著名エコノミストのデイビッド・ローゼンバーグは、2022年中に75%の確率で景気後退期入りすると予測する。
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2022年中に75%の確率で景気後退期入りすると予測するそのエコノミストは、景気と同様、株式市場も砂上の楼閣と考えている。
金融専門調査会社ローゼンバーグ・リサーチの創業社長兼チーフエコノミスト、デイビッド・ローゼンバーグはInsiderの取材に対し、ここ数年のアメリカ経済は(1)過去最大規模の財政刺激策(2)超低金利政策(3)コロナ危機からの経済再開、という「3つの触媒」に支えられてきたと語った。
では、それらの触媒がすべて除去されたらどうなるのか。
ローゼンバーグはこう結論している。
「自転車(の安定)を支えていた補助輪がはずれてしまったら、経済や市場がどこに向かうのかはもう誰にも分からない」
パンデミックは企業や経済に大きな混乱をもたらしたものの、株式市場にとっては不幸中の幸いだった。
米連邦議会と米連邦準備制度理事会(FRB)は大規模な財政・金融刺激策を導入し、やがてそれが行動制限の解除に伴う経済活動の再開と相まって、株価を2020年から21年にかけて史上最高値へと引き上げた。
ところが、経済と新型コロナ感染拡大の状況は過去2年間で大幅に改善されたのに対し、2022年の株式市場は現時点で相当厳しい局面を迎えている。
景気回復に関するポジティブなニュースはとっくに織り込み済み。FRBが量的緩和の終了を前倒しするうえ、この3月にも最初の利上げを計画するなど、追い風となっていた政府の支援策もいまや逆風に変わっている。
そして、ローゼンバーグの言うところの「3つの触媒」が除去されるにとどまらず、ロシアのウクライナ軍事侵攻と40年ぶりの高インフレという、はるかに深刻なリスクが加わったことで、すでに揺らいでいた市場の基盤が毀損(きそん)される形となった。
景気後退のリスクは一時的なインフレに対する政府の無責任な対応から生じる
皮肉にも、パンデミックに伴うロックダウン(都市封鎖)で壊滅状態に陥った経済の立て直しに向けた政府の取り組みは、図らずも次なる景気後退の引き金を引く役割を果たす、というのがローゼンバーグの見立てだ。
インフレ高進はまだ米消費者の力強い家計支出の足かせとなるには至っていないものの、このままだとそうなる可能性がきわめて高い。
また、サプライチェーン障害に伴う在庫不足を受けて世界中で入札合戦がくり広げられる展開は誰にも予想できなかったにせよ、インフレをめぐる問題のほとんどは未然に防ぐことができたとローゼンバーグは指摘する。
コロナ経済危機のさなかの2020年3月、米連邦議会は数兆ドル規模の緊急経済対策を打ち出し、広い支持を得た。しかし、翌21年に同様の追加対策として「アメリカ救済計画」を導入したことは、インフレ問題を悪化させる重大な失策だったとローゼンバーグは強烈に批判する。
「経済活動の再開はすでに始まっていたのだから、2021年3月の景気刺激策に大枚をはたく必要はまったくなかったことが、いまとなっては明らかです。ふり返ってみれば、アメリカ救済計画は狙いもタイミングも不適切で、無責任な財政刺激策だったと言うほかありません」
FRBの判断については、上記のような「非現実的な量」の財政刺激策に対応して、必要以上に長期間、バランスシートに膨大な債券を追加(=資産購入)したことも批判されるべきという。
「あとでふり返ったからこそ言えることですが、FRBの政策判断のタイミングは決してベストではありませんでした。これでも控えめな表現かもしれませんが」
ローゼンバーグは、FRBがいま足もとの高インフレに過剰反応し、その抑制を目指して利上げを急ぐとみており、なおかつそれは誤った判断だと指摘する。
成長率の下落時に利上げすると景気後退を招く可能性が高いこと、インフレ率はいずれ自然と低下すること、の2つがその理由だ。
市場は2022年中に(0.25ポイントずつ)6〜7回の利上げをすでに織り込んでいる。しかし、3回以上の利上げは景気後退を引き起こすとローゼンバーグは警鐘を鳴らす。ただし、注視すべきは常に利上げのペースであり、名目金利の変化ではないという。
「調整局面あるいは弱気相場が広がる不安定な株式市場の現状をはじめ、これほどさまざまのファクターが重なるなかで、FRBが引き締めサイクルするのを見たことがありません。
