エルサルバドルでは小規模店舗にもビットコイン決済がかなり浸透している。
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エルサルバドルのエルゾンテでピックアップトラックの荷台から飛び降りた私は、よくある海辺の町とは異なる雰囲気をすぐに感じ取った。
訪問者を歓迎する看板にはビットコインのロゴが2つ描かれている。カフェではビットコイン決済が75%オフで、ゴミ箱にはビットコインのエンブレムが印刷されている。
私はエルサルバドルの西海岸をヒッチハイクで移動していた。先月は世界最高峰の波でサーフィンを楽しんだが、ビットコインの中心地を探していたわけではない。偶然にもたどり着いてしまったというわけだ。
2021年9月、エルサルバドルがビットコインを法定通貨に定めたとき、私を含む多くの人が懐疑的な見方をした。ナジブ・ブケレ大統領は、レディット(Reddit)ばかり閲覧している仮想通貨トレーダーのごとく、国の財産を使ってハイリスクのギャンブルに興じているように見えた。
大統領は数百万ドル分のビットコインを買い込み、「7分差で底値を逃した」と文句を言っていた。その後ビットコインの価格は暴落し、財政に大きな損失をもたらした。試みは大失敗に思えた。
だが、実際の状況はそれほど単純ではない。ビットコインを使ったエルサルバドルの実験は、少なくともいくつかの点で成功する可能性がある。
「多くの人が初めて資産を手にした」
エルサルバドルにビットコインの波が押し寄せることになったきっかけはこうだ。
ある日、カリフォルニア州に住むマイク・ピーターソン(Mike Peterson)というサーファーのもとに10万ドル(約1200万円、1ドル=120円換算)相当以上のビットコインが匿名で送られてきた。「エルゾンテの住民のために役立ててほしい」という名目だった。
長い間エルゾンテで奉仕活動に従事していたピーターソンは、ビットコインを住民に渡すという使命とともにそれを受け取った。「そこで僕らは、ビットコインをエルゾンテに浸透させる計画を練りました。そこから爆発的に広がったんです」
ビットコインがエルゾンテに浸透したのには理由がある。住民の役に立っているのだ。
最も直接的な恩恵は、国外からの送金に高額の手数料をとられずに済むようになったこと。海外の家族や友人から母国に送られる金額は年間60億ドル(約7200億円)にものぼる。
また、エルサルバドルでは国民の7割が銀行口座を持っていないため、ビットコインという「デジタルの財布」があれば投資がしやすくなる。エルゾンテでピーターソンとともに活動しているローマン・マルティネス(Roman Martinez)は次のように言う。
「銀行口座を持たないエルサルバドルの人々が口座を持てた。人生で初めて資産を買っているんです」
2019年6月に大統領に就任したブケレ氏は、エルゾンテに根付き始めていたビットコインに目をつけた。2021年にはこれを法定通貨に定め、商品やサービスの対価として受け入れることをビジネス界に義務付けた。
2021年秋には法律が施行されると、エルサルバドルはビットコインを正式な通貨に定めた初の国(同国では米ドルも使える)にして、世界最大の“天然の”ビットコイン実験場となった。
その原点であるエルゾンテは、世界中のビットコイン保有者にとってさながらメッカのような存在になった。
法定通貨に制定されてから5カ月しか経っていないが、ビットコインはエルサルバドル国内のあらゆる場所に浸透している。マクドナルドやおしゃれなカフェ、個人経営の雑貨店でも使うことができる。店頭にQRコードが設置されており、そこで決済できるのだ。
また、「Chivo」(「クール」という意味の俗語)という国独自のウォレットもあり、ダウンロードすると30ドル(約3600円)もらえる。Chivoの技術には問題も生じているが、全人口の3分の1にあたる210万人が使用している。マルティネスが言うように、多くの人が初めて資産を手にしているのだ。
信奉者たちの期待に応えられるか
ビットコインを熱狂的に支持している人々にとって、エルサルバドルの実験はとてつもない意味を持つ。
ビットコインの力が遺憾なく発揮されるには、金銭的な価値が保存でき、なおかつ日常的に使えなくてはならない。エルサルバドルは、それを実証する場として大きな役割を担っている。同国のビットコイン界に影響力を持つマックス・カイザー(Max Kaiser)はこう話す。
「この実験ではまず、多少なりとも収集に値するかどうかが試され、次に価値の保有の部分が試されるでしょう。そして交換手段として、貨幣単位として……と、あらゆる通貨と同じ道のりをたどって試されていくわけです」
かくして、エルサルバドルには目下、ビットコインの信奉者たちが押し寄せている。彼らの熱量がもたらす恩恵は多岐にわたる。トレーダーたちはエルサルバドルに投資しており、中には3ビットコインで永住権を得ようとしている者もいる。
だが一方、こうした活力が原因で、何かとお騒がせなブケレ大統領が危険な賭けに乗り出す可能性もある。すでに、税金のかからない大都市「ビットコインシティ」を建設する計画を明らかにしているほか、10億ドル(約1200億円)相当の「ボルケーノ債(ビットコイン債)」を発行することも予定している。エルサルバドル政府は、ビットコインから得られた収益の半分をこれらのプロジェクトに投じるとしているが、価格の乱高下は厄介だ。
言うまでもなく、ビットコインに投資しようと決めたエルサルバドルの人々は、不安定な価格の影響を毎日受けることになる。先のロサンゼルス・タイムズの記事は、ビットコインを「悪魔の金」と呼ぶ飲食店オーナーの声を紹介している。
現代の経済においては、リスクを冒すことで富が築かれる。別の国で実現している人がいるのなら、エルサルバドル人にできないことはないはずだ。
エルサルバドルでの実証実験はうまくいかないかもしれない。自壊する可能性もあるが、成功する可能性もある。だからこそ、やる価値があるのだろう。
Alex Kantrowitz:ニュースレターとポッドキャストで主にGAFAなどテック企業をカバーする「Big Technology」を創業。
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(編集・常盤亜由子)