ウクライナ戦争の深刻化、長期化を受けて、コモディティ(商品)市場に世界の注目が集まっている。
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2021年、過去最高を更新する値上がりを記録して話題を集めた数少ない資産クラスが、株式、暗号資産(仮想通貨)、それに不動産だった。
ところが、2022年に入ってインフレ率は1982年以来40年ぶりの高水準に達し、そこにロシアのウクライナ軍事侵攻と紛争の激化が加わり、米ウォール街では今後の話題の中心が(株式などではない)他の資産クラスに移るとの見方が強まっている。
米資産運用大手ニューバーガー・バーマン欧州・中東・アフリカ(EMEA)地域ポートフォリオソリューションズ責任者のジョー・マクドネルはこう説明する。
「過去20年間にわたってきわめて穏やかなインフレ環境が続いたため、投資家はインフレに目を向ける必要がありませんでした。
また、ほとんどの投資家がポートフォリオ分散化の重要性を認識しながらも、資産配分を検討する際にあえてインフレ懸念を加味しなくてはならない状況もほぼありませんでした。
いずれも、これまでは、の話ですが」
また、同社シニアポートフォリオマネージャーのハカン・カヤは、最近のポッドキャストで次のように語っている。
「株式と債券という異なる資産クラスの両方に資産を配分することで分散化を図っているという投資家の方もおられるでしょうが、それは結局のところ、インフレというたったひとつの大きなリスクに資産をさらすのと変わらない結果になるのかもしれません。そうなれば分散化の意義は失われます。あとに残されるのはボラティリティ(=価格変動性)のみです」
通常、景気後退入りは多くの資産クラスにネガティブな影響をもたらす。しかし、コモディティ(=エネルギーや貴金属、穀物などの商品)については、需要と供給のどちらもほぼ同程度に価格の決定要因として働くので、他の資産クラスと同じように考えることはできない。
「コモディティはインフレを伴う景気後退時に大きな利益を生みだす唯一の資産クラスです。
需要が供給を上回っているうちは、在庫は減り続けます。品薄な商品はより品薄になり、それゆえにより価値が高まり、価格の上昇圧力として働くのです」
資産運用世界大手ブラックロックのiシェアーズ(=インデックス関連プロダクト、運用残高は2兆2000億ドル規模)米国株投資戦略責任者ガルギ・チャウドゥーリは、ウクライナ紛争によって「インフレリスクのヘッジ(回避)手段としてコモディティをポートフォリオに組み込む必要性がさらに高まった」とみる。
チャウドゥーリによれば、ウクライナとロシアはコモディティの各セクターにおいて絶大な影響力を誇る。
小麦輸出の世界シェアは両国合わせて30%。ロシアのパラジウム(=触媒や電極の材料として自動車産業に不可欠)世界生産量シェアは35%、その他工業用貴金属についてもサプライヤーとして不動の地位を占める。また、ウクライナはネオンガス(レーザー光源用の不活性ガスとして半導体産業に不可欠)世界生産量シェアのおよそ50%を占める。
パンデミックによる従前からのサプライチェーン障害にウクライナ紛争が重なってさまざまなモノやサービスの供給制約が起きており、コモディティ価格のボラティリティは高止まりが続くので、少なくとも当面の間、コモディティ投資は重要なインフレヘッジとして機能するというのがチャウドゥーリの見方だ。
チャウドゥーリはコモディティへのエクスポージャーを広くとる手法として、(自社で提供する)上場投資信託「iシェアーズGSCIコモディティ・ダイナミック・ロール・ストラテジーETF」を推奨する。
興味関心のある投資家にとっては、他にも「ディレクション・オースピス・ブロード・コモディティ・ストラテジーETF」や「インベスコDBコモディティ・インデックス・トラッキング・ファンド」などが選択肢になるだろう。
さて、ここまでは、ボラティリティに対するヘッジ手段としてのコモディティの重要性を強調してきた。
しかし、米銀大手バンク・オブ・アメリカ(バンカメ)グローバルコモディティ責任者のフランシスコ・ブランチ率いるアナリストチームは、最近の顧客向けレポート(3月8日付)のなかで、世界のあらゆるマクロ経済シナリオにおいてコモディティ価格への影響が想定されているわけではないと注意を促す。
同チームは、ウクライナ紛争をめぐる地政学的なファクター次第で、コモディティ価格のシナリオは変わりうると指摘する。
