SaaSやFintech事業などを手掛けるスタートアップ・LayerX(東京・中央)は、2月、新たな社員を迎えた。羽倉光一さん、22歳。筑波大学・体育専門学群の3年生だ。
「大学生起業家」ならぬ「大学生正社員」が誕生した背景を取材した。
インターン2週間で正社員になることを決意
大学に在籍しながら、正社員として働く羽倉光一さん。その選択の背景を聞いた。
取材時にオンライン上で撮影。
羽倉光一さんはLayerXで約7カ月間のインターン期間を経て、正社員登用された。
インターン時代は、同社の主力事業である請求書のDXを行う「バクラク」シリーズのインサイドセールス(電話営業やデータ分析など)を担当。正社員になった今は、実際に新規顧客との商談に臨んでいる。
羽倉さんは当時を振り返り、
「LayerXでインターンとして働き始めて2週間ほどで、『ここで正社員になりたい』と思いました。大学を卒業して1年後に正社員登用にチャレンジするという選択肢ももちろんありますが、1年後に挑戦するなら、今やってみてもいいじゃん、と。
条件面でも、週5日間フルタイムで働いていたので、この状況だったらインターンより正社員のほうがいいなと思ったのもあります」(羽倉さん)
と語る。
「裁量権」が分からないほど自由だった
筑波大学でサッカーをしている頃の羽倉さん(写真左)。
提供:本人
羽倉さんはプロのサッカー選手を目指して大学に入学したが、3年生の時に断念。プロや社会人アスリートにならず企業に就職するOBは、商社や金融などいわゆる日系大手企業に行くことが多い。自分はそれでいいのか? スタートアップの世界も見てみたいと思い、1年間の休学を決意した。
LayerXとの出会いはCEOの福島良典さんのTwitterだ。同社がインターンを募集していると知り、応募したのがきっかけになった。
正社員になりたいと思った一番の決め手は、「居心地の良さ」だという。
「いつかは自分も起業したいと考えているので、急成長するスタートアップを体験できるのはキャリア的なメリットももちろんありますが、何より居心地が良かったんです。
年齢やインターンなどの雇用形態にかかわらず、社員の皆さんすごくフラットに接してくれて、責任ある業務も任せてくれました。『インターンだからこれはやっちゃダメ』と言われたこともないですし、正直、『裁量権』という言葉の意味すら分からない感じで(笑)」(羽倉さん)
活躍する社員がたまたま大学に在籍している
執行役員で人事・広報を担当する石黒卓弥さん。
取材時にオンライン上で撮影。
インターン入社時、インサイドセールスの部署は羽倉さんが3人目だった。
当時、全社共通のオンボーディング(新入社員に企業への定着を促す仕組み)システムはあったが、部署に特化したものはなかったため、自身が業務に慣れてきたタイミングで「このステップを踏めば営業電話が掛けられる」というシートを自ら作成。その後3人が新たにチームに加入したが、大いに活用されているという。
インターンがオンボーディングシステムを構築するというだけでも異例のように聞こえるが、これに限らず、自身が所属するチームの枠を飛び越えて、新規顧客獲得のためのさまざまな提案をしていった。
LayerX社内の様子。現在の従業員は80人超だ。
提供:LayerX
その後、自身の仕事に自信がついたタイミングで、執行役員で人事を担当する石黒卓弥さんに正社員登用を打診。CEOの福島良典さんとの最終面接を経て、現在に至る。
「羽倉さんの働きを近くで見ていた執行役員からも強い推薦をもらっていたので、正社員になりたいという気持ちを聞いた翌日にはCEOとの面談をセッティングしました。
大学生正社員というよりも、活躍する社員が“たまたま”学生証を持っているような感じです」(石黒さん)
実は大学生執行役員も。課題は企業の受け入れ態勢
LayerXには「大学生執行役員」も活躍している。
出典:LayerXのHPより
実はLayerXが大学に籍を置く「大学生正社員」を採用するのは、羽倉さんが初めてではない。
先陣を切ったのは、執行役員の中村龍矢さん。中村さんは現在も大学に在籍しながら、LayerXでプライバシーテックを用いた事業化に取り組んでいる。
「そもそも新卒採用は大学卒業を待たないといけないの? 入社時期はなんで4月一択なの? と、前提を疑うべき時期にきているんじゃないかと思うんです。
2人には、大学生が正社員として働く環境を整える機会をもらったと思っています。『前例がないから』とやらないことは簡単ですが、その前例の多くは学生ではなく、受け入れる企業側の態勢の問題なんですよね」(石黒さん)
春には筑波大学があるつくば市から東京都内に引越し、正社員としての生活をスタートさせた羽倉さん。
4月からは大学4年生としての生活も始まるが、今回「大学生正社員」という選択が可能だったのは、卒業までに必要な単位の多くを取得済みだったこと、さらに残りの授業の多くがオンライン、しかも録画を後から見られる形式だったことも大きい。
学業は疎かにしないで欲しい
LayerX・CEOの福島良典さんがグノシーを起業したのは、大学院生の時だ。
撮影:今村拓馬(2021年12月撮影)
現在、LayerXが抱える従業員は80人超。前出の石黒さんは、今後も新卒をはじめ、幅広い人材を採用していく予定だと言う。
「学業を疎かにしていいとは全く思っていません。大学を中退するという選択肢もありますが、グローバルに活躍したいと思ったとき、大学を卒業していないと挑戦する資格すらもらえないケースもある。最終的には自身の判断だが、卒業して欲しいということは、羽倉さんにも正社員のオファーを伝える際にしっかりお話させてもらいました。
変化に柔軟に対応できる組織でありたいので、今後も本人とよく話し合った上で、学業や研究と仕事を両立できる環境を提供していきたいと思っています」(石黒さん)
LayerX・CEOの福島良典さんがニュースアプリで知られるGunosyを起業したのは、東京大学の大学院在学中だ。元「大学生起業家」のもとで生まれた「大学生正社員」という働き方。羽倉さんは言う。
「条件さえ合えば正社員になれるという柔軟な職場環境があったことと、オンラインなどの授業環境が合わさって実現できた働き方だと思っています。本当にラッキーだったなと。
こんな言い方をすると責任感がないと思われそうですが、インターンから正社員になっても、そこまで変化を感じていない部分もあります。これからも会社のためになることを1つ1つやっていくだけです」(羽倉さん)
(文・竹下郁子)