ブロックチェーン技術を利用したインターネット「Web3」はこれまでのところ、最大の推進者が掲げた「自由」と「分散化」の約束に応えていない。
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「幸運は勇者を好む」——マット・デイモン(Matt Damon)はCMの中でそう宣言する。デイモンはコンピュータで作られた探検家や冒険家のシーンの中を歩きながら、どうすれば勇者の仲間入りができるのか視聴者に語りかける。そう、Crypto.comで仮想通貨を取引すればいいのだ。
このCrypto.comの広告のメッセージはいたってシンプルだ。「暗号とブロックチェーンこそが未来。今すぐ参加しよう、さもなくば大損するぞ」。このメッセージには多くの暗号関連企業が感化され、今年2月のスーパーボウルでは30秒の広告枠に最高700万ドル(約8億6800万円、1ドル=124円換算)を支払う企業まで現れた。
熱狂と急落と
ブロックチェーンのコンセプトは何十年も前からあり、ビットコインは13年以上前に公開されたが、この業界がスポットライトを浴びたのはコロナ禍に入ってからだ。人々がオンラインで過ごす時間を増やし、支出の減少や景気刺激策によって可処分所得が増えたまさにそのタイミングで、仮想通貨企業がデジタル資産に投資することで一攫千金を狙えると約束したのだ。
果たしてその売り込みはうまくいった。ビットコインの価格は、2020年3月の約9000ドル(約111万6000円)から、2021年11月のピーク時には7万ドル(約868万円)近くまで高騰した。
一般人や富裕層のアーリーアダプター、そして分け前を得ようとするベンチャーキャピタル(VC)から資金が集まるにつれ、ブロックチェーンと暗号の伝道者たちは、売り込みの幅を広げ始めた。
暗号の世界はもはや、貨幣であり投機的資産でもあるデジタルトークンだけではなくなった。伝道者たちは、暗号の世界を「Web3」と名付け、インターネットの次の進化と位置づけた。
Web3には、デジタルファイルの所有権を付与するNFT(非代替性トークン)、階層的な企業に代わってトークン所有者がガバナンスの決定に投票する民主的な「分散型自立組織(DAO)」、仲介者がいないとされる金融システムの構築を目指す「分散型金融(DeFi)」などが含まれる。
この1年、刺激的な宣伝が過熱した。NFTマーケットプレイスのオープンシー(OpenSea)の取引量は600倍以上に増え、技術者たちは職を辞してWeb3企業に参加し、VCの資金が流れ込んできた。
暗号の伝道者たちはこう謳う。この新しいインターネットによって、より民主的で企業による支配がなく、すべてのユーザーがオンラインで生計を立て、自分のバーチャルグッズを所有する、前例のない機会が得られる、と。
しかし、11月の熱狂以来、暗号とブロックチェーンの世界の亀裂は無視できないものとなっている。
マット・デイモンを起用した広告が2021年秋に放映開始された直後から、ビットコインやイーサリアムなど主要仮想通貨の価値が下落し始め、2022年1月下旬には価値の半分近くが失われる結果となった。
ビットコインが1コイン6万7000ドル(約830万8000円)以上から、1月22日には3万5000ドル(約434万円)強まで下落すると、この分野のアンチたちは、NFTやDAO、そしてこの分野全体に対する懸念の声をさらに高めた。
Web3の現実は、その大いなる約束に反しているように見える。こんな時には歴史を振り返り、革命的な技術的進歩に寄せられた大いなる約束が空振りに終わった事例に学ぶことも重要だ。
大いなる約束の歴史
アップルは1980年、ウォール・ストリート・ジャーナルに広告を掲載した。その広告の中で、スティーブ・ジョブズはパーソナルコンピュータを「個人に力を与える」発明と位置づけた。当時のコンピュータ、つまり政府や大企業が使っていたメインフレームとは対照的に、ジョブズはパーソナルコンピュータが我々に力を再分配してくれると主張したのだ。
技術だけが個人に力を与えるという考え方は、シリコンバレーで流行ったカウンターカルチャーのリバタリアン的な部分と、新自由主義的な市場至上主義が結びついたものだった。ジョブズはこうした考え方をパッケージ化してアップルの小さな白い箱に詰め込み、テクノロジーと起業家精神によって進歩がもたらされると主張した。
リバタリアンのテクノ・ユートピアの約束は、スティーブ・ジョブズが主張した「パーソナルコンピュータは人々を自由にする」にまで遡る。
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しかし、パーソナルコンピュータによって自律性が高まったのは確かだが、技術によって完全な自由を得るというジョブズのビジョンは実現されないままだ。
コンピュータ社会は、企業の力をいっそう拡大させ、企業がグローバルに事業を展開し、経済のパイをより多く独占することを容易にした。一部の専門職は恩恵を受けたが、多くの労働者は1980年代以降、賃金が低迷している。労働者は上司から自由になるどころか、上司がそれらの新しい技術を使って自分たちをさらに支配する様を目の当たりにしてきた。
テクノロジーによるエンパワーメントという同じストーリーは、1990年代にも登場した。電子フロンティア財団(Electronic Frontier Foundation)の共同設立者であるジョン・ペリー・バーロウ(John Perry Barlow)は、「サイバースペースの独立宣言」の中で、世界各国の政府に対してこう記している。
「われわれが構築しつつあるグローバルな社会空間は、あなた方が課そうとする専制政治から当然独立していることを宣言する」
バーロウはまた、サイバースペースはバーチャルであるため、人々は物理的世界の荷物(あるいは特権)を持たずに入ることができ、平等な空間となるだろう、と主張した。
しかしバーロウの宣言とは裏腹に、インターネットは既存の社会の社会的、政治的、経済的構造からユーザーを解放することはできなかった。バーロウは政府を非難する一方で、自社の利益のためにインターネットを形成する企業については、ほとんど言及しなかった。
最初のドットコム・ブームが破綻した後、インターネット企業はウェブの囲い込みを図り、ユーザーは大いなる約束をした少数の大規模プラットフォームを通じてウェブに関わるようになった。
フェイスブック(現メタ)の「世界をつなぐ」計画は、社会的利益をもたらし、あらゆる人の自由を高めるとされた。ジェフ・ベゾス(Jeff Bezos)は、壁に囲まれたデジタル王国を自ら築く一方で、革新と創造の自由を促すためにゲートキーパーを排除する必要性を説いた。
それから数年経った今も、サイバー・リバタリアンのユートピアは到来していない。私たちは自らの手で未来を切り開くのではなく、一握りの大手商業プラットフォームが支配するインターネット上で活動している。
プラットフォーマーたちは私たちの行動のほぼすべてを追跡し、私たちのやりとりから利益を絞り出す新しい方法を常に探し求めている。しかし、探求は終わっていない。
Web3は今、この現実から私たちを救い、デジタル自治による自由の約束を実現するためにここにある。少なくとも、Web3の支持者はそう信じていることだろう。
※後編へつづく
(翻訳・住本時久、編集・常盤亜由子)