最も感染者が多い吉林省長春市では感染者を収容するための臨時病院が突貫で建設された。
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世界でも例を見ない「ゼロコロナ」政策で感染を抑え込んできた中国。その目的は北京冬季オリンピック・パラリンピックの成功であり、五輪が終われば厳戒体制も徐々に緩み、4、5月には日中の往来も正常化に向かうと期待されてきた。
しかし3月に入ってオミクロン変異株の感染者が激増し、トヨタ自動車やテスラ、フォックスコン(鴻海精密工業)の工場が操業停止に追い込まれるなど、北から南まで経済活動が麻痺している。
今月の全国人民代表大会(全人代、国会に相当)で目標に掲げた年5.5%成長に早くも黄信号が灯り、日本企業への影響の広がりも懸念される。
武漢パンデミック以来の非常事態
2020年4月の武漢封鎖解除以降、中国はウイルスの拡大を局地的なものに抑え込んできた。天津でオミクロン株の流入が確認された2021年12月には「1年9カ月ぶりの感染拡大局面」と報道されたが、それでも1日の新規感染者は200人台だった。
それが3月10日には1日の感染者が1000人を超え、14日には5000人台に乗った。日本の数字に慣れていると大したことないように見えるが、中国では最初のパンデミックに相当する水準であり、政府の緊迫ぶりも当時の雰囲気に近くなっている。
感染者の大部分は中国東北部の吉林省で発生しており、1~18日に確認された感染者数は1万人を超えた。その増え方も、従来とは少し違う。
中国はPCR検査の陽性者が1人でも出るとエリアを封鎖し、同じエリアの住民を全員PCR検査してあぶり出してきた。なので、2~3週間すると新規感染は急減する。今回の吉林省では、1~7日に2ケタで推移していた感染者数が8~10日に3ケタとなり、11日以降は4ケタで高止まりしている。病床も不足し、同省には16日までに計8カ所の臨時病院が建設され、さらに2か所の建設が進んでいる。
感染者の98%は省都の長春市と吉林市に集中しているが、長春市は約900万人、吉林市は約450万人の人口を抱え、市中でウイルスの広がりを封じ切れていないことが分かる。
日本ではドラッグストアでも手に入る家庭用抗原検査キットも、中国では必要がなかったためこれまで流通していなかったが、今回のオミクロン株急拡大によって、3月12日に5社の製品が緊急承認された。
深セン、長春でロックダウン
デリバリースタッフから食材を受け取る上海市民。感染者がいなくてもリスクが高いとみなされると住宅地が封鎖されるため、出勤や買い物も難しくなっている。
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中国は戦時に突入している。長春市は11日に公共交通機関の運行が止まり、実質的なロックダウンに入った。商店も指定スーパーマーケットを除き、大部分が閉鎖された。吉林市は20日に封鎖管理をさらに厳しくし、団地内のスーパーやコンビニの営業停止を求め、市民の買い物のための外出も2~3日に1度に制限した。
今回がこれまでと違う点は、それまでウイルスの流入をほぼ食い止めて来た上海など、外国企業が多く立地する大都市を含め影響が広範囲に及んでいる点だ。
現地の報道やジェトロ(日本貿易振興機構)によると、3月20日時点で主な都市の状況は以下のようになっている。
【上海】上海市政府は3月12日、市民に対して市外に出ることを控えるよう要請し、上海市に出入りする場合は、48時間以内のPCR検査陰性証明を求めると通知した。幼稚園や小中学校は原則オンライン授業、3月14日から市をまたぐバスが運行停止となった。
陽性者や濃厚接触者が出ると居住区や商業施設は即時封鎖されるため、無症状感染者の増加に伴い封鎖エリアが徐々に拡大し、市民の通勤や通学、買い物にも支障が出ている。
19日時点で市内の公園249カ所が閉鎖され、上海ディズニーも21日に休業した。
【深セン】3月14日から20日まで全市で公共交通機関の運行を中止したほか、エリアごとの封鎖も実施し、実質的なロックダウンに入った。市外へ移動が必要な場合には、24時間以内のPCR検査陰性証明の所持を義務付けた。防疫やインフラ維持に携わる業務を除き、企業は原則在宅勤務、店舗営業もスーパーや薬局以外は原則禁止となっている。深センに隣接し、軽工業が集積する東莞市も深センと足並みをそろえて公共交通機関の運行が停止し、店内飲食や展示会は禁止された。
