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Sansan創業者が仕掛ける新設高専、「無償化」目指す“100億円基金”のすごい仕組み…運用益で学費をまかなう

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昭和40年代に建てられた神山中学校。校舎は学生寮として使われる予定だ。

撮影:伊藤有

2023年4月の開校に向けて、認可申請中の私立高等専門学校「神山まるごと高専(仮称)」。名刺アプリで知られるSansanの創業者、寺田親弘氏を中心にITや実業界の有名人が支援するなど異色の高専として注目を集めている。

同設立準備財団が、「第一期生40人の5年分の学費の実質無償化を目指す」という方針を発表したのは、今年1月末のこと。その具体的な目処が立ち、今回新たに特殊の奨学金基金を創設するという。国内の高専は国立が大半(57校中51校)で、そもそも大半は学費が30万円程度(自宅生の場合)だ。ただし、神山まるごと高専は私立高専のため、認可と並行して、学費をどう下げるかが設立関係者の課題だった。

寺田氏への独占取材から、その異例の「無償化」の仕組みは、起業家ならではの着想から出てきたことがわかった。

お金持ちの子どもだけが通える学校にしたくなかった

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都内で取材に応える寺田氏。

撮影:Business Insider Japan

返済不要の奨学金はすでにあるが、神山まるごと高専が検討を進める「奨学金基金」の仕組みは、制度設計がまったく異なる。

寺田氏はその構造をこう説明する。

神山まるごと高専の奨学金基金スキーム図

【図1】神山まるごと高専の奨学金基金のスキーム説明図。

出典:神山まるごと高専 設立準備委員会

「非営利徹底型一般社団法人の場合、収益事業以外の事業は(法律上)非課税になる。事業で得たお金を学校法人に非課税で寄付し、給付型奨学金として学生に出す。そうすれば、(実質的に)無償の学校がまわしていけます」(寺田氏)

この奨学金スキームのポイントは主に2つある。

1. 基金の運用益で学費をまかない、実質無償化

1つめは、奨学金基金の全体像が、ファンド運用のような形をとっていることだ。具体的には、一般社団法人の「基金制度」を用いて出資金を資産運用し、その「運用益」を奨学金として安定的に給付する。毎年の運用益は5%を見込んでいる。

関係者によると、奨学金基金のスキームは国内のメガバンク系企業とともに設計し、運用はスイスの有名プライベートバンクと具体的な調整を進めている。

年率5%の安定運用については、

「中長期、グローバルの目線で見れば決して(5%の運用益目標は)高くないし、アメリカの大学の基金では10%以上の運用も普通に回している。日本の学校法人は寄付に頼っているところがほとんどなので、運用という概念が生まれにくかったのではないか」

と寺田氏は言う。

2. 基金の運用は100億円規模。賛同企業から1口10億円を拠出

2つめは、ファンドの資金源だ。予定の運用総額は100億円規模。これらは、1口10億円からなる賛同企業からの出資(拠出)でまかなう。

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新設される校舎のCGイメージ。

出典:神山まるごと高専 設立準備委員会

拠出交渉はこれまで、寺田氏を中心としたトップ営業として水面下で進めてきた。単純計算で10社が賛同してくれれば100億円になる。実際に声かけした企業トップの反響はさまざまだが、すでに複数社、確度の高い状況になってきた、と寺田氏は説明する。

候補企業の名前は現時点では明かせないとしながらも、取材のなかで、「10億円を出せる企業となると、日本の中でも超一流の企業。ある程度狙いを定めて話をしている」と明かした。

賛同企業側の「予算」の取り方もさまざまだ。CSR(社会貢献)費用からや、ある種のインパクト投資やESG投資として拠出する企業もあれば、マーケティング費用や、企業のブランディング費用として検討されるケースもあるという。

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神山まるごと高専の認可申請書のファイル。ずっしりとした分厚さだった。

撮影:Business Insider Japan

これらの企業から出資をもとに、「一般社団法人神山まるごと奨学金基金」を非営利徹底型法人として創設(【図1】の1の部分)。委託先の信託会社にて資産運用し、運用益を学校法人に寄付する(【図1】の2の部分)。運用益をもとにした寄付金が学校法人から奨学金として給付され、長期契約に基づく企業などからの直接寄付と合わせて実質無償化を実現するしくみだ。

もちろん、運用成績のアップ・ダウンがあることは考慮に入れている。運用成績が目標に届かない場合は、100億円の5%、年間5億円を充当するなどして、給付型奨学金としていく。

