2台の実機が展示された。SUV型の「VISION-S 02」の国内披露はこれが初。一般来場者の注目度も非常に高かった。
撮影:伊藤有
先週、突然発表された、「ソニーとホンダが電気自動車(EV)新会社設立へ」というニュースは、金曜の午後という時間にもかかわらず、多くの人が一瞬手を止めるような電撃的なニュースだった。
両社は、EVの共同開発・販売を軸にした合弁会社に向けた提携に基本合意して、設立準備に入った。
会見終了後、がっちりと握手を交わす両トップ。左から、ソニーグループの吉田憲一郎会長兼社長、本田技研工業の三部敏宏社長。
撮影:伊藤有
金曜17時に都内で開かれた会見には、ソニーグループ(以下、ソニー)の吉田憲一郎会長兼社長、本田技研工業(以下ホンダ)の三部敏宏社長という両トップが登壇したことからも、両社の肝入りであることが見て取れる。
ソニーとホンダが構想するEV新会社は、どんな姿になり、どんな車両が登場するのか。ソニーのEV子会社ソニーモビリティとソニー・ホンダのEV新会社の関係はどうなるのか。
この率直な疑問を、会見当日得た情報を交えながら5つのポイントで解説する。
ポイント1:どんな車両が、いつ発売されるのか?
東京・品川のソニー本社のロビーには、2020年に発表したスポーツセダン型のバッテリーEV「VISION-S 01」が展示されている。
撮影:伊藤有
プレスリリースによると、EV新会社の初代モデルの発売は「2025年中」。生産はホンダが担当する。公に明記されているのはここまでで、車種や特徴は明らかになっていない。
ソニーは2020年、スポーツセダン型のバッテリーEV(BEV)「VISION-S 01」を試作、同じプラットフォーム(EVを構成するための基盤で、モーターやバッテリーなどの基本構成)を使ったSUV型の「VISION-S 02」を2022年1月に米ラスベガス開催のイベント(CES 2022)で公開している。
「VISION-S 01」については、ヨーロッパでは公道での走行試験も実施済みで、国内でも、ソニーの私有地内で、記者向けに超短距離ながら、同乗体験取材を開いたこともある。
ただし、これらはあくまで、プロトタイプ(試作)にすぎない。量産車はまったく別のものになると考えた方が良さそうだ。
ソニーでEV開発を指揮する、ソニーグループ常務・AIロボティクスビジネスグループ 部門長の川西泉氏は、1月に実施した筆者とのインタビューの中で、「VISION-Sがそのまま製品になるわけではない。製品としては、もっと最適化できる」と答えている。
機能の方向性として、VISION-Sで培ったものを生かすのは間違いないだろうが、「どんな性能のどのような車種を」「いくらぐらいで」売るのか、といった点はまだ分からない。
ただ、リリースには「高付加価値型のエレクトリック・ビークル(EV)」という文言があるため、価格を抑えた普及型EVでないことだけは明確だ。
ポイント2:ソニーはホンダの何を求めたか
撮影:伊藤有
ホンダはソニーに対し、EVの生産設備と自動車のアフターサービスに関するノウハウを提供する。
ソニーはEV事業参入に際し、自社でEV向けの生産工場などを作らない(資産保有を抑える)、いわゆる「アセットライト戦略」を採る。
他社との差別化点は、センサーやエンターテインメントのノウハウ。そして「ソニーが作るモビリティ・プラットフォーム」(ソニー・吉田社長)だ。
「会社設立の目的の一つは、モビリティの進化への貢献。安全を支えるセーフティ、エンタテインメント、アダプタビリティ(適応力)の3つの領域で、貢献できそうだと分かった」とソニー・吉田社長は言う。その領域をカバーするのが、ソフトウエアやクラウドを活用したモビリティ・プラットフォーム……ということのようだ。
その上で、EVのハードウェア面ではホンダとのパートナーシップで開発される。
また、安全性が重要な自動車においては、アフターサービスにも独自のノウハウが欠かせない。ソニーは家電・IT機器のサポートノウハウはあっても、自動車に求められるアフターサービスのノウハウは持ち合わせていないので、その点をホンダがサポートする。
ポイント3:ホンダはソニーから何を得るのか?
