セールスフォースのマーク・ベニオフCEO。
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セールスフォースの会長、共同CEO兼創業者のマーク・ベニオフは、ソフトウェアをサービスとして販売するSaaSへの道を切り開いた人物だ。
同社を大手ソフトウェア企業へと成長させたベニオフを、マーケティングや営業の天才と称賛する人は少なくない。それがたとえ投資家向けの業績発表の場であれ、ベニオフはいかなる機会も、売り込みのチャンスと捉えてきた。
その間、折に触れてベニオフは自分の信念をためらうことなく口にしてきた。企業が社会問題に取り組む重要性について話題にすることも多く、「ビジネスは変化をもたらす最大のプラットフォームである」とも話す。「ステークホルダー資本主義」の重要性を説き、ビジネスがその周囲のコミュニティや環境、従業員、株主にとって有益でなければならないと熱弁を振るう。
実際に、ベニオフはLGBTQの人権やホームレス問題、気候危機について立場を明確に示しており、その考えはセールスフォースのマーケティング戦略にも表れているほどだ。
こうした価値観は、決して一夜にしてできたものではない。これまで多くのリーダーや情報源に影響を受けながら形作られてきたものだ。Insiderは今回、ベニオフの視座を養ったものは何かを探るべく、ベニオフにおすすめの書籍を尋ねた。
セールスフォースの広報担当者を通じて送られてきたリストは、リーダーシップを発揮してIT企業を成長させてきたCEOによる著書から、テクノロジー論やマーケティング論、仏教や瞑想に関するものまで、かなり広範なトピックをカバーしていた。
以下がベニオフが推薦する12冊だ。
コリン・パウエル『It Worked for Me』(邦訳:リーダーを目指す人の心得)
アメリカ元国務長官のコリン・パウエル
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最初の1冊は、アメリカ国務長官を務めたコリン・パウエルの著書『It Worked for Me: In Life and Leadership』(邦訳:リーダーを目指す人の心得)だ。国に仕えるというパウエルのキャリアを形作った学びや、パウエル自身の逸話が綴られている。
ベニオフは本書を薦める理由について、パウエルが自分の長年のメンターであったこと、そしてどう人をリードしていくかについて彼から影響を受けたことを挙げている。
2人は1997年に出会い、パウエルはその後、2014年から死去する2021年までの7年間、セールスフォースの取締役を務めた。ベニオフは米タイム誌に次のように書いている。
「コリン・パウエルは、ビジネスそのものや、世の中で企業が担う役割について、私の見方を変えてくれた」
企業はその周囲の世界にとって有益な存在でなければならない、という自身の考えは、パウエルから影響されたものだという。
マイケル・デル『Play Nice But Win』(未訳)
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マイケル・デルは、著書『Play Nice But Win: A CEO's Journey From Founder to Leader』(未訳:フェアプレーで勝とう——創業者からリーダーへ、CEOの旅路)で、いかにしてコンピューター会社のデルを立ち上げ、事業存続のために闘い、変化し続けるテクノロジー業界に合わせて組織を変革してきたかを振り返る。
なお、デルとベニオフは古くからの友人であり、SNS上ではよく互いの実績を称え合っている。同じテック企業のCEOとして、会社をどう成功させるかという点について、ベニオフは本書からヒントを得てきたのかもしれない。
孫武『The Art of War』(邦訳:孫子)
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『The Art of War』(邦訳:孫子)は、企業のリーダーに人気の本だ。ビジネス、政治、日常生活に対する孫子の考えは現代にも当てはまり、ビジネスリーダーの多くが、経営課題や役員同士のもめ事にどう対処するかなどについて本書を参考にしている。
ビジネス系メディアのファストカンパニーによると、これまでにも元国務長官のコリン・パウエル、NFLのニューイングランド・ペイトリオッツのビル・ベリチック監督など、さまざまな業界のリーダーたちが本書を薦めてきた。
ベニオフは本書を高く評価するあまり、注釈付きの版が発刊される際に序章を寄稿したほどだ。本書が、ベニオフのビジネスや個人としての哲学にインスピレーションを与えてくれたのだという。
「あらゆるマントラ—— 冷静さを失わないことから、辛抱強くいること、チャンスを見つけることに至るまで—— は、賢く使えば勝てる戦略にもなり得る」とベニオフは序章に書いている。
クラウス・シュワブ『Stakeholder Capitalism』(未訳)
クラウス・シュワブ
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世界経済フォーラムの創設者兼会長のクラウス・シュワブは本書『Stakeholder Capitalism: A Global Economy That Works for Progress, People and Planet』(未訳:ステークホルダー資本主義——発展、人、地球に効くグローバル経済)の中で、大企業のみならず、人、環境、企業にとって有益な資本主義をどう実践するかについて語っている。
2021年1月に出版された本書には、新型コロナウイルスのパンデミックが自身の哲学にいかに影響を及ぼしたかという視点も盛り込まれている。
ステークホルダー資本主義自体は新しい考え方ではないが、企業が、従業員、企業の周囲のコミュニティ、環境、株主を含むあらゆるステークホルダー(利害関係者)にとって有益であることの重要性を、ベニオフはかねてより熱く語ってきた。
ベニオフは世界経済フォーラムに定期的に出席し、パネリストとしてシュワブから学んだステークホルダー資本主義について発言することも多い。
レイチェル・ボッツマン『Who Can You Trust?』(邦訳:TRUST 世界最先端の企業はいかに〈信頼〉を攻略したか)
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テクノロジーや信頼の専門家レイチェル・ボッツマンによる『Who Can You Trust? How Technology Brought Us Together and Why It Might Drive Us Apart』(邦訳:TRUST——世界最先端の企業はいかに〈信頼〉を攻略したか』は、テクノロジーによって人の信頼、生活、仕事、貯蓄、消費がいかに変化しているかを掘り下げている。
ボッツマンは作家のほか、英オックスフォード大学客員研究員としての顔も持つ。本書を称賛するビジネスリーダーは多く、ベニオフもその1人だ。
ポール・ポールマン『Net Positive』(未訳)
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ユニリーバの前CEOであるポールマンは著書『Net Positive: How Courageous Companies Thrive by Giving More Than They Take』(未訳:ネット・ポジティブ——受け取る以上を与える勇気ある企業は繁栄する)の中で、ユニリーバがいかにしてサステナビリティを実践しながら企業として成功したかを語っている。
ベニオフは、サステナブルなビジネス手法の大切さや、変化を起こすプラットフォームとしてビジネスを活用することの大切さをよく力説している。また、ポールマンとは長年の友人でもある。
ベニオフは本書を評し、「私たちの日常生活のありとあらゆる面にデジタル技術が根付く中、すでに確立された信頼の枠組みがいかに劇的な変化を遂げているかを、著者は的確に描写している」と書いている。
ちなみに、ボッツマンは過去のセールスフォースの年次イベントDreamforceに登壇し、どうすれば企業は顧客の信頼を勝ち取れるかについて講演を行っている。
クレイトン・クリステンセン『The Innovator's Dilemma』(邦訳:イノベーションのジレンマ)
HarperCollinsPublishersInc.
