撮影:三ツ村崇志
脱プラスチックの動きが加速している。
2022年4月1日には「プラスチックに係る資源循環の促進等に関する法律案」(通称:プラスチック資源循環促進法)が施行され、企業はこれまで以上にプラスチックの削減が求められるようになる。
そんな中、ストローのように従来プラスチックで作られていたものを「紙」で代替する動きがある。
不二家のロングセラー商品「ミルキー」の外袋は、2020年8月にプラスチックから紙に代わった。
コーヒーチェーンのドトールコーヒーでは、2021年11月に「マドラー」を紙で代替することを発表している。
実はこれらの紙製品を作っているのが、製紙業界大手の大王製紙だ。
紙でプラスチックを代替
あのエリエールを製造する大王製紙が、紙で「脱プラ・減プラ」を実現しようと試行錯誤している。
撮影:三ツ村崇志
大王製紙は、「エリエール」ブランドで知られるティッシュペーパーやトイレットペーパーなどの家庭用紙をはじめ、封筒やデパートの包装紙などの包装用紙や、新聞紙、本や雑誌に使われる出版用紙、紙コップや卵パックなど、多種多様な紙を取り扱う総合製紙メーカーだ。
2022年2月には、包装やラベルなどに使われているプラスチックフィルムや、プラスチックのハンガーなどのプラ製品を「紙」で代替する新ブランド、「エリプラシリーズ」(※)を発表した。もともと多くの部門で同時多発的に紙を使った脱プラスチック商品の開発が進んでいた中で、ブランドを統一して消費者への浸透をはかる意図があるという。
※エリプラシリーズでは、FSC認証という環境に配慮された森林資源を原料に使用している。
「まるでプラスチック」の紙
特定プラスチック使用製品とされる12品目と対象事業者。
画像:環境省
プラスチック資源循環促進法では、「特定プラスチック製品※」に指定されたカトラリーやハンガーなどの12品目のプラスチック製品を取り扱う小売業者になどに対して、プラスチック製品の使用の合理化が求められている。これを受けて、プラスチック製品を「紙」に代替する取り組みが進んできた。
ただ、カトラリーやハンガーなどとして活用するには、ある程度の強度が必要だ。
そこで大王製紙が新たに開発したのが「エリプラペーパー」という高密度な厚紙だった。
エリプラペーパーは、簡単に言えば薄い紙を何層にも重ねて圧縮して強度を高めたもの。通常のコピー用紙は1平方メートルあたり64グラムであるのに対して、エリプラペーパーは1平方メートルあたり1000グラムと、20倍近くの密度だ。
エリプラペーパーで作られたハンガー。紙でできているため、使い終わればリサイクル紙として再利用できる。
撮影:三ツ村崇志
大王製紙では、このエリプラペーパーを使い、紙製ハンガーを作成。東京シャツなどに提供している。
もちろん、いくら強度が増したとはいえプラスチックで同じ製品を製造した場合と比べると耐久性は弱かったり、「首」の部分が回るような複雑な機構を導入できなかったりなどの課題もある。ただ、アパレルショップでの短期的な展示などで使用する分には使い勝手や強度は十分だ。
さらに、大王製紙ではエリプラペーパーの表面に耐水耐油剤を塗布した「エリプラ+(プラス)」も開発した。
プラスチックのストローの代わりに紙のストローを導入する飲食店もあるが、紙製のストローなどは、液体につけるとどうしても柔らかくふやけてしまう点が課題だ。大王製紙では、エリプラ+(プラス)で「マドラー」を製造している。
大王製紙機能材部の高嶋昭如課長は、
「弊社でテストしたところ、70度のブラックコーヒーに2時間つけても機能性が落ちないという結果が出ました。このマドラーは実際にコーヒーチェーンのドトールコーヒーグループの店舗で導入され、年間5.7トンのプラスチック削減につながっています」
と、少なくとも日常的に使う上では十分な機能性を持っていると自信を語った。
ドトールで提供している「紙製」のマドラー。
撮影:三ツ村崇志
「そもそもマドラーは、2時間も液体につけておくものではないですよね。マドラーにとってプラスチックの機能は過剰だったのかもしれません。素材が変わってもその機能を満たすことが出来る。だからこそ、私たちもそれを使う生活スタイルに慣れていく必要があるのかもしれません」(高嶋課長)
大王製紙では、スープ専門店のSoup Stock Tokyoともエリプラペーパーを使ったテイクアウト用のスプーンなどの共同開発を進めている。実際に開発中の製品を手に取ると、スプーンやフォークなど、プラスチックにかなり近い強度があり、驚いた。
