マイクロソフトのサティア・ナデラCEO。
Sean Gallup/Getty Images
2016年の大統領選挙の後、会計ソフトを手掛けるインテュイット(Intuit)の当時のCEOブラッド・スミス(Brad Smith)は、株主などのステークホルダーから圧力を受けた。ドナルド・トランプの勝利を嘆いている人が何人もいるのだと訴える手紙を、従業員に宛てて書けというのだ。
この要求にどう対処すべきか考えるために、スミスは自社の法人向け会計ソフト「クイックブックス(QuickBooks)」と税務申告書作成ソフト「ターボタックス(Turbo TAX)」の顧客の居住地を調べてみた。すると、どちらの顧客も民主・共和両党員が混在する州に住んでいることが分かったのだ。
どちらかの党に偏った意見を表明すれば会社が批判にさらされる可能性がある。そこでスミスは手紙を書く代わりに、この機会をむしろ人権擁護、市民の自由の保護、法の下での平等など、インテュイットが提唱してきた価値観をさらに浸透させるチャンスとして活用することにした。
スミスに限らず、大企業のCEOは日々このような決断を迫られている。
マッキンゼーのシニアパートナー3人による共著『CEO Excellence』。
McKinsey & Company
2022年3月に出版された新刊『CEO Excellence: The Six Mindsets That Distinguish the Best Leaders from the Rest(未訳:CEOエクセレンス——最高のリーダーだけが持つ6つのマインドセット)』 は、ネットフリックス、JPモルガン・チェース、ゼネラル・モーターズ、ソニーなど67の企業のトップが、経営現場での経験を率直に語った内容が綴られている。スミスのエピソードはその一つだ。
本書を読むと、読者はビジネス界で最も影響力のあるリーダーたちからリーダーシップのマスターコースを受けるほどの知識を得ることができる。
共著者はキャロリン・デュワー、スコット・ケラー、ヴィック・マルホトラの3人で、いずれもマッキンゼー(McKinsey)のシニアパートナーだ。本書はリーダーとしての重責を担う人々のための、まさに「エクセレンス(卓越性)のマニュアル」である。
ネットフリックス(Netflix)のリード・ヘイスティングス(Reed Hastings)CEOは本書の中で、大規模な改革をしようとして失敗に終わった過去の経験を語っている。
ヘイスティングスは、市場がDVDレンタルから動画配信サービスに移行しつつあるのを見て、DVD郵送レンタルサービスを無制限の動画配信サービスパックから切り離した。しかし、両方のサービスを契約した顧客にとっては60%の値上げとなってしまい、これがもとでネットフリックスは何百万人もの顧客を失ってしまった。この一件の後、ヘイスティングスは「私は間違っていた」と書いたメールを会員に送り、その年の後半には2つのサービスを1つにまとめた定額料金プランに戻したのだ。
経営者に共通する6つのマインドセット
長年にわたる実証研究と数百時間に及ぶ取材から、最も成功した経営者たちに共通する6つの重要な「マインドセット(心構え)」や「責任感」が浮かび上がってきた。
- 方向性を設定する
- 組織をまとめる
- リーダーたちを通じて社員を動かす
- 取締役会の積極的参画を促す
- ステークホルダーとのつながりを大切にする
- 個人的な能力を高める努力をする
本書では、先に紹介したヘイスティングスの決断のほか、マスターカード(Mastercard)、ベストバイ(Best Buy)、アドビ(Adobe)などの成功例や失敗例も紹介されている。
アリコ・ダンゴート(Aliko Dangote)は、ダンゴート・グループの創業者兼CEOだ。1981年の創業当初は小さな貿易会社にすぎなかった同社は、いまや西アフリカ最大のコングロマリットとなり、売上高は40億ドル(約4820億円、1ドル=120円換算)を超える。ダンゴートは数十年にわたって経営規模を拡大し、事業を通じて自国を工業化させるという自身のビジョンを貫いてきた。本書にはその理由についても詳しく書かれている。
インフレの加速、新型コロナウイルスの感染拡大、ロシアのウクライナ侵攻、サプライチェーンの危機、そして従業員の入れ替わりを余儀なくされる「大退職時代(Great Resignation)」の到来といった状況のなかで、CEOたちは多くの課題を抱えている。彼らの多くが行動を起こすよう迫られる一方、なかにはその職から身を引く者もいる。
「私たちが取材したCEOのほとんどは、この職がいかに孤独かについて話していました」と、著者の一人であるケラーはポッドキャスト番組「インサイド・ザ・ストラテジー・ルーム(Inside the Strategy Room)」のインタビューで語っている。「CEOが報告を受ける従業員にも、CEOの報告先である取締役会にも、CEOが見ているものは見えないのです」
本書の使い方
最もビジョナリーな企業、特に財務業績が上位20%にランクインしている企業の6つのマインドセットを知ることは、組織の方向性を決めなければならないビジネスリーダーにとって、会社の存亡にも関わり得る。
経営者にとっては、ステークホルダーとの関わり方、効果的なチームの作り方、取締役会への対応の仕方など、実践的な事例が満載だ。
先のポッドキャスト番組で、同書の共著者マルホトラは「方向性を決めるために、多くの人はさまざまな意見を聞くものですが、私たちが取材したCEOたちは、自分ですでに方向性を決めていました」と言う。「そこは(CEOとしての)ビジョンと大胆さが求められる部分なので、ボトムアップ型アプローチではないのです」
従業員の燃え尽き症候群が増加するなか、リーダーシップを効果的に発揮するには、リーダーのソフトスキル(訳注:協調性や優れたコミュニケーション能力など)が重要だ。レジリエンス(訳注:困難な状況でもすぐに立ち直れる強靭さ。回復力、弾性、しなやかさともいう)と謙虚さは、リーダーが直面せざるを得ない嵐を乗り切るためのエネルギーと力を与えてくれるスキルの1つだと、デュワーは指摘し、こう続けた。
「話を聞いたCEOの多くが、特別に恵まれた環境で育ってきたわけではないことに驚きました。工場の製造現場や組織の最前線からスタートしてキャリアを積んできたため、レジリエンスと根性が早い段階から備わっていた人も少なくありません」
(翻訳・渡邉ユカリ、編集・大門小百合)