スティーブ・ウォズニアックは、投資の際は基本的に「プロダクトと人」という2つの側面から判断するという。
Unicorn Hunters
2018年、アップルは時価総額が1兆ドルを超えた初の企業となった。それからわずか3年強の2022年1月には一時3兆ドルを超え、アップルは再び歴史を作った。
今日のアップルは、スティーブ・ウォズニアックとスティーブ・ジョブズが46年前に立ち上げたものとはかけ離れている。
ウォズニアックはInsiderの独占インタビューで「創業当初のアップルは、投資家の間ではあまりウケてなかっただろうね」と語った。「当時は『そんなに会社を大きくするつもりはありません』なんて言ってたから」
1980年代半ばにアップルを去ったウォズニアックは、起業家としても投資家としても、さまざまな事業に乗り出した。おまけに米TVリアリティ番組「ユニコーン・ハンターズ(Unicorn Hunters)」にも出演して多彩ぶりを発揮し、自身の長い経歴書に同番組の「投資パネリスト」という新たな肩書を加えた。
「ユニコーン・ハンターズ」は、主に医療技術分野で活躍する有望な起業家を取り上げ、投資パネリストの前でピッチをさせるという番組だ。投資パネリストにはウォズニアックの他、アイドルグループ'N Syncのランス・バス(Lance Bass)、米財務官のローザ・リオス(Rosa Rios)、テック業界の大物アレックス・コナニキン(Alex Konanykhin)など、経験豊富な投資家らが顔を揃える。
パネリストは起業家に対し、その事業アイデアが投資に値するものかどうかを判断するために、リスクや弱点を洗い出すような質問を投げかけていく。
アップル創業の経験から多くの投資基準を導き出しているウォズニアックは、パネリストという役割を真摯に受け止めている。
「僕は投資対象には常に懐疑的だ」と彼は言う。「自分が小さなスタートアップを立ち上げたときによく投資家たちから聞かれた質問をしたいと思ってる」
ビジネスという側面からウォズニアックは、プロダクトの価格の妥当性や、提示された株式数が出資比率にどのように反映されるかなど、技術面・運用面のさまざまな要素を検討する。さらに重要な検討材料として、ウォズニアックは事業アイデアの背景にある技術的な分析を好んで行う。
ウォズニアックは、投資の際には基本的に2つの側面を考慮するという。「プロダクト」と「人」だ。以降では、その2つの点からウォズニアックが編み出した投資判断基準を紹介しよう。
プロダクト
ウォズニアックは、商用パーソナルコンピュータという先駆的なアイデアをヒューレット・パッカード(Hewlett Packard)勤務時代に持ちかけたが、5回却下された。その後同社を退職してスティーブ・ジョブズとアップルを立ち上げたという。しかし、これは革新的なアイデアだという自信があったため、実現への決意が揺らぐことはなかった。
「当時、個人が所有できる小型コンピュータという市場はまだ存在していなかった。僕らのプロダクトは、他の人たちがマイクロプロセッサでやろうとしていたことよりも5年は先を行ってそうなものだった。これだけは会社がバックアップしてくれようがくれまいが、自分ひとりででも成し遂げていただろうね」
ウォズニアックは今でも、人々のニーズに合った、質の高いプロダクトを提供することがいかに重要であるかを強調する。この条件を満たしている場合にのみ、もっと詳しい話を聞くようにしているという。
「その技術を見てから、こんなふうに聞くんだ。『これは今日の世界の、最先端の科学技術があれば本当に作れると思うかい? それとも、調達が難しい素材などがあって壁にぶち当たる懸念は?』とね」
しかし、必ずしも消費者のニーズを満たしたプロダクトさえあればいいわけではない。ウォズニアックほど経験豊かな起業家であっても、どの事業が成功するかを見極めるのは難しいという。
ウォズニアックが逃した投資機会の1つはウーバーだった。セグウェイは「世界がひっくり返るような発明には結局ならなかったが、その可能性もあったはず」という。
「セグウェイは僕の人生に大きな影響を与えた。素晴らしいプロダクトだ。コストを別にすればの話だけどね」とウォズニアックは言う。
