イラスト:iziz
シマオ:皆さん、こんにちは! 「佐藤優のお悩み哲学相談」のお時間がやってまいりました。読者の方からいただいたお悩みについて、佐藤優さんに答えていただくこちらのコーナーですが、今回は特別編として編集部からの相談です。さっそく読んでいきましょう。
先日、Meta(メタ)の女性VPが「女性管理職が自己批判から抜け出すための方法」をBusiness Insiderにシェアしてくれた記事がありました。彼女いわく、女性リーダーは自分の短所に目が行きがちで、自分に対して過剰なまでに批判的な傾向があるそうです。「もっとうまくできたんじゃないかと、些細なことまでいちいち粗探ししては落ち込んでしまう」と。
女性リーダーに限らず、管理職がプレッシャーを感じ過ぎないために、佐藤さんが考える対処法や哲学があれば、ぜひお聞きしたいです。
論理的に「手を抜く」べし
シマオ:そもそも、管理職となったビジネスパーソンがここまでプレッシャーを感じてしまうのはなぜなんでしょうか?
佐藤さん:性別に関係なく、管理職になると多くの人は責任感から自分の行動を厳しく律しなければいけない、責任を持たなければいけない、という意識を持ちます。それが、「全てにおいて完璧を目指す」という強迫観念にまで近づくと、身体的、精神的に苦しくなってきてしまうということでしょう。
シマオ:なるほど、管理職になることで生まれるプレッシャーをうまくマネジメントする必要があるということですね。でも、どう対処したらいいのでしょうか?
佐藤さん:結局は、どこかで上手く手を抜いてバランスをとるしかありません。
シマオ:でも、手を抜くって……ビジネスパーソンのあり方的にどうなんでしょうか?
佐藤さん:大切なのは、「手を抜くのは自分のためなんだ」ということを、論理的に納得することです。
シマオ:論理的? どういうことでしょうか?
やる気と成果のマトリクスで考える
イラスト:iziz
佐藤さん:横軸に「仕事のやる気/会社の居心地」、縦軸に「成果」をとった座標軸を考えてみてください。いわゆる「マトリクス」と呼ばれるものですが、右上(第1象限)は、やる気があって(会社の居心地が良くて)、仕事の成果も発揮できているということになります。
シマオ:一番いい状態ですね。
佐藤さん:対する左下(第3象限)は、やる気がなくて(居心地が悪くて)、仕事の成果も出ていない。
シマオ:……かなり厳しい状態ですね。
佐藤さん:そのように整理すると、働く人の精神状態は、次の4つのマトリクスで表すことができます。
- ハイパフォーマンス型:成果が出ている × やる気がある/居心地がいい
- 苦節型:成果が出ている × やる気がない/居心地が悪い
- 燃え尽き型:成果が出ない × やる気がない/居心地が悪い
- マイペース型:成果が出ない × やる気がある/居心地がいい
シマオ:なるほど! できれば「ハイパフォーマンス型」でいたいですけど、長年働いていると、ずっとその状態を保つのは難しいですよね。
佐藤さん:そこがポイントです。「ハイパフォーマンス型」でいたいけどいられない人は、どうなると思いますか?
シマオ:うーん……。とりあえずは、会社に言われた仕事をいやいやでもこなさなければいけないから、「2. 苦節型」になってしまいますよね。いつか「やる気」が回復すればいいけど……。
佐藤さん:そうです。しかし、やる気が回復することはまずありません。
シマオ:えっ、そうなんですか?
佐藤さん:やらされ仕事に押しつぶされそうになりながら、やる気を回復するのは至難の業です。ほとんどの人は、次第に成果も出なくなってしまう。行きつく先は、第3象限の「燃え尽き型」なのです。そして、そこから抜け出すことはほぼ不可能です。
シマオ:恐ろしい……! ブラックホールのようですね。では、どうすればいいんでしょうか。
佐藤さん:「2. 苦節型」ではなく、「4. マイペース型」に移るようにするのです。もちろん、全く仕事をしなければ会社に居場所がなくなってしまいますから、ほどほどの成果を出しつつ、自分にとって居心地の良い状態を見つけてください。
「4. マイペース型」から「1. ハイパフォーマンス型」へ戻ることは可能です。しかし、いったん「2. 苦節型」に移行したら、すでに「3. 燃え尽き型」への道を歩み始めているということなのです。
気をつけなければいけないのは、「1. ハイパフォーマンス型」だと思っていたら、知らないうちに「2. 苦節型」に近づいていることが多いということです。だから、自分がどの状態にあるのかをチェックしておくことが大切です。
シマオ:なるほど。つまり、「自分のために手を抜く」のは、「2. 苦節型」→「3. 燃え尽き型」に落ちないようにするための戦略という訳ですね!
