株式市場の弱気センチメント(心理)はそう長くは続かないというのが、米資産運用会社RIAアドバイザーズの最高投資責任者(CIO)ランス・ロバーツの見方だ。
REUTERS/Andrew Burton
景気動向を示す重要な指標である2月分の米雇用統計が発表された3月4日朝、非農業部門の就業者数は市場予想を大幅に上回る67万8000人増を記録したにもかかわらず、S&P500種株価指数は前日終値比で1.5%下落して始まった。
株式市場はそのくらい悲惨な状況だ。
投資家たちは2月24日に始まったロシアのウクライナ軍事侵攻に大きな衝撃を受け、市場ではその後も動揺が続いていた。そして、雇用統計発表のその日、欧州最大級のザポロジエ原発で砲撃が原因とみられる火災が発生、直後にロシア軍が同原発を制圧したことが明らかになり、状況はさらに悪化した。
それでも、市場の弱気センチメントはそう長くは続かないというのが、米資産運用会社RIAアドバイザーズの最高投資責任者(CIO)で業界歴26年のベテラン、ランス・ロバーツの見方だ。
地政学的イベントが引き起こす株式市場の下落は比較的短く終わることを、過去のデータは示している。したがって、3月には株価が上昇に転じる「可能性が高い」とロバーツは分析する。
ただし、投資家は強気相場への急転換に目をくらまされてもいけないという。弱気相場のリスクはまだ残っているからだ。
「株価が反発に転じると、すぐに『おお、助かった、調整局面は終わりでここから先は強気相場だ』と思いこむ投資家が多く、それこそがリスクなのです」
ロバーツが3月に株価上昇を予測する理由のひとつは、米個人投資家協会(AAII)が算出するセンチメント指標に表れる弱気姿勢だ【図表1】。センチメントはコントラリアン(=逆張り投資家)の動きを示す指標にもなり得る。
【図表1】米個人投資家協会(AAII)が毎週調査して算出するブル(強気)ベア(弱気)指数の推移。足もとでは圧倒的な弱気(=縦軸の下方向)に振れている。
Goldman Sachs
(株価上昇予測につながる)足もとの弱気センチメントを示すもうひとつの動きが、ここ数週間のオプション市場におけるS&P500種のプット(売り権利)取引の増加だ【図表2】。
【図表2】プットオプション取引残高(想定元本)の5日移動平均の推移。
Goldman Sachs
プットオプションの買い手は相場下落によって利益を得る立場で、それを含む取引額は(コロナ拡大前の)2020年3月を上回っている(ゆえに強気相場への期待は薄い)。
「ポジションが逆転すれば、かつてない水準まで取引残高(想定元本)を積み上げたプットオプションが、3月の株価上昇の燃料となるでしょう」(ロバーツによる2月28日付コメント)
ロバーツはまた、2011年以降の市場リターンの40%を生み出してきた自社株買いが高止まりしていることからも、株価回復が期待されると指摘する【図表3】。
【図表3】年初来の自社株買い承認総額の推移。2022年は現時点でコロナ拡大前の2018年、19年と同水準。
Goldman Sachs
それでも、投資家は株式市場がまだリスクの高い領域にとどまっていることを忘れてはならないとロバーツは強調する。
「(高すぎる)バリュエーションは恐るべき時限爆弾ですが、それが続いているおかげで、市場でまだ数多くの投機筋(=短期的な値動きを通じて利益を得ようとする投資家)が動いていることを認識できる面もあります。言い換えれば、株価の割高感の問題は解消されたわけではないのです」
しかも、米連邦準備制度理事会(FRB)は景気刺激策としての資産購入を3月末までに終了し、計画通り利上げに踏み切ろうとしている。
ロバーツは、FRBがインフレ抑制と十分な流動性の確保という相反する役割の間で板挟みになる展開に警鐘を鳴らす。
一般的に、最初の数回の利上げプロセスでは株式市場に大きな変化は見られないものの、やがて人々は借入金を返済できなくなり、それが不況の引き金となる。