【大連】3月18日に日本のメーカーが集積する大連市金普新区全域を1週間にわたり事実上の封鎖管理とする通知を出した。同区の住民と在勤者は原則、区外への移動を禁止され、地下鉄も一部の駅を除いて閉鎖された。インフラ企業や操業停止が難しいメーカーを除き、企業は在宅勤務を求められている。
その他、貿易が活発な福建省や山東省青島市なども、移動や授業に制限が課されている。
香港からの流入止められず
自宅でPCR検査を受ける深セン市民。隣接する香港からウイルスが流入している。
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入国者に最低2週間の自費での指定施設隔離を義務付けるなど厳しい水際対策と、感染者が1人でも出たらエリアを即時封鎖し大規模検査で感染者を洗い出す「ゼロコロナ政策」によって、2年にわたってウイルスをほぼ抑え込んできた中国で、なぜ今になってこれほど感染が広がっているのか。
まず、感染爆発が起きた香港から陽性者が流入しているのが主な原因とされている。香港では2021年12月末から「第5波」が始まり、2月以降は医療崩壊に直面、死者も多く出ている。
中国は感染者が多い国との国際線を止めることで感染の流入を防いできたが、香港と中国本土を結ぶ便の運航は維持してきたため、香港からの渡航者の隔離施設から感染が拡大したほか、陸路で中国本土に入った陽性者の「隔離逃れ」による感染拡大も表面化している。
もう一つの原因は症状が軽微、あるいは無症状が多いオミクロン株の特性だ。吉林省で確認された感染者の中にも、風邪の症状で病院を受診し、医師も風邪だと判断しPCR検査を行っていないケースがあった。3月中旬以降、上海や深センなど大都市では大規模検査が繰り返し行われているが、陽性者の多くが無症状感染者だ。
国家衛生健康委員会の幹部は18日の会見で、今回の感染拡大局面で確認された感染者の95%が無症状あるいは軽症だと説明した。
全人代で往来の正常化示唆も……
封鎖された上海の居住区。多くの場所で封鎖と解除が繰り返されている。
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広範囲かつ大都市での行動制限は、経済停滞リスクを高めている。
iPhoneの製造を受託するフォックスコンは、13日に深センにある2カ所の工場の操業を一時停止した。テスラも上海工場を16、17日の2日間止めた。
トヨタ自動車は14日、中国国有自動車大手、中国第一汽車集団との合弁工場(長春市)の稼働を一時停止したと明らかにした。同工場の生産能力は、トヨタの中国生産の1割強を占める。長春市では第一汽車と独フォルクスワーゲン(VW)などとの合弁工場も操業が止まっている。オフィスへの出勤や資材の搬入、商品の出荷も各所で制限されており、先行きも予測しづらくなっている。
中国は2年にわたり、入国制限も緩めていない。留学生や短期出張者へのビザはなかなか発給されず、入国できた場合も自費で2週間の施設隔離を求められる。渡航にかかる時間・費用のコストは、コロナ前とは比較にならないほど高い。
日中ビジネスに関わる企業は、北京冬季五輪が終わればゼロコロナ政策も一旦区切りがつき、2022年春以降には往来が正常化に向かうと考え、じっと耐えてきた。李克強首相も全人代で、「変化に速やかに対応しつつ、物流や人の行き来を少しずつ秩序的に正常化していく」と述べ、規制の緩和を示唆していた。
中国当局は「何が何でもゼロに抑え込もうとしているわけではない。ゼロは非現実的だ」と強調するが、感染拡大を許した地域の共産党幹部がすぐに更迭されるため、現場は死に物狂いで封じ込めようとする。結果、別の病気で病院に行っても感染対策を理由に受診を拒まれ病状が悪化したり死亡するケースも後を絶たない。
中国のゼロコロナ政策は2020年から2021年前半にかけてはうまく機能し、世界の経済や社会が麻痺する中、「一人勝ち」と言われる経済成長につなげた。しかし昨年秋以降は、行動制限によって物流や生産が停滞する副作用の方が大きくなり、ゼロコロナが世界経済のリスクの上位に挙げられることが増えた。
ただでさえウクライナ問題で世界の株式市場が不安定化している時期でもあり、深センがロックダウンに入った14日は、香港や上海市場の株価が大幅下落した。
中国当局は封じ込めの徹底で4月初旬にはウイルスを鎮圧するとの青写真を描くが、それができたとしても経済の不安定は長期化しそうだ。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。