善悪二元論では解決しない。プーチンを追い詰めすぎて「出口」を失うリスク

ウクライナ・マリウポリの住民

REUTERS/ALEXANDER ERMOCHENKO

ロシアがウクライナに侵攻してから約1カ月。2月23日までの世界は、新型コロナウイルスに独占された世界だったが、24日を境に、いきなりチャンネルが変わった。

ニューヨークには、約15万人のウクライナ人・ウクライナ系アメリカ人がいると言われ、特にイースト・ヴィレッジにはウクライナ系教会やレストランも数多い。今ウクライナレストランはどこも大繁盛で、ロシアレストランは軒並み閑古鳥だ。ニューヨークのロシアレストランの経営者やスタッフの大多数は実はウクライナ系で、ロシア系従業員がいてもその多くは戦争に反対しているという。それでもロシア料理というだけで嫌がらせを受け、「ナチス」と落書きされ、ネット上でひどいレビューや誹謗中傷を載せられ、予約が次々キャンセルされる。

この状態を見ていると、2001年のテロ直後、イスラム系だけでなく、東南アジアやインド人を含む褐色の肌の人たちが理不尽な差別にさらされ、傷ついていたことを思い出す。いずれも無知と偏見が生む恐怖、恐怖の源を排除したいという人間の心理からくる一種の暴力だ。

欧州とアメリカを引き寄せたロシア

タイムズスクエアのデモ隊

ウクライナを支持し、プーチン大統領を批判する声は、各国の政府・企業・市民の間で急速に広がった。

REUTERS/Andrew Kelly

ロシアがウクライナに侵攻するのでは、という話は2021年12月からあった。私自身は、今アドバイザーとして仕事を手伝っている歴史学者のニーアル・ファーガソンが年明け1月の早い段階からずっと戦争になる可能性が高いと言い続けていたので、軍事侵攻を聞いたときには「やはり」という気持ちの方が強かった。

CNN: On GPS: Will Russia invade Ukraine in 2022?

(ユーラシア・グループ代表のイアン・ブレマーとニーアル・ファーガソンの1月9日のディベート。この時、ファーガソンはブレマーよりも戦争の可能性を高く見ていた)

むしろ驚いたのは、欧州とアメリカがこれほど早いペースでまとまり、一枚岩になって協調したことだ。SWIFTからロシアの金融機関の排除、プーチンと外相のラブロフに対する制裁、アメリカによる最恵国待遇の撤回、ドイツのノルドストリーム2パイプラインの停止など、厳しい制裁が次々と発表された。特にロシアの重要なエネルギー顧客であるドイツの素早いシフトは、ロシア側も予想していなかったのではないだろうか。

欧州とアメリカの信頼関係はトランプ政権の間に冷え込み、欧州でもイギリスのEU離脱が象徴する通り共同体内の亀裂と弱体化が明らかになっていた。このたびのウクライナにおけるロシアの行動は、イギリスを含めた欧州内の結束を急速に固め、欧州とアメリカを近づけるという、プーチンの思惑とは逆の効果を生んでいる。

企業の動きも速かった。エクソン、BP、シェルはじめロシアに何十年間も大型投資を行ってきたエネルギー企業、テクノロジー企業、ボーイング、フォード、メルセデス、フォルクス・ワーゲン、Big Four と呼ばれる世界4大監査法人(PwC, Deloitte, EY, KPMG)、ハリウッドの製作会社、American Expresss、マスターカード、コカ・コーラ、ペプシ、マクドナルド、スターバックス、トヨタ、サムソンなど、大企業が続々とロシアからの撤退やビジネス停止を発表した。

今まだロシアに大きなビジネスを残している企業には、今後、投資家や消費者、世論からの圧力がかかってくるだろう。今のところ、サハリンはじめロシアにプロジェクトをもつ日本の総合商社やエネルギー企業には直接のプレッシャーはかかっていないかもしれないが、これも今後の国際世論の流れ次第で変わってくる可能性はあるだろう(日本が抜ければ中国が代わりに入る可能性が高いので、日本企業に残ってもらった方が良いと結論づける可能性もある)。

予測しながら見ているしかなかったのか

バイデン大統領

ロシアのウクライナ侵攻について正確な情報を掴んでいたバイデン政権は、戦争を回避する効果的な術を持たなかった。

REUTERS/Kevin Lamarque

ただ、上記のような欧米の制裁に対し、「Too little too lateではないか。今まで何を待っていたのか」という批判もある。 

アフガニスタン撤退時にはアメリカのインテリジェンスの弱さがさんざん批判されたが、ウクライナについて米政府が事前に掌握していた情報は正確だった。バイデン政権は、ロシアの攻撃の予定を正しくつかみ、繰り返し警告していた。今アメリカが批判されているのは、あれだけ正確な情報を持っていて、今の事態を予想できたのに手を打たなかったからだ。

何よりバイデンのプーチンへのメッセージが弱すぎたという批判は、今後も言い続けられるだろうし、彼が2024年の大統領選に出るとすれば、その時に必ず蒸し返されるだろう。交渉術的に考えると、プーチンが本気で侵攻を計画していると知っていたのなら、バイデンはハッタリでもいいから、「派兵を含め、すべての選択肢がテーブルの上にある」と言うべきだったのではないか。

今ウクライナで起きている戦争の原因は、ロシア対NATOの対立だ。にもかかわらず、アメリカはじめNATO加盟諸国は外野席から応援している。経済的に豊かで軍事的にも強い西側の国々が、「我々はウクライナと共にある」と力説しながら武器だけ送り、戦火がどんなにひどくなろうとも物理的には介入しないと宣言している。これは歴史的に見てもかなり珍しいケースではないか。アメリカはこれまで同盟国でなくても、同盟国の利害が侵されると判断した時には積極的に介入してきた。

3月11日、バイデンはツイートでこう言っている。

「はっきり言っておきたい。我々はNATOの領土を、加盟国全ての団結によって最後の1インチまで守り抜く。しかし我々は、ウクライナにおいて、ロシアを相手に戦うことはない。NATOとロシアの直接の対決は第三次世界大戦だ。そして、それは我々がなんとしても防がなくてはならないことなのだ」

このような大統領の姿勢は、アメリカでどう評価されているか。

Popular

あわせて読みたい

BUSINESS INSIDER JAPAN PRESS RELEASE - 取材の依頼などはこちらから送付して下さい

広告のお問い合わせ・媒体資料のお申し込み