今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
人間の幸福度には人間関係が直結すると言われています。では、社交的でない人は幸せになれないのでしょうか。幅広い人間関係を持つ入山先生がどんな人でも実践できる「人付き合いの極意」を解説します。
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人間が幸せになるために、一番大事なものは?
こんにちは、入山章栄です。
今回はBusiness Insider Japan編集部の常盤亜由子さんが「読んでいてすごくモヤモヤした」というある記事について、一緒に考えていきましょう。
BIJ編集部・常盤
私が読んでいてモヤモヤしたのは、ハーバード大学による「成人発達研究」という大規模な研究を紹介した記事です。
この研究では1939年から79年間にわたって724人の人生を定期的に調査したところ、「人間の幸福にとっていちばん大事なものは、富でも名声でもなく、よい人間関係である」という結論に至ったそうなんですね。
じつは私、あまり人付き合いが得意ではないもので、「ってことは私、死ぬ間際に後悔することになるの……?」とモヤモヤしているんです。
常盤さんが人付き合いを苦手としていたとは。編集者といえば幅広い人脈をつくることが欠かせない仕事だと思うのですが、ちょっと心配になってきました(笑)。
BIJ編集部・常盤
もともと活字と向き合うのが好きだっただけで、まさかこんなに社交性とか人付き合いが求められるとは思わなかったんです。
BIJ編集部・小倉
実は編集者って予想以上に、生身の人間との付き合いが多い仕事ですからね。
そこは見通しがやや甘かったですね(笑)。
BIJ編集部・常盤
お恥ずかしい。入山先生のように社交的な方ならいいんでしょうけど。
でも、いまから人付き合いがうまくなるなんて、無理な話じゃないですか。こんな私でも幸せに生きるにはどうしたらいいか、というのがお悩みポイントです。
なるほど。うまく答えられるかわかりませんが、僕なりの考えを述べてみましょう。
まず人間関係が幸福度と密接に関係しているということは、この研究だけでなく、ほかにも公衆衛生学とか心理学など、さまざまな研究によって明らかになってきています。
そもそも人間は、他者から強い影響を受けるものです。ある公衆衛生学の研究では、「太っている人と親しくすると、自分も太りやすくなる」ということが分かっています。
つまり太っている人はよく食べるから、そういう人と交流していると、一緒に飲みに行ってから「締めにラーメンいっちゃおうか」となりやすい。
BIJ編集部・小倉
たしかに相手が食事をおかわりしたら、自分も釣られてもう1杯食べてしまうかもしれません。
そうそう。逆に痩せている人と仲がいいと、自分もだんだん痩せていきやすくなります。健康に気を使っている人と交流すると、その人に影響を受けて自分も意識が高まるからです。
だからいまダイエットに悩んでいるなら、痩せている人やしっかり健康管理ができている人と仲良くなるといいでしょう。
「自分を変えたいなら、時間配分を変えるか、住む場所を変えるか、付き合う人を変えるしかない」という大前研一さんの名言がありますが、僕はこれはきわめて正しいと思います。
BIJ編集部・小倉
「お金持ちと付き合うと自分もお金持ちになる」とか、「自分の年収は周囲の人たちの年収の平均額に近くなる」という説もありますね。
そうですね。それくらい人付き合いというのは重要なのです。
さらに言えば、たとえ年収が少なくても、周りの人間関係が充実していれば、幸せだと思えるかもしれない。
ノーベル賞をとった経済学者のアンガス・ディートンの有名な研究によれば、年収1000万円を超えると、それ以上収入が増えても、幸せ度が追加で上がるわけではないと分かっています。
やはり幸せになるためには、人間関係がかなり重要であることは間違いないでしょう。
人付き合いが苦手な人はどうすればいい?
それでは常盤さんのように、「自分は人間関係が得意じゃない」と思っている人はどうすればいいかということになります。
さきほど常盤さんは僕のことを「社交的」と言ってくれましたが、じつは僕もそれほど人付き合いが得意じゃないんですよ。
BIJ編集部・常盤
まさか!これだけ顔の広い入山先生が?