ウォズニアックはセグウェイの愛用者として広く知られている。セグウェイに乗ってアップル製品を購入しにいく様子からは、良いプロダクトへの強い思いがうかがえる。
REUTERS/David McNew
「プロダクトはどれも、代替品との比較になる。これまで作られてきたものはどれも良いプロダクトだし、以前のものより優れたプロダクト、誰かにとっての良いプロダクトであることは間違いない。
だけど、そのプロダクトを良いプロダクトだと思う人が少なかったり、代替品の方が総合的に見て高評価だったりしたらそれまでだ」
ウォズニアックは、睡眠モニタリング用の圧力センサパッドを開発するUDPラボ(UDP Labs)のプロダクトのような、シンプルで日常生活になじむ新しいものを見つけることにも熱心だ。このパッドは、睡眠パターンや心拍などの複雑な情報を読み取る優れ物でありながら、パッドを直接ユーザーの体に貼り付けたりしなくてもいいシンプルさが気に入っているという。
「買うことで実物を所有できた昔のハードウェア時代と、考え方は同じ。クラウド経由でサービスを提供する人とは見方が違う」とウォズニアックは言う。
また、ウォズニアックが投資を行う際には、倫理面を考慮することもあるという。前述のTV番組「ユニコーン・ハンター」で取り上げられたチリのスタートアップ、ゲネプロDX(GeneproDX)のケースがまさにこれに当てはまる。
ゲネプロDXの事業の主軸は、命を救うための甲状腺がん検出キットの開発だった。このキットの製造コストは100~200ドルであるのに対し、販売価格は2400~4900%に相当する4000ドルだった。7人の投資パネリストの間で倫理的な懸念について議論が交わされた後、ウォズニアックだけが「不確定要素」と「個人的な感情」を理由に投資見送りの判断を下した。
「この会社が200ドルで作ったものを4000ドルで売っているという事実が、倫理的に引っ掛かったんだ。そういうのは僕の主義じゃないのでね」とウォズニアックは言う。また、このプロダクトはFDA(米食品医薬品局)の認可が保留になっている点も、投資を見送った理由のひとつだという。
人
「アップルが成功したのは、僕らが2人の若者のままではいなかったから。会社が成長するにつれて、各部門に優秀なプロフェッショナルを雇い入れた。人材がすべてだからね。ピッチをする起業家にも同じ質問をするんだ。『きみの会社で働く人たちは、このビジネスを成功させてくれそうかい?』と」
そう語るウォズニアックは、投資先の起業家を探す際に、マーケットに関する深い知識といったビジネス面での優れた洞察力だけを見ているように周りからは見えるかもしれない。しかしそれだけではなく、自社のプロダクトの成否を見極められる「優れた技術者」としての目も持ち合わせていればなお好ましいと考えている。
しかし起業家は時として、ピッチで自分たちのポテンシャルを十分に伝えきれないことがあるという。そんな時は、投資家は「楽観主義者の一面」を持つようにと勧める。
「アップルのように後から大化けするかもしれないし、最初のうちはまだ分からないものだ。スプレッドシートで計算するような単純なものではないからね」
だからこそ、彼はプロダクトの分析結果だけを見て投資したりはしない。その事業に賭ける起業家たちの心意気のようなものを重視しているという。
「ある意味非常に主観的だし、人によって異なるだろう。物事の人間的側面から来る基準だからね。どのような感情で動いているのか、その仕事にどんな気持ちで向き合っているのかも重視するよ。そして何より、その会社のメンバーがいい人たちかどうかも重要だね」
今日のスタートアップのエコシステムにおいて、しっかりとした「目的」を持っている本気の起業家とご都合主義の起業家もどきを区別するためには、特にこの感情的な側面での判断が大切になるのだとウォズニアックは言う。
ウォズニアックによれば、最近リリースされたアプリやプロダクトの中で「人生を変えるような違い」をもたらす可能性を秘めたものはほぼ皆無だという。その要因は社会にある、と彼は見ている。情熱を持たない創業者というカルチャーや、間違った理由で会社を設立する人を許容してきた社会に起因する、と。そのようなケースでは、エンジニアらが「ことが動き出してから採用される」ため、プロダクトのクオリティに妥協が生まれてしまう。