「元本以上は(契約上、拠出企業には)戻せないので、(企業にとって直接的な)利益が出る投資ではないですが、出資金が社会貢献に回るという意味では、ソーシャル・インベストメント(社会的投資)と言えるのではないか」(寺田氏)

拠出企業と学生を結びつける仕組みは成功するか

寺田親弘氏

2021年、寺田氏は企業をまわり、開校資金の寄付集めに奔走した。「奨学金をつくるにしても、自分が毎年、寄付集めをやり続けるにも限界がある」と感じたことも、運用型スキームの着想につながった。

撮影:Business Insider Japan

着想のきっかけは、神山まるごと高専の設立準備を進めるなかで見えてきた、「学費」の問題だった。

校舎を新設し、「テクノロジー×デザイン×起業家精神」を掲げて先鋭的なカリキュラムを構想し、それに見合った教職員を集め、さらに全寮制……となると、それなりに費用がかかる。普通に設計すれば、「学費」は比較的高額にならざるをえない。

「私立校では(ごく単純化して言えば)教職員の人件費を生徒数で割った分が学費になる。誰も儲けていなくても(学費だけで)私立大学理系科目相当(150万円〜200万円)かかる。学生寮の費用も考えると、年間数百万円はかかる計算になります。

そうなると、富裕層の子どもだけの学校になってしまう。
でももし、これを無償化できたら(社会的な)インパクトがある。(学費のハードルをなくして)優秀な学生を集めるには、これ(このファンド運用型の基金スキーム)じゃないか、と思った」(寺田氏)

神山町で進行する高専建設計画。用地選定はすでに済み、建築設計を進めている。

神山町で進行する高専建設計画。用地選定はすでに済み、建築設計を進めている。

出典:神山まるごと高専 設立準備委員会

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スカラシップパートナーと奨学生との連携イメージ。

出典:神山まるごと高専 設立準備委員会

それでも企業が10億円を拠出する「インセンティブ(動機)」が明確に説明できなければ、いかに一流企業の社会貢献という大義名分があろうとも、そう簡単に10億円は動かせない。

ここには、起業家で経営者でもある寺田氏なりの、アイデアがあった。

企業A社(スカラーシップパートナーと呼ばれる)が仮に10億円を拠出したとすると、年間5%、5000万円が1学年4人分の奨学金となる。

A社の資金を元手とする奨学金で学ぶ学生が、毎年4人×5学年=20人生まれ、これは理論的には初年度以降、ずっと続いていく。

A社の資金でつくられた奨学金には、出資企業名が冠されるだけでなく、課外活動の一環として、奨学生と企業のコラボレーションなども計画されている。

「自社の冠を持つ奨学生と一緒に研究したり、事業を考えたりというだけでなく、将来に向けても冠に誇りを持って活躍してくれる。先日もとある企業の社長に(奨学金基金を)話したら、強く賛同していただきました」(寺田氏)

手法としては比較的わかりやすいもののため、「これまで多くの学校法人が採用してこなかった理由」がどこかにあるのではないか?と思ってしまうが、「リーガルチェックも監査法人のチェックも通っていて、実現可能」だと胸を張る。

「5%の運用益を目指すというだけでも、日本では新しい。しかもそれを前提に、フィランソロピー(社会貢献事業)的にお金を回すという発想が、これまでなかったのだと思う」(寺田氏)

さらに第二期生以降の永続的な無償化についても、少しずつ視野に入ってきたと話す。

「『教育格差をなくす』ということもあるが、優秀な人材が集まる、本当に作りたい学校を作るという、戦略上も無償化は必要。このスキームで実現可能と確信している」と、市場を開拓してきた起業家としての自信を覗かせた。

「(神山町が実施している)企業版ふるさと納税もそうですが、今回のようなスキームでの出資が広がれば、日本の企業のソーシャル(社会課題への投資)に対するお金の回りが変わる。そのひとつの提案になればと考えています」

※実質無償化について:奨学金基金によって学費負担をなくす、という仕組みのため、この記事では「実質無償化」という表現を使っています

編集部より:給付型奨学金を実現するスキームについて、長期契約に基づく直接寄付の取り扱いに関する表現を正確に改めております。 2022年3月15日 8:00

(文・太田百合子、聞き手・伊藤有


太田百合子:フリーライター。パソコン、タブレット、スマートフォンからウェアラブルデバイスやスマートホームを実現するIoT機器まで、身近なデジタルガジェット、およびそれらを使って利用できるサービスを中心に取材・執筆活動を続けている。

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