過去をふり返れば、いわゆるソフトランディング、つまり自らの金融政策決定を原因として景気後退が起きないよう、FRBは常に苦心してきた【図表4】。
【図表4】米連邦準備制度理事会(FRB)による利上げと経済危機との関係。青線は米2年物国債利回り、橙線は政策金利であるFF(フェデラル・ファンド)金利、黒線がS&P500種株価指数。
RIA Advisors
「ゴルディロックス相場(=経済が過熱しすぎず、閑散ともしない適温状態)という言葉は、景気後退からの回復期に1回ないしは2回の利上げが行われたあたりの時期に使われるものです」
株価は3月に回復するも、その後最大30%下落する可能性があるとロバーツは考えている。ただし、そこまで深刻な結果になる可能性は小さいという。20%下落した時点で、FRBは金融システムの安定を維持するため、介入して量的緩和策を再開し、金利をゼロ近辺まで引き下げようとするからだ。
株式市場はこれからどう動くか
高すぎるバリュエーションは、米ウォール街の他のストラテジストたちも、とりわけ長期的な視点から懸念している。
例えば、米銀大手バンク・オブ・アメリカ(バンカメ)米国株・クオンツ戦略責任者のサビータ・スブラマニアンは、ここしばらくバリュエーションが高止まりを続けていることを踏まえ、S&P500種株価指数の今後10年間のリターンはマイナスになると予測している。
ただし、短期的な視点から見た場合、バリュエーションが割高であってもリターンにはほぼ影響がないとスブラマニアンは指摘する。彼女に限らず、ウォール街のほぼすべてのストラテジストたちが、株価は現在の水準より値上がりすると予測している。
2月中旬時点で、S&P500種の2022年目標株価の中央値は5000。最も弱気の予測を出したのは米金融大手モルガン・スタンレー米国株チーフストラテジスト兼最高投資責任者(CIO)のマイケル・ウィルソンで4400。バンカメのスブラマニアンは4600だ。
インフレ率が40年ぶりの高水準で推移するなか、欧米の金融大手各社は利上げ予測を引き上げている。
ゴールドマン・サックスとバンカメは、25ベーシスポイント(0.25%)の利上げが(2023年にかけて)7回実施されると予想する。モルガン・スタンレーは6回で、JPモルガン・チェースのジェイミー・ダイモン最高経営責任者(CEO)に至っては、2022年内に7回の利上げもあり得ると1月中旬に発言している。
それだけの利上げが行われれば、経済成長は鈍化し、企業の収益を圧迫する可能性がある。モルガン・スタンレーのウィルソンCIO(前出)は、利上げと消費者センチメントの悪化の相乗効果こそが、いずれ株式市場にとって最大の脅威となると指摘する。
「いま出ているほとんどの景気予測あるいは企業業績予測は、2021年の激烈なハイペースから減速する展開を織り込んでいますが、当社はいずれもより深刻な結果になるリスクが高まっているとみています」(モルガン・スタンレーの2月22日付顧客向けレポート)
ウィルソンによれば、今後数カ月の成長鈍化次第で、現在の株価調整局面の深押しと長期化の程度が分かってくるという。
もちろん、予測を上回る景気拡大の可能性がないわけではない。年初からの2カ月で非農業部門の雇用者数は100万人以上増え、失業率は3.8%に低下、個人消費も堅調に推移している。
しかし、アメリカの国民総生産(GDP)のおよそ3分の2を占める強い個人消費が、一方で消費者センチメントを悪化させる主な要因と言えるインフレを助長している面もある。いま以上に個人消費が過熱すればインフレは高止まりを続け、FRBにタカ派転換を促すことになる。
さまざまな意味において、FRBとアメリカの経済は両天秤の関係で、経済が過熱してインフレが進めば景気拡大の妨げとなるし、その火消しにFRBが利上げに過度に積極的になってもやはり景気後退につながってしまう。
ロバーツが先に指摘したように、FRBが過去に腐心してきたソフトランディングを実現できないとなれば、この先の株式市場は波乱含みとなる可能性がある。
(翻訳・編集:川村力)