きわめて高い地政学的リスクも、驚くべきフラットなイールドカーブ(=長期債と短期債の利回りが均衡状態)も、FRBが利上げを踏みとどまる理由にはならないようです」
最悪なのは、FRBはそもそも強力なタカ派的(=利上げを急ぐ)反応を示す必要すらないかもしれないということだ。
インフレは需給の不均衡が解消されるにつれて、いずれ自然消滅するのであって、FRBの拙速な利上げによって需要が抑制されれば、本質的な(供給との不均衡という)問題が解決されないことになる。
ローゼンバーグはFRBのインフレ対応には反対で、インフレは過渡期的あるいは一時的なもので自然に沈静化すると判断していた2021年12月までのFRBのほうが正しかったとみる。
ローゼンバーグによれば、インフレが魔法のように数カ月で雲散霧消することはないにせよ、足もとのインフレはほぼ供給不足に起因するものと考えられることから、FRBが厳格に対応しなくてもいずれ解消される。
過去10年間、グローバル化や高齢化、中国の輸出増などの物価引き下げ要因によってインフレが抑制されてきた実績があり、今回も同じような道筋をたどるというのがローゼンバーグの見方だ。
景気後退を示唆する6つの兆候
ここまでFRBのインフレ対応の誤りを論じてきたが、投資家が懸念すべき問題はほかにもある。
以下では、ローゼンバーグが作成した、景気後退あるいは株式市場バブルの兆候を示す6つのチャートを紹介しよう。
【兆候1】食品とエネルギーの価格高騰が40年ぶりの高水準を記録
【図表1】食品とエネルギーの物価上昇率(前年比)の推移。
Rosenberg Research
食料やエネルギーなど生活必需品の価格が1982年以来40年ぶりの高水準に跳ね上がった。消費者は実質購買力の低下に苦しんでいる。
【兆候2】物価上昇に伴い、インフレ調整後の賃金が低下
【図表2】生産労働者(非管理職)の1週間あたり実質平均賃金の推移。
Rosenberg Research
労働者の賃金は上昇しているものの、インフレ調整後の賃金(週給)は前年比ベースで減少しており、購買力の低下が続く。賃金上昇が十分ではないことを示唆しており、ひいては消費支出の伸びの足かせになる可能性がある。
【兆候3】自動車価格が急騰、購入意欲を阻害
【図表3】自動車購入条件指数の推移。
Rosenberg Research
半導体不足を主因とする自動車の在庫不足を受け、この1年半で新車・中古車ともに実売価格が上昇している。ローゼンバーグの分析によれば、新車購入を判断する時期としては過去40年間で最悪という。
【兆候4】財政刺激策がインフレ調整後のGDP成長率の足かせに
【図表4】実質国内総生産(GDP)成長率に対する財政政策の貢献度(3カ月移動平均)の推移。
Rosenberg Research
米連邦議会が可決した景気刺激策は、パンデミック初期には景気浮揚の追い風となったものの、足もとではむしろインフレ調整後のGDP成長率の足かせになっている。
実質GDPに対する財政政策の貢献度を示した【図表4】は、2021年3月に可決された「アメリカ救済計画」が「狙いとタイミングのいずれも不適切で、無責任な財政刺激策だった」という、先述のローゼンバーグの主張を裏づけるようにみえる。
【兆候5】米家計は米国株に過度に依存
【図表5】家計部門の純資産総額における米国株の額。
Rosenberg Research
アメリカの家計部門の資金運用先は米国株偏重で、純資産総額のうち43兆ドル(約5000兆円)を米国株が占める。金額としては過去最高で、上の【図表5】を見れば一目瞭然だが、過去10年間で3倍にも増えている。
とりわけパンデミックの最悪期には、景気刺激策によりマネーがあふれ返って株価が上昇、米国株の保有額はほぼ倍増している。
【兆候6】実績ある株価指標が2000年以降最大のバブルを示唆
【図表6】シラー株価収益率(PER)の推移。
Rosenberg Research
シラー株価収益率(PER)はCAPEレシオとも呼ばれ、株価を過去10年間のインフレ調整後の1株当たり純利益で割って算出される。株価の割高感を測る投資指標として広く知られているが、それを見ると、米国株は1990年代後半のドットコムバブル以上にふくれ上がっている。
(翻訳・編集:川村力)