ホンダの三部社長は、ホンダ側のプレゼンテーションのなかで「歴史的・文化的にシンクロする」点が両社の共通点であると語った。
撮影:伊藤有
今回の両社の提携で、ソニーが「得るもの」はある意味、明確だ。
一方、ホンダは一体何を得るのか。ただ車両技術と生産能力を提供するだけなのか、それ以上の「イノベーション」への期待はあるのか。
筆者の印象としては、ホンダ三部社長は会見では未来志向のコメントに終始しつつも、そこに強い具体性が感じられるのかといえば、そうではなかったように思う。
三部社長の質疑の回答によると、提携による短期的な収益は「そこまで期待していない」という。さらにここが重要だが、ホンダ自身のEV戦略とも一線を画したものになる、とする。
「従来の提携では台数規模を追って収益を上げていくことが目標だったが、今回は『そうではない』とはっきり言える。ホンダの電動化戦略として、北米ではゼネラルモーターズとのプラットフォーム共通化などに取り組んでいるが、それとは別」(三部社長)
ホンダ・三部社長は会見でそう断言した。
もちろん、いかにソニーとはいえ、非自動車メーカーの新規参入である以上、両社が作るEVがいきなり大手自動車メーカーを脅かすような台数を売るとは考えづらい。
そうしたこともあってか、ホンダとしては、短期的に「生産台数によって利益を得る」ことを前提としていないと回答したのだろう。足元でのEV戦略についてはホンダとしてすでに進めているものがあり、それらとは別物として進める。
ではホンダにとって、今回の提携の「魅力」は何だったのか。それはおそらく「将来のため」だ。
三部社長は、提携に至った経緯を次のように述べている。
「モビリティ業界は産業が生まれて以来、初めてといわれるほどの大きな変革期を迎えている。これからの変革や革新の担い手は、必ずしも従来の自動車メーカーでなく、むしろ異なる業種からの新たなプレイヤー、失敗を恐れずに果敢にチャレンジを続ける新興企業に移行しているように思う」
「自動車のカテゴリーで考えているとどうしても、自動車の領域から踏み出すのが難しい。このジョイント・ベンチャーから新しい価値が生まれて、それが逆にホンダの戦略に刺激となって帰って来ればウェルカムではある」(三部社長)
別の言い方に翻訳すれば、「自動車メーカーからは出てこない発想と技術の追求を、EVを通してソニーとともに探求すること」、そのものが狙いだ。将来的にはそれがホンダ自身のEV戦略に反映されることもあり得るが、まずは自社単独では発生しない化学反応をソニーに求めた、ということではないか。
ポイント4:提携に至った経緯は?
撮影:伊藤有
両経営トップが質疑で回答したのは、「当初は意見交換レベル」であり、けっして3月4日の会見を意識したスタートではなかったということだった。
具体的には、両社の意見交換は、2021年夏にホンダ側から持ち掛けたものだという。ただこの時点では、「今回発表されたような協業を目的としたものではなかった」とホンダ・三部社長は回答している。
「異業種を掛け合わせることによっていろいろな価値を見出せるのではないか、と(両社の若手社員を中心に集まった)ワークショップをスタートさせたが、そこでの両社メンバーの化学反応に、大きな可能性を感じた」(ホンダ・三部社長)
ここから話が進み、2021年末にソニー・ホンダ両社の社長が会談し、新会社設立に向けた機運が急ピッチに進んできた。
ソニー・吉田社長は「自動車は我々にとって新しい領域であり、(設計・製造のノウハウを持つ)パートナーが必要という認識。さまざまな可能性を模索してきた」と話す。
そこでホンダとの関係が強化された結果、今回の提携に結びついた、と考えるのが自然だ。
ポイント5:「ソニーモビリティ」とEV新会社の関係性は?
