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コロナによるパンデミックは、これまでの働き方を本質的に捉え直し、これからのよりよい働き方を創り出す歴史的なきっかけになりました。
「よりよい働き方」を実現するためには、個人サイドと企業サイド双方が早急に取り組むべき課題があります。それは「人的資本の最大化」です。分かりやすく言い換えるなら、社員1人ひとりがポテンシャルを最大限に発揮しながら、企業の生産性や競争力を向上させていくこと。これがひいては企業に持続的な成長をもたらします。
では、「人的資本の最大化」と企業の持続的成長は、どうすれば実現できるのでしょうか?
この問いを解こうと、自律型キャリア形成を推進する先駆的な8社が集うコンソーシアムがあります。
「はたらく未来とキャリアオーナーシップ」と名付けられたそのコンソーシアムには、キリンホールディングス、KDDI、コクヨ、富士通、パーソルキャリア、三井情報、ヤフー、LIFULLの8社が集結。「個人の主体的なキャリア形成が、企業の持続的な成長につながる」という考えの下に、企業として何をすべきか、具体的な施策を練り上げるダイアローグを毎月重ねています。私はこのコンソーシアムの顧問を務めています。
さて、コンソーシアムの活動の一環として2022年2月、『ライフ・シフト』の著者として知られるロンドン大学ビジネススクールのリンダ・グラットン教授にインタビューする機会をいただきました。
以降ではそのインタビューの中から、個々の社員のポテンシャルを最大限に開花させ、それを推進力にして自社の生産性や競争力をもっと高めたいと願う企業の方にぜひ持ち帰っていただきたい、リンダ教授とのダイアローグをご紹介します。
「私たちは3つの歴史的トレンドの交差点にいる」
まず私は、リンダ教授にこんな質問を投げかけました。
超少子高齢化社会に突入した日本社会のこれからを考えるうえで、一人ひとりが自ら学びや「働く」をアップスキリング(リスキリング)させていく「キャリアオーナーシップ」の推進が鍵を握っていると考えています。
しかし、これまでの「伝統や慣行」が組織にブレーキをかけ、抜本的な改革に取り組めない企業が多いのが実情です。こうした企業がブレイクスルーしていくための「秘策」はあるでしょうか?
「そのためには、現在の状況を生み出しているコンテクスト(=文脈)を捉えることが重要です」、とリンダ教授は応じます。もう少し具体的に言うと、テクノロジー、人口動態、コロナ禍の社会、という3つの歴史的トレンドの交差点にあるのが今日的状況だということです。
リンダ教授は、「人の習慣は12週間で変わる」という心理学の知見があるように、2年続いたコロナ禍で人々の行動様式は習慣化したと指摘します。つまり「元の世界に戻ることはない。これが真実だ」と。
その上で私たちがいま取り組むべきは、「伝統的な働き方」を見つめ直し、より望ましいキャリアを創出していくことだと教授は述べます。
リンダ教授はそのための「秘策」として、2つ提示してくれました。
1つは、企業が人生100年時代の多様なキャリアパスを用意すること。そしてもう1つが、個人は自ら主体的に生涯学習を続けていくこと。そのためには、これまでの働き方にとらわれることなく、よりよい働き方には何が必要か、どうすることが最善なのかを考えることが大切です。
「日本企業はオフィスで“工場”を再現しようとしている」
次の質問は、日本企業の課題の一つであるミドルシニア社員のキャリア形成に関することです。
コロナによって日本でも働き方に変化が起こっています。以前はオフィス出社がメインでしたが、働く場所や時間の自由度が高まり、ワークライフバランスが改善したという人も多く見られます。ただし一方で、仕事へのコミットメントにバラつきが出てしまう懸念もあります。
このような状況で、働く社員が情熱をもってプロセスや結果にコミットメントを高めるために、企業がとれる方策はありますか? また、企業が特にミドルシニア社員の主体的なキャリア形成を促すためには、どんな経営戦略や人事戦略が有効でしょうか?