シリコンバレーでは必読書とも言える本書は、市場のリーダーや既存プレーヤーがなぜ往々にして業界に起こるイノベーションの次の波に乗り損ねるのかを解き明かした一冊だ。
Wiredは本書を「イノベーションがどのように起こるかを記した最も——最もでないにしても——重要な本の一つ」と紹介している。ベニオフが本書を推薦する理由もおそらくWiredと同じだろう。
ソフトウェアをサブスクリプションとして販売するモデルは今では業界標準となったが、セールスフォースの共同創業者であるベニオフは、このモデルを作り上げたパイオニアの1人だ。クリステンセンが本書で取り上げているのも、まさにこういったイノベーションだ。
ベニオフは、時代に順応し乗り遅れないためには、「初心者の心」を持ち続けることが大切だとよく話すが、この考え方からも本書の影響が見てとれる。
メイナード・ウェッブ『Dear Founder』(未訳)
メイナード・ウェッブ
MaynardWebb
ライブオプス(LiveOps)のCEOであり、連続起業家、投資家でもあるメイナード・ウェッブの著書『Dear Founder: Letters of Advice for Anyone Who Leads, Manages, or Wants to Start a Business』(未訳:親愛なる創業者へ——リーダー、マネジャー、起業家を目指すすべての人への助言の手紙)は、多くのスタートアップ創業者が強く薦める1冊だ。
ウェッブは、イーベイ(eBay)やヤフー(Yahoo)といった著名なシリコンバレー企業で長年幹部を歴任しており、2006年からはセールスフォースの役員にも名を連ねている。
本書は、ウェッブが創業者たちに宛てた80通以上の手紙から構成され、資金調達の問題、投資の管理、失敗にどう折り合いをつけるかなど、さまざまな難題や、スタートアップの成長のステップについて洞察を深めることができる。
ベニオフは書評の中で本書を「どのステージの起業家にとっても必携書」と表現している。
フレデリック・P・ブルックス・Jr.『The Mythical Man-Month』(邦訳:人月の神話)
Addison Wesley Longman, Inc/Amazon
本書は、ソフトウェア・エンジニアリングやプロジェクトマネジメントに関するエッセイ集だ。1975年に初版が刊行され、1982年と1995年に改訂された。
後れをとったソフトウェア・プロジェクトにさらに人を増やせば、プロジェクトはさらに遅れるという考えのもとに書かれている。
ベニオフが本書を推薦したのは納得だ。というのも、本書からは上手なソフトウェア開発の仕方についても学べるからだ。ベニオフの他に、ソフトウェア業界からの尊敬を集めるオラクル創業者のラリー・エリソンも本書を薦めている。
ティク・ナット・ハン『Being Peace』(邦訳:仏の教え ビーイング・ピース——ほほえみが人を生かす)、『Fragrant Palm Leaves』(邦訳:禅への道——香しき椰子の葉よ)、『The Sun My Heart』(未訳)
ティク・ナット・ハン
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ベニオフは、自身が仏教の僧侶からどれほど多くの影響を受けてきたか、定期的に瞑想するよう勧められたかについてよく話す。それが高じて、セールスフォースの新社屋に従業員用の瞑想スペースを作ったほどだ。
ベニオフが特に影響を受けたのは、ノーベル平和賞候補にもなったティク・ナット・ハンだ。その著書である『Being Peace』(邦訳:仏の教え ビーイング・ピース——ほほえみが人を生かす)、『Fragrant Palm Leaves』(邦訳:禅への道——香しき椰子の葉よ)、『The Sun My Heart』(未訳:太陽、我が心)の3冊は今回のリストにも入っている。
ティク・ナット・ハンは南フランスに仏教の瞑想センターを設立しているが、過去にはこの瞑想センターの僧侶がセールスフォースの恒例イベント「Dreamforce」などに参加し、マインドフルネスの重要性を語ったこともある。
ティク・ナット・ハンが2022年1月に逝去した際、ベニオフは以下のようにツイートした。
「ティク・ナット・ハンからは多大な影響を受けた。ハンから『成功と幸福、どちらが大切か?』と聞かれた私は、『どちらも!』と思った。だがハンはこう言ったのだ。『全てが重要ということは、何も重要ではないということだ。選びなさい。成功の犠牲者になることはあっても、幸福の犠牲者になることはない』」
※この記事は2022年3月18日初出です。