2月7日、ウクライナへの侵攻目前の時期にロシアの首都モスクワでプーチン大統領と会談するマクロン仏大統領(右)。あまりにも長いテーブルの距離がネット上で話題にのぼった。
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ウクライナ侵攻を進めるロシアと欧州主要国の関係に注目が集まるなか、フランスでこの4月、5年ぶりとなる大統領選が行われる。
現職のマクロン大統領は3月3日に出馬を正式に表明したが、それ以前より大統領選を視野に、有権者へさまざまな形でのアピールに努めてきた。COP26直前である2021年10月12日に発表した脱炭素化に向けた戦略構想「フランス2030」などは、その最たるものと言える。
ウクライナ情勢に関しても、マクロン大統領はロシアのプーチン大統領(とアメリカのバイデン大統領)との間で精力的な外交に努めた。それが成功していれば、フランスの有権者のマクロン大統領に対する支持率は跳ね上がるはずだった。しかし、平和的な解決への願いはむなしく、2月24日にロシアはウクライナに侵攻、マクロン大統領の面子は丸潰れとなった。
大統領選の「2番手争い」を勝ち抜くのは誰か
そうは言っても、対ロシア外交の結果がマクロン大統領の支持率を低下させたわけではないようだ。
各種世論調査では、マクロン大統領の支持率は長らく25%前後で推移してきたが、ロシアの軍事侵攻以降は30%まで上昇した。4月10日に行われる1回目の投票は間違いなく1位で通過するだろうが、同時に過半数を占めることはまず考えられない。
したがって、マクロン大統領と次点の候補の上位2名による決選投票が4月24日に実施される可能性が極めて高い。このように、フランスの大統領選は1965年以降、二回投票制※で行われる伝統がある。
※二回投票制の歴史的経緯については記事後半で解説している。
では、誰が決選投票でマクロン大統領と戦うことになるのか。
現状では、2番手候補が三つ巴の争いを演じている。
2021年末の時点では、中道右派政党である共和党から出馬するヴァレリー・ペクレス氏がその最有力候補だった。しかし年明けになるとペクレス氏の人気が失速し、代わりに国民連合のマリーヌ・ル・ペン党首が支持率で2番手に躍り出た。
フランス大統領選の12人の候補のうちの5人。左から、国民連合の党首マリーヌ・ル・ペン候補、エマニュエル・マクロン大統領、La France Insoumise党首のジャンリュック・メランション候補、元予算相のヴァレリー・ぺクレス候補、評論家のエリック・ゼムール候補。
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仏フィガロ紙の元コラムニスト、エリック・ゼムール氏は支持率がペクレス氏と拮抗している。ペクレス氏とル・ペン氏、ゼムール氏という右派の政治家3名による争いが展開されている。しかし、言い換えればどの候補も決め手に欠ける状態に陥っている。なぜ、このような状況になってしまったのだろうか。
新しい中道を標榜して誕生したマクロン大統領だが、この5年間を振り返ると、公約だった自由化路線での成果は今一つだったと言わざるを得ない。むしろ任期の後半にかけて、マクロン大統領からは保守的な言動が目立つようになっていった。結果的に、マクロン大統領は、戦後のフランスの典型的な保守型のリーダーであったと評価できる。
前回の大統領選でマクロン大統領に敗北したル・ペン氏は、それまでの民族主義的な主張を弱めるとともに、今回の大統領選では歳出拡大に代表される左派的な公約を掲げている。それが幅広い指示の獲得につながっているが、民族主義的な主張を好む有権者の支持はゼムール氏に流れた。また、ペクレス氏はその中で独自色を出せずに沈んでいる状況だ。
ロシアのウクライナ侵攻がマクロン大統領再選の追い風に?
