「Web3」という言葉が急速に注目を集めるようになっている。
「ブロックチェーンを使った分散型の次世代インターネット」などとも定義されるこの言葉は、次の成長産業のキーワードとして、今や政府やベンチャーキャピタルも熱い視線を送っている。
「Web3」は、画像や音楽などの所有者をデジタル上で証明できる「NFT(非代替性トークン)」や、仮想空間「メタバース」などとも一緒に語られることも多い。その“ルーツ”をネット上で追っていくと、今騒がれている理由とは少し違う、Web3の側面が見えてきた。
Web3に感じる、個人的な後ろめたさ
スノーデン氏がアメリカ政府の大量監視を告発したことで、ヨーロッパでは大規模な抗議デモが起こった(写真は2013年のドイツ・ベルリン)。
画像:Shutterstock / Sergey Kohl
私には、20代の前半にオランダに留学していた時の忘れられない記憶がある。
それは、Web3の前のブームである「Web2(Web2.0※)」に関する記憶だ。
※Web2:2005年頃から広まったウェブのあり方。動画や静止画などを使ったよりリッチな体験や、双方向のコミュニケーションが可能になった。FacebookやTwitterがその代表例とされる。
ある日、同じアニメ好きということで意気投合した友人(彼はプログラマーでもあった)から小さなプラスチックの板を渡された。これをパソコンのカメラのところに貼るようにと、彼は私に言った。
え、なんで?と聞くと、彼は大まじめな顔をしてこう言った。「君のパソコンがアメリカ政府に監視されているかもしれないから」
当時(2013年)、エドワード・スノーデンという29歳の青年によって、NSA(アメリカ国家情報局)が全世界を対象にした通信傍受をしていたことが告発されていた。ヨーロッパは文字通り、天地をひっくり返す大騒ぎになっていたのだ。
監視をやめろ、プライバシーを守れ ── 。(私の友人を含む)若者たちは外に出て、デモに参加した。NSAはマイクロソフトやフェイスブックからもデータの提供を受けていたらしい。その対象は日本にも及んでいたという。
単純な私はその話を聞いて、すっかり触発された。
GAFA(Google、Amazon、Facebook、Apple)を初めとする巨大テック企業は、私たちのデータを搾取していて、それを政府に渡してしまうかもしれない。そんな焦りを初めて抱いた。
マイクロソフトは信用できない、と何時間もかけて、パソコンのOS(基本ソフト)をウィンドウズからオープンソースのLinuxに変えた。メールは特殊なソフトを使って暗号化し、検索もGoogle検索ではなく、プライバシー保護をうたう「DuckDuckGo」というサイトからするようにした。
スノーデンの告発以降、EUでは個人情報の保護を強化する「一般データ保護規則(GDPR)」の議論が急速に進んだ(写真は2015年、ベルギー・ブリュッセルの欧州議会)。
撮影:西山里緒
そんな、いくぶんオーバーともいえる義憤に駆られた20代は、もちろん私だけではなかった。それどころか私と同じようにプラスチック板をパソコンに貼り付けては「NSAのことがあったからね」と訳知り顔で言う学生たち(なぜかドイツ人が多かった)が周りには結構いた。
しかし問題は、そうした生活は端的にものすごく面倒臭い、ということだった。
日本に帰国して、友人に「GAFAに監視されている!」と鼻息荒く話しても、はあ、と気のない返事をされるばかり。そうして、私はだんだん忘れていった。しばらくパソコンに入っていたLinuxはいつしかmacOSになり、暗号化ソフトもDuckDuckGoも、いつの間にかブックマークから消えていた。
だから2021年、Web3という言葉が急にTwitterのトレンドに上がるバズワードになり、その提唱者がまさに、Web3を「ポスト・スノーデン・ウェブ(スノーデン後のウェブ)」と呼んでいたのを知った時、私は後ろめたさと違和感を同時に抱えることになった。
Less Trust、More Truth(信頼ではなく真実を)
今広く使われている「Web3」という言葉を提唱したのは、仮想通貨「イーサリアム」の共同創業者であり、Web3の実現を目指す財団「Web 3 Foundation」の設立者でもあるギャビン・ウッド氏だと言われている。
同氏が2014年に投稿したブログ「ĐApps: What Web 3.0 Looks Like(Web 3.0とは何か)」を読んでみると、その問題意識がいかにスノーデンの告発に裏打ちされたものだったかがわかる。
「スノーデンの告発以前でさえ、データを独裁者たちに渡してしまうことの危険性を私たちは知っていた。しかし告発があって、巨大組織や政府の中枢にいるわずかな人々によって、権力というものはいとも簡単に拡大され(人権を侵害するまでに)踏み越えられることが改めて明らかになった」(ウッド氏)
こうした危機意識は、フェイスブックでユーザーの個人データが不正に流用されたり、ヘイトが助長されていたりすると報じられている今なら、より直感的に理解できるだろう。
興味深いのは、ウッド氏は、問題はグーグルやフェイスブックのような企業にあるわけでも政府にあるわけでもない、と主張していることだ。
その前段の、そもそも私たちが他者を信頼しなければならないという構造(モデル)にこそ、こうした問題の根本的な要因がある。ウッド氏はそう説く。
私たちが企業や政府を“信頼”していることに、ほとんど合理性も根拠もない。だから新しいモデルが必要だ。それを解決する方法として、ブロックチェーン技術があるとウッド氏はいう。