誰もが「うつ気質」を持っているという前提で考える
シマオ:ところで、すでに「自分はダメだ」と自己批判を繰り返してしまっているような方に向けてのアドバイスはありますか?
佐藤さん:結論から言うと、よい精神科医や臨床心理士とのカウンセリングが最も効果的だと思います。
シマオ:精神科……。少し大げさじゃありませんか? まだ「うつ病」と決まった訳でもないんですから……。
佐藤さん:そんなことはありません。うつ病は誰でもなる可能性があります。そして、うつ病のなりやすさは、その人がどれくらい「うつ気質」を持っているかによります。そして、職務や家族など環境の大きな変化は、うつ気質に拍車をかける環境因子となります。
シマオ:管理職になったり、結婚したり、子どもができたりすると、「うつ気質」は暴走しやすいってことですね。
佐藤さん:ですから、自分で自分を責めてしまう傾向があるということを、客観的に見られるかどうか。精神医学者の木村敏さんは『時間と自己』という本の中で、うつ病気質の人は「ポスト・フェストゥム」的な時間観を持っているとしています。
シマオ:どういうことですか?
佐藤さん:日本語で言えば「後の祭り」のような感覚を常に持っているということです。
シマオ:何をやっても、もうどうにもならない……みたいな感覚ってことでしょうか。
佐藤さん:はい。こうした気質の人にとって過去はすでに決まっていることで、最も恐ろしいことは、過去の秩序が失われることなのです。木村さんの本は、精神的な病を時間のとらえ方から考察した名著なので、興味がある方は読んでみるとよいでしょう。
シマオ:でも、なんだか難しそうだなぁ……。
佐藤さん:自分の精神的な資質を自分自身で判断するのは大変なんですよ。だから、精神医学の専門家にカウンセリングを受けることが望ましいのです。
シマオ:何か判断基準となる兆候はあるんでしょうか?
佐藤さん:ご自身も双極性障害の診断で入院されたことのある歴史学者の與那覇潤さんは、著書でこう書かれていました。多くの人は「うつなどで気力が落ちるから、能力が落ちる」と思っているけれど、実はその逆だ。「能力が落ちるから、その結果、気力が落ちる」のだというのです。ですから、自分のパフォーマンスがどの状態にあるかは、一つの目安となるでしょう。
シマオ:気力よりも、パフォーマンスに注目するんですね。
佐藤さん:そうです。日本では精神科医にかかることが重大に捉えられがちですが、アメリカなどでは気軽にカウンセリングに通う人が大勢います。私は、精神科医は歯医者と同じだと考えてみるとよいと思っています。
シマオ:歯医者?
佐藤さん:むし歯はどんなに努力しても自分では治せません。精神的な病もそれと同じで、専門家の治療が不可欠なんです。私は、精神的な不調が原因で能力を発揮できなかった優秀な人を多く見てきました。一方で、しかるべきカウンセリングや治療を受けて、再び能力を発揮できるようになった人もたくさん知っています。
シマオ:自分の精神状態を注意深くモニタリングして、何か問題がありそうなら気軽に精神医学の専門家に相談することが大事ということですね。佐藤さん、ありがとうございました!
「佐藤優のお悩み哲学相談」、そろそろお別れのお時間です。引き続き読者の皆さんからのお悩みを募集していますので、こちらのページからどしどしお寄せください! 私生活のお悩み、仕事のお悩み、何でも構いません。それではまた!
佐藤優:1960年東京都生まれ。作家、元外務省主任分析官。85年、同志社大学大学院神学研究科修了。外務省に入省し、在ロシア連邦日本国大使館に勤務。その後、本省国際情報局分析第一課で、主任分析官として対ロシア外交の最前線で活躍。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕、起訴され、09年6月有罪確定。2013年6月に執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失った。現在は執筆や講演、寄稿などを通して積極的な言論活動を展開している。
(構成・高田秀樹、イラスト・iziz、編集・野田翔)