一見プラスチックに見えるカトラリーだが、全て紙でできている。さわり心地はかなりプラスチックに近いと感じた。
撮影:三ツ村崇志
脱プラが新しい商機になる
大王製紙の脱プラスチック製品は、もともとは「包材」(フィルム製品)から開発がスタートした。開発のきっかけは、取引先である加工会社からの問い合わせだった。
「2018年頃から、『プラスチックに代わるような、生分解性の高い包材は作れないだろうか』という問い合わせが増え始めました。これは新しい商機であり、逃してはいけないということで、プラスチックに代わる生分解性の高い紙製品の開発に乗り出すことにしました」(大王製紙包装用紙部・小林正幸課長)
ただ、プラスチック製の包材の代わりに紙を使うのには、加工性やバリア性などいくつか問題があった。
ミルキーは2020年8月から紙袋を採用。内側はアルミのフィルムになっているが、紙の割合が多いため「紙マーク」がついている。ネスレの「キットカット」も、2019年から外袋を紙製にしている。
撮影:三ツ村崇志
例えば、プラスチック製の袋であれば熱でプラスチックをわずかに溶かすことで袋の口を閉じることができる(熱圧着)。しかし、紙では同じ方法は使えない。
プラスチックの伸縮性も紙では実現しにくい。プラスチックのように伸ばしたり、丸めたりしようとすると、紙が破けたりシワになったりしてしまうからだ。
また、紙はプラスチックに比べて水やガス、太陽光などが透過しやすい。水に濡れたり、酸素や紫外線にさらされる時間が長くなれば、袋の中に食品を入れた場合は劣化が進みやすくなり、消費者の口に入るまでの安全性が保たれにくくなってしまう。
大王製紙では、接着成分を水や有機溶剤に溶かしたヒートシール材と呼ばれる接着剤を紙に塗布したり、熱圧着できる薬品を塗ったりするなど、紙に加工性を付与する技術でこの課題を解決した。
「また、完全に紙で代替するのではなく、紙とアルミやフィルムを貼り合わせたものを使うことで、強度と保存性を高めるなど、『減プラスチック』という考え方で開発を進めているものもあります。包材は紙の比率が50%を超えれば『紙』マークがつき、一般的に紙製包装として取り扱われるのです」(小林課長)
紙とプラスチックやアルミなどを貼り合わせた場合は、100%紙で製造したときよりもリサイクルがしにくくなるというデメリットはある。
「このような包材は当社では『難処理古紙』と呼んでいます。リサイクルするためにはまず紙をパルプ繊維として取り除きますが、プラスチックが残るため紙とプラスチックでそれぞれリサイクルするための設備が必要となります。現状、その設備を持つ企業は少ないですが、大王製紙には難処理古紙が処理可能な設備もあるため、回収してリサイクル可能となっています」(小林課長)
プラスチックと一口に言っても、ポリエチレンやポリプロプレンなどさまざまな種類があり、リサイクルする上では成分ごとに分別しなければならない。一方、紙はどんな製品も素材は基本的に同じだ。
新聞紙であろうと段ボールであろうと、プラスチック製品の代わりとして活用した紙製品も、再生パルプに戻して何度でもリサイクルできる。
コロナ禍で見えてきた新たな需要
大王製紙の 高嶋昭如課長(左)と小林正幸課長(右)。
撮影:三ツ村崇志
コロナ禍では新たな需要も出てきた。
化粧品メーカーからの要望があり、化粧品の対面販売で使うスパチュラ(ヘラ)を開発した。
「スパチュラは、従来は金属製のものを洗って再利用していましたが、コロナ禍の今、再利用よりはワンウェイの方がいいという風潮になってきました。しかし、『肌に当てるものだから適度にしなって肌触りの良いものが欲しい。それならプラスチックより紙がいい』ということで弊社に問い合わせが来ました」(高嶋課長)
現状、紙製品を作るには、同じものをプラスチックで作るよりも2~3倍のコストがかかってしまう点は課題だ。
しかしそれでも、取引先は「割高になってもこれは避けては通れない道だ」「紙を使ったほうがブランドイメージが良くなる」といった理由から導入を進めていくケースが多い。
「現在は多くの物がプラスチックでできており、素材の特性面などさまざまな要因から、それらを紙でどこまで置き換えられるのかはまだ不透明な部分が多い状況です。しかし、世の中の需要に応じて、今後もチャレンジしていきたいと考えています」(小林課長)
(文・今井明子)