ブロックチェーンとは、ひとつなぎの鎖のように続く、取引の記録台帳のことを指す。この台帳は、相互に接続されたコンピューターによって共有されており、(ごくシンプルに説明すれば)誰かが不正を働かないように参加しているコンピューター全体で検証し、監視し合う仕組みになっている。
Web2とWeb3の違いを表したモデル図。従来のインターネット(Web2)では通常、特定の誰かがデータを中央集権的に管理する(クライアント・サーバ型)。一方で、ブロックチェーンにおいては、参加するコンピューターが全員でデータを共有し、管理する(P2P型)。
画像:Business Insider Japan作成
ブロックチェーンの特徴は、この相互の検証・監視の仕組みで、これにより記録の改ざんが非常に難しくなっている。だからこそ、ブロックチェーン技術をうまく活用すれば、中央集権的な誰かを信用せずともその取引が正しいかどうかが確認できる。
つまり、Web3のなにが革新的なのか。
ウッド氏はそれを一言で「Less Trust, More Truth(信頼ではなく真実を)」と定義づける。特定の人や組織を信用せずとも、正しさが「確認(Verify)」できることが革命なのだと。
ウッド氏は、ブロックチェーンが単にビットコインという仮想通貨を生み出しただけでなく(これだけでも十分すごいことだが)、中央集権的な社会基盤そのものを変革する可能性があると感じたのは、まさにスノーデン氏の告発からだった、と明らかにしている。
次の中央集権化はどこで生まれるのか
CB Insightsによると、2021年のブロックチェーン関連の投資は、前年の7倍にあたる252億ドル(約3兆円)だった。
出典:CB Insights
同氏の提唱から8年、Web3は全世界を巻き込んだ一大ブームとなっている。
そして熱狂するのは「分散化」という思想に共鳴している人ばかりではない。それどころか、Web3は今まさに、(Web2の誕生を後押しした)中央集権の象徴である大企業や政府によって推し進められている。
企業調査やデータ分析の「CB Insights」によると、2021年にVC(ベンチャーキャピタル)がブロックチェーン・スタートアップに投資した額は252億ドル(約3兆円)にも登り、これは前年比で約7倍もの数字だ。
そうしたVCの代表格とも言える、アンドリーセン・ホロウィッツ(通称:a16z)は2021年、数千億円規模の仮想通貨(暗号資産)ファンドを通じてすでに数十のプロジェクトに投資し、その一定割合のトークン(株のようなもの)を有している。
Twitter創業者のジャック・ドーシー氏は巨額の資金を投じるVC(特にa16z)を批判して、
「Web3を所有しているのはあなたではない、VCだ。(利益を最大化するという)VCの動機が変わることはない。Web3とは、名前が違うだけの中央集権的な存在に過ぎない」
とツイートしている。
イーロン・マスク氏も、Web3は「単なるマーケティングのためのバズワードだ」と冷静だ。
「Web3とは、世界への社会実験だ」
ウッド氏はスノーデン氏との対話の中で、10年〜20年先のWeb3の未来についても語っている。
動画: Parachains / Gavin Wood & Edward Snowden-Fireside Chat | BlockDown 2021 Conf
そもそも「分散化」という思想自体から生まれる弊害もある。
中央集権的に管理する人がいないということは、問題が起こった時に対応が遅れたり、責任を取る人がいないということでもある。実際、ブロックチェーン上で音楽コンテンツを販売していたサービスが2021年、説明なく閉鎖されていたという例も報告されている。
また、ブロックチェーン上のコンテンツの知的財産を守ることへの難しさも指摘されている。ナイキやエルメスなどの大手ブランドによる、Web3上の知的財産権侵害をめぐる提訴もすでに起こっている。(「管理者」が不在のために)ハラスメントやヘイトスピーチにどう対応するかという問題もあるだろう。
「Web2.0(Web2)」という言葉を広めたことで知られる「オライリー・メディア」CEOのティム・オライリー氏は、インターネットの歴史は分散化(例えばパソコン、オープンソース、インターネットなど)と中央集権化(マイクロソフト「Windows」OSの登場やGAFAの登場など)のサイクルを繰り返してきた、と指摘する。
「問うべきは、次の中央集権化と管理はどこで生まれるのか、だ。ビットコインをとってみても、少数の人の手による効率的なエネルギーコストでのマイニングは再中央集権化と言えるかもしれない。同じことは他の領域でも起こるだろう」(オライリー氏)
この指摘は(かつてWeb2に抵抗しようとして断念した)私にとってはうなずけるものだった。つまり現在は、あらたな形の中央集権化のスタート地点とも言えるのではないか。
しかし、Web2の時もそうだったように、こうしたバブルによる過剰な投資があることで初めて、新しいインフラが構築される(Web2ではメディアやEコマース、Web3では金融や決済の領域)とも同氏は語っている。
一方でウッド氏は、Web3の未来について楽観的だ。彼はスノーデン氏との対話の中で、こう話す。
ビットコインが支持されている理由こそ、分散化、オープン、透明性 ── などの「Web3」が標榜する価値を前提としているからであり、もしもビットコインがグーグルやフェイスブックのような中央集権的な組織によって運営されるようになれば、単にこの運動が止まるだけだ、と。
「(Web3の10年先、20年先の未来を予測することは難しいが)Web3は、世界がどれだけ、プライバシーや自己主権(ユーザーが自分のアイデンティティを自分で管理・所有すること)や透明性について重要に思っているかがわかる、興味深い社会実験になるだろう」(ウッド氏)
(文・西山里緒)