リンダ教授はこの質問に対し、「若手社員」や「ミドルシニア社員」というように世代ごとにカテゴライズし、「世代間の衝突」として組織内事象を切り取ることには注意が必要だと強調しました。それではステレオタイプ(固定観念)化した捉え方をしてしまうことになる、と。
たしかに、一括りにされがちな「世代」の中にも「違い」はあります。やりがいを感じながら元気に働いている人もいれば、そうでない人もいる。それは世代の差ではなく、個人の差なのです。
新しい働き方を創出していこうという時に、これまでのステレオタイプに固執していては前に進めません。さまざまな世代が混ざり合っているチームの方が、よりイノベーティブなアウトプットを導き出せるものです。若手ならではの、一つのことに取り組む集中力や持続力。経験豊富な社員の理解力や包摂力。それぞれの強みを活かす組織を作り上げていくことが何より重要なのだと、リンダ教授の主張はぶれません。そして次のように、鋭く問いかけます。
「日本企業は、オフィスで“工場”を再現しようとしてきたのではないでしょうか?」
つまりこういうことです。
トヨタをはじめ日本の製造業はこれまで、世界一流の製品を生み出し、目覚ましい産業化を遂げてきた。「メイド・イン・ジャパン」は世界中の誇りだった。しかし、工場で実践してきたそのかつての成功モデルを、新しい働き方が求められる今日の現場でも無自覚に継承してはいないか——そうリンダ教授は問うているのです。
思い当たる点はいくつもあります。
例えばタイムカード。時間で社員を管理することが、果たして生産性の向上につながるのでしょうか? 多様性ある職場には、さまざまなバックグラウンドを持った社員がいます。子育てや介護などを担っていれば、「9時5時」のスタイルで働くことが難しいことだってあるでしょう。社員がそうしたライフイベントに向き合いながら、いかに無理なく働けるか。日本企業もグローバル・スタンダードに追いつく必要があります。
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「年功序列」も再考が必要な時が来ています。グーグルなど比較的新しい企業はそもそも年功序列制度を取り入れていませんし、老舗の海外企業でも、年功序列の制度はもう20年も前に廃止されています。なぜ日本企業はいまだに年功序列を維持しているのか、これについても今一度深く考え直すべきでしょう。
思い込みに疑問を投げかける
リンダ教授は今、「働き方の再構築(=Redesigning Work)」に注目しているといいます。
組織は今、変革の時を迎えています。オフィスと在宅勤務とのハイブリッドワークが浸透しつつあるなか、働き手にとっても企業にとっても「よりよい働き方」と呼べるスタイルを創造していくことが不可欠です。そのためには、従来の常識にとらわれた思い込みに対して、常に疑問を投げかけるべきだとリンダ教授は指摘します。例えば次のように——。
「そもそも私たちは毎日出社すべきなのか?」
ハイブリッドワークを可能にするテクノロジーやサテライトオフィスがこれだけ存在しているのですから、働く場所と時間はもっと柔軟に決められてもいいはずです。ほかにも週4日勤務、長期有給休暇サバティカルなど、人生100年時代の持続的なキャリア形成につながる仕組みはいくつもあります。
キャリアを柔軟なものにする、フレキシブルな働き方を作っていくという「キャリア・フレキシビリティ」の考え方は、企業の垣根を越えてもっとみんなで考えていくべきことでしょう。
加えてリンダ教授は、次の問いについても立ち止まって考えてみるべきだと話します。
「どんな内容の仕事をしているのか?」
私たちはつい、「ベテランの〇〇さんは仕事が早い」「若手社員の〇〇さんの働きぶりはイマイチ」というように、生産性を個人の問題として捉えがちです。しかしもしかしたら、その若手社員が任されている仕事はリモートワークの画面越しでは勘所が掴みきれず、それが足かせになって仕事を覚えるのに時間がかかっているだけかもしれない。
このように、生産性を属人的な問題に限定せず、仕事そのものの内容を捉えることで初めて、働くのにより適した場所と時間の関係性を考えられるようになります。
社員一人ひとりの声に耳を傾け、柔軟な対応をしていく。仕事のあり方をデザインし直し、企業それぞれに合った施策を創出していく——多様な人たちを巻き込み、彼らの力を借りてこれまでのやり方を打破していく試行錯誤のプロセスが、組織内にパワフルな変化を起こすのだとリンダ教授は言います。
コロナ禍をきっかけに考えるべきは、ハイブリッドワークの効果的な運用方法に限りません。いま問われているのは、働き方の本質的な再定義そのものなのです。
この連載について
物事が加速度的に変化するニューノーマル。この変化の時代を生きる私たちは、組織に依らず、自律的にキャリアを形成していく必要があります。この連載では、キャリア論が専門の田中研之輔教授と一緒に、ニューノーマル時代に自分らしく働き続けるための思考術を磨いていきます。
連載名にもなっている「プロティアン」の語源は、ギリシア神話に出てくる神プロテウス。変幻自在に姿を変えるプロテウスのように、どんな環境の変化にも適応できる力を身につけましょう。
なお本連載は、田中研之輔著『プロティアン——70歳まで第一線で働き続けるキャリア資本術』を理論的支柱とします。全体像を理解したい方は、読んでみてください。
田中研之輔(たなか・けんのすけ):法政大学教授。専門はキャリア論、組織論。社外取締役・社外顧問を23社歴任。一般社団法人プロティアン・キャリア協会代表理事、UC. Berkeley元客員研究員、University of Melbourne元客員研究員、日本学術振興会特別研究員(SPD東京大学)。著書は『プロティアン』『ビジトレ』等25冊。「日経ビジネス」「日経STYLE」他メディア連載多数。〈経営と社会〉に関する組織エスノグラフィーに取り組む。