撮影:伊藤有
ソニーとホンダによるEV生産に関する新会社は2022年度中に設立されるが、実は現時点では名称は未定だ。
また気になるのは、1月にソニー自身が今春の設立を発表したEV子会社、ソニーモビリティ社との関係性だ。会場でソニー広報に聞いたところ、ソニーモビリティと今回のEV新会社はまったく別の会社であることが改めて確認できた。
だとするなら、両社の住み分けはどうなるのか。
ソニー広報の説明によると、両者の立ち位置はこうだ。
- ソニーモビリティ:「モビリティ全般に関わる『プラットフォームを作る会社』。その技術をホンダとの新会社のEVでも活用する」(ソニー広報)
- ソニーとホンダのEV新会社:ソニーとホンダの提携で、車両を企画設計・生産する
ソニー吉田社長は、モビリティ・プラットフォームのあり方について次のように述べている。
「今までのサービスは『クルマ』を認証してきたが、今後は(クルマを使う)『人』を認証し、アクションやサービスを提供していく。その中で、アップデートや必要であれば『課金』も行なう」(ソニー・吉田社長)
そのモビリティ・プラットフォーム開発をソニーモビリティで手掛けることになる、ソニー川西常務は、以前筆者の取材に対し、次のように答えている。
「自動車にもパーソナライズできる領域を相当増やせるはず。同じVISION-Sであっても、人によって乗り味が違う、車の特性を変えてしまう、といったこともできる。どこまでソフトでコントロールできるかが、我々にとってのチャレンジ」(ソニー・川西常務)
ソニーとしては、そうした要素を差別化要因と考えており、そこにつながる部分を「ソニーモビリティ」として抱えておきたいのだろう、と予想できる。
このソニーモビリティが作るプラットフォームは、ソニー・ホンダのEV新会社だけにとどまらず、「オープンに他社にも提供される予定がある」(ソニー・吉田社長)という。また、2社による新会社も、2025年以降は「ソニー・ホンダだけで終わるとは考えていない」(ホンダ・三部社長)とし、最初の車両が登場した後、可能性があるなら他のパートナーも巻き込んでいく認識で一致していることも分かった。
2025年まで「時間はない」
20度近い気温になったこともあり、二子玉川駅前の会場は人出が多かった。国内外の大手自動車メーカーの中にソニーが並ぶ光景は非常に未来的。多くの人が内外装を写真に撮ったり、窓から熱心に内部を覗き込んだりしていた。
撮影:伊藤有
なお、2025年までまだ時間がありそうに思えるが、自動車業界の目線では、それほど余裕があるわけではないはずだ。
とりわけ、異業種の2社が提携して作る車両となれば、むしろ時間の余裕はないのではないか。ソニーは、試作の「VISION-S」開発にも2年以上の時間をかけている。市販車ともなれば同等以上の時間は必要で、もう余裕はない。だから三部社長は会見の中で、再三「時間もないので」と発言していたのだろう。
いずれにしても、日本にとって歴史的なEV合弁会社だ。「たった3年先」にどんな車両を世に送り出すのか、心待ちにしたいところだ。
(文・西田宗千佳)
西田宗千佳:1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。取材・解説記事を中心に、主要新聞・ウェブ媒体などに寄稿する他、年数冊のペースで書籍も執筆。テレビ番組の監修なども手がける。主な著書に「ポケモンGOは終わらない」(朝日新聞出版)、「ソニー復興の劇薬」(KADOKAWA)、「ネットフリックスの時代」(講談社現代新書)、「iPad VS. キンドル 日本を巻き込む電子書籍戦争の舞台裏」(エンターブレイン)がある。