2018年7月、モスクワで開催された国際サイバーセキュリティ会議に登壇したロシアのプーチン大統領。サイバー空間まで含む「安全保障の時代」シフトのきっかけがウクライナ軍事侵攻になろうとは、同大統領も想像していなかった…だろうか?
Sergei Chirikov/Pool via REUTERS
ウクライナとロシアの和平交渉に暫定的な進展の兆しが見え、市場には好転の兆しが見え隠れする。
米連邦準備制度理事会(FRB)が、事前に明らかにしていた計画通り(0.5ポイントとの見方も出るなか)0.25ポイントの利上げにとどめ、パウエル議長が米経済は「非常に強く」、景気後退の確率は「特に高くない」と強調したことが、市場センチメントを押し上げた。
私たちのいる現在地は、調整局面を抜け出したあとの長期にわたる回復の始まりなのか、それとも一時的な切り返し(=下落から上昇への急転)にすぎないのか、確実なことは何も言えないものの、良い兆しがみられることは事実だ。
他のあらゆる投資家と同じように、スイス金融大手UBSのグローバル最高投資責任者(CIO)マーク・ヘーフェリもこの(私たちの現在地はどこなのかという)問いに答えを見出そうとしてきた。
模索の結果、へーフェリがたどり着いた結論は比較的楽観的なもので、ひとまず現段階では、パニックに陥って株式を売り払い、市場から退出するといった時期尚早な動きを控えるよう、彼は顧客の投資家たちに次のようにアドバイスしている。
「S&P500種株価指数は利上げ決定後に2日連続計4.4%上昇しました。これは、投資家の地政学的リスクに対する認識のあり方次第で、市場が大きく急激に変化し得ることを示しています。同時に、ウクライナ紛争への最善の対処法はリスク資産をただ売り飛ばすことではないという当社の考えの正しさを裏づけるものでもあります」
「ウクライナのゼレンスキー大統領は、停戦交渉における同国とロシアの立場が『より現実的になりつつある』と発言し、ロシアのラブロフ外相も『合意が近い』『妥協に至る希望がある』と話しています。
ウクライナは北大西洋条約機構(NATO)加盟を断念し、オーストリアやスウェーデンのような中立的立場にとどまりつつ、限定的な自国軍隊の保持と国際的な安全保障を確保する妥協案に焦点をしぼって検討が行われています」
「私たちが勇気づけられるのは、ウクライナとロシアの和平交渉に進展の兆しがみられることです。何はさておき、深刻化する人道的危機が収束に至る希望を抱かせてくれるからです。ただし、停戦合意が成立するかどうかはまだ不透明だということには留意せねばなりません」
ヘーフェリ率いるチームは、西側諸国がウクライナの安全保障を実現するために提供する保証の性質、あるいはロシアが今回の侵攻を通じて占拠したウクライナ領土の処遇などはすべて「合意到達に向けた障害になりかねない」と警鐘を鳴らす。
また、そうした不確実性の高さを踏まえ、へーフェリのチームは株式について投資判断を「中立」で据え置く。
さらに、アメリカの経済について、UBSはFRBが今般開催した連邦公開市場委員会(FOMC)で明確な態度を貫いたことを歓迎している。
「パウエル議長のコメントにはあまり驚くような点はありませんでしたが、現在の経済のありように対するFRBの考え方を明確にするという意味では役割を果たしました。
FRBの考えとは、第一に、ウクライナ紛争はさらなるインフレ高進を引き起こす可能性が高いこと。第二に、労働市場の底堅さは、米経済が金利上昇に耐え得ることを示唆していること。第三に、物価の安定化は、パンデミック以前のような持続的で力強い労働市場の前提条件であること、という3点に整理できます」
「上記が示唆するのは、FRBには短期的な経済へのダメージを許容する準備があると同時に、インフレ抑制のために必要であれば、利上げペースの加速も検討する余地があるということです。
また、パウエル議長はFRBのバランスシート(保有資産)について議論が前進し、5月4日に予定されるFOMCの次回会合で決定を発表できるとしています。3週間後に今回会合の議事録が公開されれば、議論の詳細が明らかになるでしょう」
そうした情報を踏まえて、ヘーフェリ率いるチームは顧客向けレポートで、投資家がいますぐとるべき「3つのステップ」の基本的な考え方を次のように説明している。
「不確実性が高い環境のもとでは、ベンチマークにならった資産配分を維持継続し、ポートフォリオの分散を徹底したうえでダウンサイド・プロテクション(=オプション取引などを通じた資産の下振れ抑制)に努め、長期的な視点でのリターン獲得に重点を置くことを推奨します」
ヘーフェリのチームが示した「3つのステップ」を以下で端的に紹介しておこう。
【STEP1】ポートフォリオのヘッジを強化
「各種のコモディティ投資はポートフォリオヘッジ(=価格変動リスクの回避手段)として引き続き有効に機能すると考えます。
需給のひっ迫を背景に原油価格の高止まりはさらに続き、2022年末の北海ブレント先物価格は1バレル105ドルで着地するというのが私たちの予測です。エネルギー株は依然として良好なパフォーマンスを期待できるセクターで、しかも足もとの価格上昇は十分に織り込まれていないため、さらなるコモディティ価格上昇の恩恵を受ける可能性もあります。
さらに、ポートフォリオのボラティリティ(=価格変動性)を抑制する手段として、世界のヘルスケアセクターへのエクスポージャー、ダイナミック・アセット・アロケーション戦略(=資産価格の変動に応じて機動的に配分比率を変更する手法)やストラクチャード・ソリューションの活用が挙げられます」
【STEP2】金利上昇に備える
「GDP成長率にダメージを与えるリスクがあるにもかかわらず、FRBと欧州中央銀行(ECB)のいずれも、利上げとインフレマネジメントが優先課題との見通しを崩していません。
株式市場において金利上昇時に恩恵を受けるのは典型的に金融セクターで、また、バリュー(割安)セクターがグロース(高成長)セクターのパフォーマンスを上回るのが一般的です。
一方、債券市場では、変動金利商品で利回りが魅力的な米国シニアローン(=投資適格未満の企業への担保付き貸付)も金利上昇に備える良い選択肢になるでしょう」
【STEP3】安全保障の時代
「ロシアによるウクライナ軍事侵攻が政治および外交戦略に広く及ぼす影響がこれから顕在化し、西側諸国とロシアは新たな時代に突入するでしょう。
両者は対立を深め、経済面での不和に焦点が当たることになります。従来の軍事分野だけでなく、サイバー空間、エネルギー、食料などさまざまな意味・切り口での安全保障が、政治経済における意思決定に重要な意味合いを持つようになるでしょう。西側諸国の政府はすでに、しかも急速に、そのような方向に舵を切っています。
私たちはサイバーセキュリティや5G以降の新たに実現する通信技術など、テクノロジー分野全体にチャンスがあると考えています」
(翻訳・編集:川村力)