3月8日(現地時間)、ドイツのショルツ首相、中国の習近平国家主席とテレビ会議を実施するマクロン大統領。ウクライナ危機について議論した。
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米ポリティコの調査によると、3月中旬時点ではどの候補が2番手として競り上がってこようと、決選投票ではマクロン大統領が勝利する展開が有力視されている。ロシア外交で失敗したマクロン大統領だったが、それほど有権者の失望につながっていないどころか、むしろそれが「マクロン再選への追い風」となっている節がある。
フランス国民にとっても、今回のロシアによる本格的な軍事侵攻は想定外だったはずだ。とはいえ、この状況はフランスにとっても有事であることは間違いない。そうした非常時には、有権者は政治的な変化よりも安定を好んでいるのではないだろうか。それがポリティコの調査に現れている。
出典:Politico(サイトアクセスは日本時間3月16日17時時点)
もちろん、選挙は浮動票の動きにも大きく左右される。そうは言っても、ウクライナ侵攻という非常事態に際して、フランスに政治的な変化を求める声が強まるとは考えにくい。基本的には、マクロン大統領の再選を軸に4月のフランス大統領選のことは運ぶだろう。
対ロ外交はフランスのエネルギー政策と表裏一体
とはいえ、次期の大統領の下ではさまざまな政策面での転換が予想される。
何よりも注目されるのが、「フランス2030」構想の下で推し進められる予定であった脱炭素化戦略の行方だ。
フランスは原子力発電への依存度が高く、また先行きの脱炭素化戦略も原発での発電を前提に組み立ててきた。そのフランスは、発電に要するウラン鉱の多くをロシアの裏庭である中央アジア、特にカザフスタンとウズベキスタンから調達している。
中央アジアとの関係が良好に保たれていても、ロシアとの関係次第ではすでに調達実績があるニジェールなど他の国への依存度を高めざるを得ないかもしれない。しかし、それには多額の投資が必要となる。
ロシアによるウクライナ侵攻によって、脱炭素化などこれまでフランスとEUが肝いりで推し進めようとしてきた政策は、目標の下方修正がなされる可能性が出てきた。
解説:フランス大統領選の「二回投票制」とは
それでは最後に、一体なぜフランスでは二回投票制が導入されたのか。そして、メリットがどこにあるのか整理したい。
二回投票制を導入したのは、戦後のフランス政治を語る上で欠かすことができない、シャルル・ド・ゴール元大統領だ。
1961年、アメリカのケネディ元大統領と、パリのエリゼ宮で会談を終え、並んで歩くシャルル・ド・ゴール元大統領。
John Fitzgerald Kennedy Library, Boston
1958年6月、実に12年ぶりに首相に返り咲いたド・ゴールは、同年10月の第五共和制憲法を国民投票で成立させ、翌1959年1月に大統領に就任した。このとき、フランスでは大統領の権限が大きく強化された。
大統領の権限が強化された背景には、戦前の反省がある。
戦前のフランス(第三共和政)では大統領の行政権が弱かった反面、議会の立法権が強かった。そのため各議員による利益誘導が横行、政局も流動的となり、それが国政の不安定化につながった。ド・ゴールは新憲法の下で大統領の権限を強化し、政治の安定性を強めることを図った。
ド・ゴールは大統領の権限を強化する以上、幅広い国民から支持を集める必要があると考えた。強い権限を持つ大統領の正当性を確保するためには、大統領選挙で多くの国民から得票を得なければならない。そのためには、多数の候補者を上位2名に絞り込み決選投票を行うという二回投票制が望ましいという結論に達したわけだ。
確かに二回投票制だと、いわゆる「死票」が少なくなるため、非常に民主的と言える。また二回投票制は、決選投票の段階で有権者が冷静な判断を下せるというメリットがある。2週間という期間を置くことで、将来を託すことができる候補は一体どちらなのかを、有権者は熟考することができる。
これが二回投票制の最大のメリットだと言える。
(文・土田陽介)
土田 陽介:2005年一橋大経卒、06年同修士課程修了。エコノミストとして欧州を中心にロシア、トルコ、新興国のマクロ経済、経済政策、政治情勢などについて調査・研究を行う。主要経済誌への寄稿(含むオンライン)、近著に『ドル化とは何か‐日本で米ドルが使われる日』(ちくま新書)。