ロシアのオルガルヒのアレクセイ・モルダショフ所有のヨットは2022年3月初め、イタリア当局に押収された。
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バイデン大統領は2022年3月1日の一般教書演説で、アメリカはロシアの新興財閥オリガルヒのヨットやプライベートジェットを差し押さえると発表した。その翌日、司法省は、オリガルヒの財産差し押さえをはじめとする制裁を実行するためにクレプトキャプチャー(KleptoCapture)タスクフォースを立ち上げた。
しかし、制裁を心配しなくてはならないのは、ロシアのエリートばかりではない。世界の富裕層は、大きな買い物をする際、資産の一部を売却せずにローンで多額の資金を調達をすることがよくある。ヨットやジェット機、あるいは制裁を受けた個人が所有する担保資産をめぐる利害関係がある銀行は、こうした当局の制裁に巻き込まれることになるからだ。
クレディ・スイスなど欧州系銀行では、すでに混乱が始まっている。2022年3月初旬にフィナンシャル・タイムズが報じたところでは、クレディ・スイスは投資家に対し、富裕層顧客の持つヨットやプライベートジェットなどの融資に関連する書類を破棄するよう求めていたという。フランスとイタリアの当局はすでにヨットの差し押さえを始めている。
アメリカの銀行の対ロシア債権は、ヨーロッパの銀行に比べれば少ない。しかし、Insiderの取材に応じた3人の弁護士は、アメリカの銀行も今回の問題から必ずしも逃げ切れたわけではないと話す。現在、制裁対象となっている個人および企業は250を超すが、このリストは連日膨らんでいる。今回の全面的な制裁で、もし融資が貸し倒れに陥ったり、政府に財産を差し押さえられたりすれば、銀行がとれる選択肢は限られている。
「融資案件の財産が突然差し押さえられたりしたら、頭が痛いです」と、司法省で14年の勤務経験があり、現在は弁護士事務所ストローク(Stroock )のパートナーを務めるトム・ファイアストーン(Tom Firestone)は言う。「自分たちで資産を差し押さえたいところですが、法を犯すわけにはいかない。法律の細かい分析が必要なので、素早く手軽にというわけにはいかないのです」
銀行には限られた選択肢しかない
制裁では、アメリカの個人や企業が特定国の個人や企業(specially designated national:SDN)と取引することを禁止している。
銀行は制裁対象の個人に対し、新たな貸し付けを行うことが禁止されているだけではない。新しくSDNのリストに追加された個人向けに行われた既存の融資に対しても、制裁措置は適用されるという。
つまり、今回の制裁は非常に厳格で、アメリカの銀行が既存の融資の返済を受けとれない可能性もある、と法律事務所ホーランド&ナイト(Holland & Knight)のパートナー、アントニア・シノバ(Antonia Tzinova)は言う。
司法省と財務省外国資産管理局(Office of Foreign Assets Control:OFAC)は、銀行がローン返済を受け取れるのかどうか、担保資産の扱いはどうなるのかについて明らかにしていないのだ。
さらに問題なのは、銀行がローンに対して担保権を行使し、担保物件を差し押さえ、売却することに消極的であることだ。JPモルガンの融資担当責任者は以前Insiderに対し、ヨットは特に売却が面倒で、売却には1年〜1年2カ月程度かかると語っている。
しかし新たな制裁の下では、SDNがローンを返済できない場合、銀行は返済期限を延長したり、株式や美術品など他の担保を受け入れることが禁止されている。以前、2017年と2018年にアメリカが対ロ制裁の強化に踏み切った際は、ヨットおよび航空機を対象としたクレディ・スイスのローンの3分の1がデフォルトになったという記載が投資家向け説明資料にあると、先のフィナンシャル・タイムズの記事は報じている。
「銀行は、そういった人物への融資に対し、問題解決のために融資の形態になんらかの変更を加えることができないのです」とシノバは言い、こう続ける。
「ですからこうなったら銀行は担保に頼るしかないのですが、担保資産を差し押さえられるかは既存の融資の具体的な条件次第です。銀行が担保処理のために動くには、外国資産管理局の許可が必要になるかもしれません」
この類の許可申請が外国資産管理局に殺到し、認可まで最低でも数カ月、長ければ1年以上かかることも考えられるとシノバは指摘する。
また、ウィルマーヘイル(WilmerHale)法律事務所のパートナーであるマイケル・ドーソン(Michael Dawson)は次のように指摘する。仮に銀行が担保を差し押さえた場合、通常なら、それらを保全して米財務省に届け出ることになっている。しかし、それらの資産を売却するには外国資産管理局の許可が別途必要になる。おまけに、それだけでは未払いの元本分にしかならず、残金は凍結された口座の中にあるため、銀行は自分たちで金利を負担しなければならなくなるという。
アメリカの対ロ債権はイタリア・フランスの2倍
制裁対象者が証券ではなく、不動産などの有形資産を担保にして組まれたローンが、アメリカの銀行に果たしてどれだけあるのかは定かではない。国際決済銀行(BIS)のデータによると、2021年9月時点で、ロシアの銀行はアメリカの銀行に対し、約147億ドル(約1兆7000億円、1ドル=117円換算)の負債があるという。これはイタリアやフランスの銀行の約2倍の額だ。
アメリカの銀行では普通はやらないことだが、外国に拠点を置くアメリカ系の銀行は、ヨットなどの有形資産を担保にロシア人に融資していたとアメリカのある大手銀行の幹部は言う。
その幹部の所属する銀行では現在、可能性のある全ての顧客について、制裁リストに載っていないかを確認中だという。そして、リストに載っていない人も含め、ロシア人向けの融資の依頼は、アメリカ国内にある資産が十分ではないという理由ですべて拒否しているとのことだ。
「海外在住の顧客が、アメリカ国内に資産やローン返済のための資金を持っていない限り、彼らに融資することは非常に難しいです」とこの幹部は言う。「居住地だけでなく、その収入源や資産がアメリカに集中していることも重要です。私たちはローン返済が可能かどうかのキャッシュフローを見るわけですから」
ファイアストーンは、法令を順守することが、果たしてアメリカの金融機関を制裁の影響から守ることになるのかは疑問だと言う。SDNリストにはオリガルヒの家族などの個人も含まれ、タスクフォースは彼らを対象にするようなさらなる制裁も検討していると言う。
「アメリカ国内に資産を持っている腐敗した政権は他にもたくさんあり」、これらの国の政治関係者への融資は調査対象になりうるとファイアストーンは言う。「なぜなら、構造や仕組みを作った瞬間に、タスクフォースは1つの国だけを対象に調査をすればいい、とはならなくなるからです」
ファイアストーンは、ロシアが制裁を甘んじて受ける可能性は低いと見ている。クレムリンはすでに、借り手がルーブル以外の通貨で外国の債券保持者に返済することを禁じている。ロシアが報復として、ロシア人が欧米の金融機関に融資を返済することをどんな形でも禁止する可能性があると指摘する。
弁護士たちは、制裁の状況は刻一刻と変化しているという。ブルガリア出身のシノバは、「この先どうなるのか予想がつきません。21世紀のヨーロッパで起きていることは、説明は不可能です」と付け加えた。
[原文:Why banks that finance yachts and jets for Russian oligarchs could be in uncharted waters]
(翻訳、編集・大門小百合)