米ニュージャージー州のガソリンスタンドで価格表示を入れ替えるスタッフの姿。ウクライナ危機の世界経済への影響は第一にエネルギー市場から始まる。
REUTERS/Eduardo Munoz
パロアルトインサイトCEO・AIビジネスデザイナーの石角友愛です。
今回は、ウクライナ情勢を背景に起きているエネルギー価格の高騰と、省エネ問題を踏まえ、今後エネルギー分野でAIがどのように活用される可能性があるか、その一端をご紹介します。
CNBCによると、原油価格はここ数週間不安定で、3月に過去最高値まで上昇した後、3月中旬には20%以上下落。100ドルを割り込んだ後、再び上昇し100ドルを超えました。また、原油先物はその後さらに3%の価格上昇を記録しました。
あるエネルギー調査会社の調査によると、今年の夏までに原油価格が1バレルあたり240ドルになる見込みもあるとのことで、今後さらに原油価格は上昇することが予想されます。
原油先物価格の上昇は2022年3月に入り一気に加速している
出典:Bloomberg
同時に、日本では3月16日に発生した福島沖地震の影響による火力発電所の停止と、それに伴う電力需給のひっ迫は記憶に新しいところです。結果的に節電の影響などで警報は解除されたのものの、「東京電力管内の供給力は必ずしも十分に余裕のある状況にはないことから、引き続き、電気の効率的な使用をお願いいたします」と政府は国民に訴えました。
「電気が足りない、節電しなければ」
そう考えたとき、家庭での節電はイメージができても、企業としてどのような取り組みが節電効果として大きなインパクトを生み出すか、イメージができない方も多いかもしれません。AIを使った事例では、DeepMindの取り組みがあります。
DeepMindが開発したAIで電気代が40%も削減
出典:DeepMind ブログ
節電に必ずしもAIなどの技術が必要なわけではありませんが、企業が取り組む事業内容によっては大きなインパクトを生む可能性があります。
その一例が、データセンターの運営です。これは、グーグルやアマゾン、そしてマイクロソフトなどの大手IT企業の利益を支える大事なクラウド事業とも密接に関係しています。
クラウド事業におけるデータセンターの運営は、非常に大きな部屋の中にたくさんのサーバーを集め、サーバーが常に回っている状態を維持する必要があります。
そこで大事なのが、サーバーを冷却させる工程です。通常、データセンターでは冷却装置として、壁吹出し空調方式(過大な発熱に対し室内壁一面の開口から冷たい空気を吹出す方法)やリアドア空調方式(サーバーラック背面の排気側に空調機を取り付け直接冷却する方法)などの技術を使いますが、従来から空調の消費電力が問題になっていました。近年のSDGsや脱炭素の動きもあり、「消費電力の削減」は企業にとって何より大事な事項になってくると言えます。
グーグル傘下のAI開発会社であるDeepMind(ディープマインド)の初期のプロジェクトに、グーグルの莫大な電気代を削減し、会社の二酸化炭素排出量を即座に削減するプロジェクトがありました。そのプロジェクトでは、2016年7月に、「データセンターの冷却ユニットのエネルギー消費をDeepMind AIシステムの助けを借りて40%も削減できた」と発表しました。
DeepMindのブログ「DeepMind AI Reduces Google Data Centre Cooling Bill by 40%」に掲載された節電の様子。ML(機械学習)が有効になった期間(ON〜OFF)に大きく節電が進んでいる。
出典:DeepMind
DeepMindの発表では、その概要も解説されています。
やや専門的になりますが次のようなものでした。
まず、データセンター内に何千ものセンサーを設置し取得したデータ(温度、湿度、ポンプ速度など)を利用し、アンサンブルディープニューラルネットワーク※を開発したそうです。
※アンサンブルディープニューラルネットワークとは:複数のAIの学習結果を組み合わせて、より確からしい結果を導き出す深層学習の手法
なお、このプロジェクトでは、データセンターのエネルギー効率を向上させることが目的だったので、建物の総エネルギー使用量とITエネルギー使用量の比率である将来の平均PUE(Power Usage Effectiveness=電力使用効率)を用いてニューラルネットワークを学習させました。その後、さらに複数のディープニューラルネットワークのアンサンブルをトレーニングした結果、「1時間後のデータセンターの温度と気圧を予測」できるようになったと説明します。
データセンターの温度や気圧が1時間ごとに予測できるようになれば、それにあわせて空調制御や稼働時間の調整などが可能になり、無駄な冷却装置の稼働減らすことで、電力消費の削減が実現できます。
この制御には前述の通り、膨大なデータが必要となり人間が集めるのは困難ですが、ディープニューラルネットワークを活用することで可能だったと言われています。
クラウドサービスを使う会社にとってもこれは大きな意味を持つとDeepMindは言っています。
以下は、同社のブログ記事からの抜粋です。
「この技術は、グーグルのクラウド上で稼働している他の企業にとっても、自社のエネルギー効率を向上させるのに役立つでしょう。データセンターの効率が向上するごとに、環境への総排出量が削減されます。DeepMindのようなテクノロジーを利用すれば、機械学習を利用してエネルギー消費を抑え、最大の課題の一つである気候変動への対処を支援することができるのです」
米証券取引委員会が提言する「開示義務」
撮影:Business Insider Japan
世界のエネルギー供給と脱炭素に視点を戻します。
3月21日に、SEC(米証券取引委員会)が上場企業を対象に、気候変動リスクの開示義務付けに乗り出すことを発表しました。
気候変動リスクが企業のビジネスに与える重要な影響に関する情報や、関連する企業のガバナンス、リスク管理、戦略に関する情報など、「気候変動関連のリスクと影響」を開示するための新たな要件を設ける内容になっています。
また、発表には、企業の財務諸表に、気候変動に関連する影響、支出、見積もりや仮定に関する指標を詳細に開示することを義務付けることも含まれます。したがって今後、上場企業の開示義務が増えることが予想されます。
GHGプロトコル※に基づき、企業の温室効果ガス排出量を開示し、スコープ1、2、そして最小規模の企業を除く全ての企業に対してスコープ3の排出量を含むことを要求する内容になっています。
※GHGプロトコル: 温室効果ガス(Greenhouse Gas:GHG)排出量の算定と報告の基準のこと(大和総研より)
発表に伴い、SECは以下のように声明を出しました。
「これは、投資家と金融市場にとっての分岐点となる瞬間であり、SECは本日、資本市場が直面する最も重大なリスクの一つである気候変動リスクの開示に取り組むこととなった。科学的根拠は明らかで憂慮すべきものだ。そして資本市場との関連性は直接的かつ明白である」
ウクライナ情勢を踏まえ、エネルギーの安定的な供給確保が難しくなる中、なぜ今SECはこのような取り組みを発表したのでしょうか。
当然反対する声もあがっていますが、世界の関心がエネルギー価格高騰とそれに伴う省エネに向いている今、脱炭素のイニシアチブと複雑に絡み合い、今後より一層あらゆる側面でのエネルギー消費効率化が求められるのではないかと考察できます。
複数の要因が絡み合うこの複雑な時代にこそ、複雑に絡み合った要因を分析して解を導くことが得意なAIを活用して、消費電力を削減するなどの事例が今後も増えるのではないでしょうか。
(文・石角友愛)