3月9日、AIベンチャーのグリッドは、仮想空間上に現実世界の企業活動を再現する「デジタルツイン」を活用して、製造業やサプライチェーンの経済コストや二酸化炭素排出量をシミュレーションする「ReNom GX」を開発したことを発表した。
グリッドではこのシステムをシナリオプランニング・デジタルツインシミューレーターと呼んでいる。
「脱炭素化」して終わりではない
提供:グリッド
脱炭素に向けた取り組みが進む昨今、二酸化炭素の排出量を「見える化」する技術などに注目が集まっている。ただ、企業活動のゴールは、「二酸化炭素の排出量をただ削減する」ことではない。
これから先の脱炭素社会に重要なのは、二酸化炭素の排出量を減らしつつ、企業活動をうまく循環させることだ。
グリッド事業開発部の中村秀樹本部長は
「デジタルツインとシナリオプランニングをかけ合わせることで、二酸化炭素の削減だけはなく、生産コストなどを削減し、企業成長を支援していこうと考えています」
と、ReNom GX開発の意図を語る。
グリッドが今回発表したReNom GXでは、サプライチェーンにおけるスコープ1、スコープ2、スコープ3(※)という各フェーズをデジタルツイン上で再現することで、企業活動におけるコストや利益に加えて、二酸化炭素排出量などの複数のシナリオを提示することを実現している。
将来の需要や在庫、工場の生産量などのデータを初期値として入力することで、複数のシナリオが提示され、企業はそれをもとに経営判断を下せる。
※サプライチェーンにおける排出量の考え方
スコープ1:事業者自らによる温室効果ガスの直接排出(燃料の燃焼、工業プロセス)
スコープ2 : 他社から供給された電気、熱・蒸気の使用に伴う間接排出
スコープ3 : Scope1、Scope2以外の間接排出(事業者の活動に関連する他社の排出)
中村本部長は、
「二酸化炭素の削減だけではなく、コスト(売り上げ、利益、在庫、投資)そういった軸を合わせた上で複数のシナリオを提示していくことが強み」
とReNom GXの強みを語る。
なお、ReNom GXでは、AIをもとに複数のシナリオが作成されており、さらに、デジタルツインでさまざまな状況をシミュレーションした結果を学習した別のAIによって、それぞれのシナリオを実行する計画が最適化されている。
汎用性の高いデジタルツインを構築
船舶計画を立案する時間が60分の1に、輸送効率(コスト)も20%低下した。
出典:出光興産
グリッドではもともと、石油元売りの出光興産と協力して、国内における石油の海上輸送計画のシミュレーションをするデジタルツインを構築し、深層強化学習を活用して最適な運航計画を策定するAIの開発に取り組んでいた。
この事例で開発されたAIでは、運航計画を策定する時間コストを60分に1に削減し、輸送効率も20%向上させることに成功している。
今回発表したReNom GXは、出光興産と協働して開発したAIを、将来のシナリオプランニングをかけ合わせた上で汎用化させたものだといえそうだ。
グリッドの曽我部完代表。
提供:グリッド
実際、Business Insider Japanが2021年にグリッドの曽我部完代表に取材した際には、
「ビジネスルールや物理モデルをシミュレーターで可視化して、業務に落としていく。これが出来ると、幅広い産業の計画業務(最適化問題)を解くことができます」
と幅広い産業応用に対する期待を語っていた。
サプライチェーンの配送計画は、いざ最適化しょうにも考慮しなければならないパラメーターが膨大で、「職人」のような現場担当者の長年の経験を頼りにせざるを得ない側面が強い。人の手によって作られた計画が、本当に最適な計画なのかを検証することも難しい。
だからこそ、コンピューターやAIの活用による最適化に期待が寄せられる。
しかし、それぞれの産業や企業ごとに業界ルールや業務内容が異なるため、幅広い産業に活用できる汎用性の高いデジタルツインを作ることは難しかった。
ReNom GXのシミュレーション画面。
提供:グリッド
グリッドでは、これまでにさまざまなプロジェクトを進めてきたことで、サプライチェーンのデジタルツインを再現する上で重要とされる要素を蓄積してきた。こういったノウハウを「モジュール化」し組み合わせることで、幅広い産業に適用できるサプラチェーンのデジタルツインを再現できるという。
ただ、実際にシナリオ・プランニングを進めていく上では、「業界に適切にフィットするのかどうかをある程度実証する必要がある」(中村本部長)。そのため、今後半年〜1年以内に各業界への実証を踏まえて業界ごとに調整されたReNom GXを整備したいとしている。
なお、サービスはライト版、スタンダード版、エンタープライズ版と規模に応じて3パターンに分けて提供する予定だ。ライト版では、1製品、1ラインにおけるシナリオの検討も可能だとしており、大企業から二酸化炭素の排出量削減を求められるような中小企業などにも対応していく方針だ。
(文・三ツ村崇志)