「『会社を起こすならテックビジネスだ、重要なのはビジネスであって技術力じゃない』と考える人があまりにも多すぎる」とウォズニアックは言う。「現実はそんなもんじゃない。僕だったら、たまたまあるところで突然ビジネスのアイデアが頭に浮かんで、それを実現するスキルを持っているから何とかモノにできないかなと考える、という流れだね」
このようにウォズニアックは、創業者たちを「内に秘めた自信」だけでなく、「自分たちのやっていることを深く信じ、それを実現できると確信している」という最大のセールスポイントからも慎重に精査してきたという。
起業家精神を「最も困難で、最も厳しいが、最も楽しいもの」に変えるには、プロダクトに対するこうした内なる原動力を持つことが重要だとウォズニアックは言う。
「ずっと考え続けていた人は1つの起業で失敗しても、まだ何かやってみたいという思いが残っているものだ。だから後々も別のアイデアを思いつける。単にこれが巨額の富を生む方法だからという理由で無理して起業しようとしている人の姿はあまり見たくないし、そういう会社にも投資したくないね」
ウォズニアックによると、起業家を後押しするモチベーションは、彼らの周りの人たちにとっても良い刺激になる。特に若い人たちにとっては、たとえ成功事例でなくても刺激になるのだという。それだけに、血液1滴であらゆる病気を発見できると謳ったスタートアップ、セラノス(Theranos)の騒動には心底がっかりしたと語る。
「素晴らしいアイデアを持っていて、ゆくゆく成功するかもしれない多くの若者を落胆させることになってしまう。そんなのはごめんだね。僕はこれからも不可能にチャレンジするつもり」
エリザベス・ホームス率いるセラノスは、画期的な血液検査技術の開発によって脚光を浴びたが、2018年に詐欺罪と共謀罪で起訴された。
REUTERS/Brittany Hosea-Small
仮想通貨は信用できない
自称オタクであるウォズニアックは、長年のメタバースのファンである。しかし、NFTや仮想通貨のメリットについてはあまり確信を持てないと言う。それらの多くは「あまりにも漠然としすぎていて」信頼できず、「不当に高い値で」取引されていると指摘する。
「今ではいろいろな仮想通貨が出てきているし、誰でも新しい仮想通貨を作れる。仮想通貨を持っている有名人もいるけど、それは単に、まだ値段が安い初期段階で投資したいと思っている人たちから大金を集めているだけだろうね。棚ぼた式に儲かるんじゃないかという欲に目がくらんで仮想通貨を買う人が多いけど、結局ただのゴミくずになってしまう」
「ユニコーン・ハンターズ」は最近、独自の仮想通貨「ユニコイン(unicoin)」を発表した。この通貨は同番組が投資するスタートアップのポートフォリオから株主に配当やエクイティポジションを提供するもので、株式やETF(上場投資信託)のようなものだ。
「これはスタートアップ投資の世界を一般の人々に開放してみせたってことだね」とウォズニアックは言う。しかし、ユニコインは他の仮想通貨よりも慎重に運用されていると彼は言う。プロによる投資判断に支えられているためだ。
「トークンは当てにならないよ。価値がゼロになる可能性もある」とウォズニアック。「ユニコインには大いに成功してもらいたいね。少なくともゼロベースではなく、会話と対話に基づいて投資判断がなされているということだけは言える。本当に投資の結果に基づいていますから」
ウォズニアックはその他の仮想通貨市場について、経済的で保守的な戦略を容認できる大手プレイヤーがいくつか存在すると考えているが、ビットコインは「純金の数学だ」と指摘する。
彼は2021年10月のYahoo!ファイナンスの取材で、ビットコインは「数学的な純粋さ」に加えて、「科学、数学、論理学、コンピュータプログラミング」の要素も含まれており、供給に上限もあることから(訳注:ビットコインは発行総量の上限が2100万枚とあらかじめ決められている)気に入っていると語っている。
(翻訳・渡邉ユカリ、編集・常盤亜由子)