BIJ編集部・小倉
入山先生が人付き合いが苦手なら、いったい誰が得意なんですか。
やっぱりお二人からもそう見えますか? たしかに僕はよくいろいろな人から、「入山先生ってすごく社交的で、人付き合いが得意そうですね」と言われます。
ところが、本音で話しますけれども、じつは僕はかなり内向的な性格です。最近なら紅茶と朝ドラ『カムカムエヴリバディ』にはまっているので、本当は一日中家で紅茶でも飲みながらドラマや映画を見ていたい。
誰かと話さないでいると寂しくなることもそんなにない。ミノムシのように一人でぬくぬくしているのが好きなのです(笑)。
しかも僕は、自分で言うのもなんですが、気が弱くて内向的なところがあります。よくいえば性格的にやさしい。だからあまり人と争わない。争うのが嫌いなのです。
だから初対面の人と会うときも、「仲良くしましょうよ」みたいな感じで接する。それで心理的安全性を高く感じてくれた相手が自己開示をしてくれる。その結果、互いに仲良くなれるのだと思います。
交友関係が広いように見えるのは、決して僕が社交的だからではないのです。むしろ逆説的ですが、内向的だからこそ、相手との協調性を重視するので、結果的にいろいろな人との交友ができているのだと思います。
ですから、これからお話しする僕のやり方は、常盤さんにもおそらく真似できると思います。もちろんこれは僕にとってのうまいやり方というだけで、決してこれが正解というわけではありません。でもよかったら参考にしてみてください。
「戦略的いい人」を目指そう
僕は人付き合いにおいていちばん大事なのは、経営学でいう「プロソーシャル・モチベーション」だと思っています。詳しくは『世界標準の経営理論』を読んでいただきたいのですが、これは「他者視点のモチベーション」という意味です。
プロソーシャル・モチベーションが高い人は、関心が自分だけでなく他者にも向いていて、他人の視点に立ち、他人に貢献することにモチベーションを見出します。
つまり人付き合いにおいては、きれいごとかもしれませんが、自分だけでなく「相手にとって何が大事か」を考える人ですね。
人脈をつくろうとして、「自分が、自分が」とグイグイ行く人がいますよね。そういう人は自分を売り込むことが大事なわけです。でも逆にグイグイと売り込まれると、売り込まれたほうは引いてしまうことも多いですよね。
プロソーシャルモチベーションの高い人は、そうではなくて、「相手の人にとっていいことって何だろう」と考えるのです。
自分のことをよく言うつもりはありませんが、僕は相手の欠点が見えても「この人はどこかにいいところがあるんじゃないかな」「いろいろ言ってるけど虚勢を張っているだけで、本当は寂しいんじゃないか」「じゃあ、この人はどうなったらハッピーなんだろう。そのために自分は何ができるかな」と考えるタイプです。
メディアの対談でも自分が話したい、というよりは対談相手が話しやすくするにはどういう聞き方をすればいいか、とか考えてしまうタイプです。少し話してみて「この人にはAさんを紹介してあげたら喜ぶかな」と思ったら、紹介の労をとることもいとわない。
こうやってプロソーシャルモチベーションを高くしていると、結果的に自分の周りにいろいろな人が集まってきます。それも「いい人」がきてくれる確率が高くなる。
つまり人間は周りの人の影響を受けるので、自分がいい人になれば周りにもいい人が増えるんですよ。これを僕は「戦略的いい人」と呼んでいます。相手が何を求めているかを常に戦略的に考えていると、自分からガンガン行かなくても、向こうから寄ってきてくれるのです。
BIJ編集部・小倉
なるほど。そういう「利他」の精神を持った人って、入山先生もそうですが、一定数いますよね。常盤さんも人間関係は苦手だと言いますが、利他の部分を持っていますよ。
BIJ編集部・常盤
そうかな? 周りの人が喜んでくれるのは、何よりうれしいですけど。
ということは、「私は社交的じゃないから、どうにかしなきゃ」とか考えずに、まずは周りの人の役に立つとか、喜んでもらうことをしたほうがいいですね。
それを地道に繰り返していると、もしかしたら私も「幸福な人生だった」と思いながら人生を終えることができるかもしれません(笑)。
BIJ編集部・小倉
もう人生を終える話ですか(笑)。
常盤さんの場合なら、お仕事中に「どうすれば取材相手の人たちが気分よく話してくれるかな」というように考えるといいかもしれませんよ。もう実行していると思いますが。
自分が目立たなくていいから、自分が求められる役割に徹していると、「この人といると、何もしゃべらなくても居心地がいいな」などと思ってもらえる。そういう信頼関係がつくれると、また声がかかる。見ている人はちゃんと見ていますからね。
BIJ編集部・常盤
無理にいろいろな人と親しくなろうとするより、自分がいまいる場所で、周りの人たちのために何ができるかを意識するほうが大事なんですね。「もう絶望」と思ってたんですけど、これなら何とかできそうです。
今日は私の悩みに付き合っていただいて、ありがとうございました。
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(構成:長山清子、撮影:今村拓馬、連載ロゴデザイン:星野美緒、編集・音声編集:小倉宏弥、常盤亜由子)
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。