高騰するニッケル価格。だがテスラは周到に手を打っていたようだ。
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ロシアのウクライナ侵攻により、ガスや小麦など必需品の価格が高騰している。そして今、電気自動車(EV)業界は、ニッケル価格の高騰という問題に直面している。
ニッケル価格の高騰は、EVへの移行を進める伝統的企業にとっても、ルーシッドやリビアンといったEVスタートアップにとっても痛手であり、業界トップのテスラでさえも市場の変化と無縁ではいられない。
テスラはサプライチェーンと価格設定の課題に対応するため、最近2回にわたって値上げを行い、基本モデル車の価格は3万ドル台半ば〜4万5000ドル以上(約400万〜540万円、1ドル=120円換算)となった。
しかし競合他社の多くとは異なり、テスラはかねてよりサプライチェーンとバッテリーリサイクル戦略に投資してきたおかげで、ニッケル市場の変動に十分備えているようだ。
ニッケル価格高騰の理由
ニッケルは、ステンレス鋼やリチウムイオン電池の重要な材料だ。採掘が必要なニッケルの枯渇は何年も前から予測されていたが、ノルウェーのエネルギー分析会社ライスタッド・エナジー(Rystad Energy)が最近発表したレポートによると、2024年までに需要が供給を上回り、2026年までに不足の危機が訪れるとされている。
そして、ロシアがウクライナに侵攻した。ロシアは最高級ニッケルの供給量の20%、世界全体のニッケル供給量の10%を占めているため、アメリカをはじめとする西側諸国がロシアに対して起こした経済制裁は市場の注目を集めた。ニッケル価格の高騰により、ロンドン金属取引所は1週間以上にわたり取引を中止していたが、2022年3月16日には限定的に取引を再開した。
アメリカ国内のEVメーカーのニッケル調達価格が高いのは、国内採掘が限られていることも一因だ。アメリカのニッケル生産量は世界の0.7%程度にすぎない。ニッケルの採掘工程は、同じく電池の材料として人気の高いコバルトよりはクリーンだが、それでも環境に優しいとは言いがたい。バイデン政権は最近、ミネソタ州の水と森林を汚染から守るため、銅とニッケルの採掘を禁止した。
自動車業界のアナリスト、ローレン・フィックス(Lauren Fix)はInsiderの取材に答え、「重要な材料の供給を敵に頼ることは、決して利益になりません。敵は、取引価格をコントロールする能力を持っており、供給を受けにくくすることで目標達成を阻むこともできます」と述べている。
テスラの成功戦略
Insiderはテスラに対し、ニッケル価格の上昇をどのように乗り切るかについてのコメントを求めたが、回答は得られなかった。しかしテスラは、市場変化の影響を極力回避するための計画を、何年も前から継続している。
同社は、ニッケル発掘企業やニッケル生産企業との提携により、市場変動に左右されにくいニッケル供給網を構築してきた。2021年初頭にはニッケル鉱山を買収し、貴金属への直接アクセスを実現した。
また、テスラは何年もかけて大容量リチウムイオン電池「4680」を独自開発してきた。この電池はニッケルベースだが、一般的な電池よりも製造コストが安く、寿命も長いなど数々の効率性を持っているとされる。テスラ社内で開発が完了すると、パナソニックなど製造大手と提携して量産の準備に入った。パナソニックは最近、この電池向けに7億ドル(約840億円)の投資と、2024年3月の生産開始を発表している。
イーロン・マスクは、テスラがエントリーレベルの車用の電池を従来の安価な鉄製に戻し、さらに2020年にはニッケル使用量を減らすため一部の電池にマンガンを使い始めたことを発表している。これらの措置により、よりクリーンで安価な自動車の製造と増産が可能になるとマスクは述べている。
テスラはニッケル系電池のリサイクル計画も開始したが、これにはサプライチェーンと環境の両面でメリットがありそうだ。しかし、ライスタッド・エナジーのグローバル・エネルギー・システム担当上級副社長マリウス・フォス(Marius Foss)は、大規模な生産は数十年先になるとして、次のように指摘する。
「EVのバッテリーが車載用の役目を終えたら、リサイクルされる前に、送電網用の蓄電に使われるでしょう。10年前は全販売台数に占めるEVの割合は1%未満でしたが、2021年には10%強をEVが占めています」
ポジションと備えが有利に働く
市場の変化と無縁な企業はなく、テスラの長期目標である「2万5000ドル(約300万円)の車の生産」は、ロシアのウクライナ侵攻によって少なくとも一時的に難しくなっている。中国では新型コロナウイルス感染拡大の懸念が高まっており、テスラは2022年3月16日に上海工場を一時的に閉鎖した。
しかし多くの専門家は、テスラは将来を見据えた戦略により、EV業界をリードし続けられると見ている。
テスラは、2021年第4四半期に納車した車の半分以上が鉄バッテリーを使用しており、「これは他の欧米の自動車会社では前例がない」とフォスは言う。さらに、テスラは「組合やディーラーが足かせとなっている伝統的な自動車メーカー」と比べ、素早い方針転換と加速を可能にする事業構造を持っている。
「(ウクライナ)侵攻開始前から、ニッケルの価格と不足の可能性は、イーロン(・マスク)をはじめEV業界全体の大きな懸念事項でした」と語るのは、テクノロジー系投資家でコネクトプレナー(Connectpreneur)の創設者であるティエン・ウォン(Tien Wong)だ。
「戦争はこうした力学を悪化させ、EVの価格上昇と納期の遅れをもたらすでしょう。テスラは目下、市場最大手なので、このニッケルの状況は短期的には競合他社より有利でしょうね」
(翻訳・住本時久、編集・常盤亜由子)