以下では、バンカメが想定する「良いシナリオ」「悪いシナリオ」「ひどいシナリオ」、それぞれの場合のコモディティ価格見通しを紹介しよう。なお、各シナリオともコモディティ別に展開を書き分けてあるため、記述が重複する箇所もある。
[1]良いシナリオ
バンカメのコモディティ責任者を務めるブランチは、ウクライナ紛争が早期に終結し、世界市場とコモディティ取引の流れが以前の落ち着きを取り戻す展開を「良いシナリオ」と定義する。
このシナリオでは、ロシアへの経済制裁が数カ月間続いたのち、最終的に解除され、コモディティ市場への圧力は低下していく。
[1.1]原油
原油市場が正常化し、価格は「1バレル80ドルから110ドル」で取引される。ただし、短期的にはタイトな需給状態が続く。また、紛争下で導入された制裁措置に伴う物流上のボトルネック(障害)により、ロシア産原油の供給減が想定される。
しかしその先については、地政学的緊張が緩み、ロシアへの経済制裁も解除されるため、足もとでみられるロシア産原油に対する極端な拒否反応は薄れ、世界の各市場で原油価格が下落し、ロシア産原油および石油製品のディスカウントも解消される。
[1.2]天然ガス
3月前半、ウクライナ紛争の激化を受けてグローバルサプライチェーンは混迷をきわめ、欧州のガス貯蔵不足が幾分改善されたにもかかわらず、欧州の代表的指標価格(オランダTTF)は一時1メガワット時227ユーロを突破している(3月7日)。
その後、価格は大きく下げ戻し、3月後半は110ドル前後での推移が続いている。2022年夏が例年並みの天候だとすれば、「1メガワット時75ユーロ」程度で推移すると予想される。
[1.3]アルミニウム
「2022年4〜6月期は4500ドル、7〜9月期は5000ドル」と上昇が続いたあと、「10〜12月に4500ドル、2023年には4125ドル」へと下落が予想される。
「物流面、資金調達面の制約から、ロシアがアルミニウム輸出を再開するのは当面困難です。(経済制裁に参加していない)中国は国内需要を自給しており、ロシアのアルミは行き先が見つからない状態が続きます。とは言え、世界の在庫が決定的に低下する前には、輸出も増え始めるでしょう」
[1.4]銅
「2022年4〜6月期は1万500ドル、7〜9月期は1万1500ドル」と上昇が続いたあと、「10〜12月は1万ドル、2023年には9500ドル」へと下落が予想される。
「物流面、資金調達面の制約から、銅の輸出は当面困難な状況が続くでしょう。しかし、ロシアは世界の主要輸出国ではないため、その影響は(一時的な)変調による市場のタイト化にとどまります。
供給減にもかかわらず、2023〜24年の世界市場は(国際銅研究会[ICSG]などによる従来の予測通り)供給過剰となるでしょう。中国がロシア産銅鉱石を引き取る可能性もありますが、地域間スワップはゼロサムゲームで、価格には影響しません」
[1.5]ニッケル
「2022年4〜6月期は4万5000ドル、7〜9月期は4万ドル、10〜12月期は3万2500ドル、2023年は3万ドル」と継続した下落が予想される。
「ロシアは一次ニッケル製品のクラス1(=純ニッケル、ステンレス鋼やEV車載電池の原材料)市場で約20%のシェアを持っています。ファンダメンタルズ(=需給関係)はタイトなので、中国以外の国々はロシア産ニッケルを購入しようと舞い戻ってくるでしょう。
しかしそれまでの間、世界のニッケル市場では、当社がしばらくベースケースとしてきたような供給不足が続きます」
[1.6]プラチナ
「2022年4〜6月期は1250ドル、7〜9月期に1500ドル、10〜12月期も1500ドル、2023年も1500ドル」と横ばいの推移が予想される。
「ロシアのプラチナ生産量はさほど多くありません。世界市場は依然として供給過剰で十分な在庫があり、価格は上値の重い(=なかなか価格が上がらない)状況が続くと予想されます。それは(自動車の排ガス浄化)触媒用途について、パラジウムからプラチナに切り替えるインセンティブ(動機)として働くでしょう」
[1.7]パラジウム
「2022年4〜6月期は3500ドル、7〜9月期も3500ドル、10〜12月期に2750ドル、2023年には1938ドル」と横ばい状態から下落に向かう展開が予想される。
「ロシアはパラジウムの主要生産国です。西側諸国は(紛争終結後に)ロシア産パラジウムの購入を再開するものの、既存の契約が終了次第、南アフリカからの購入にシフトしようとするでしょう。ただし、この切り替えには時間がかかるので、短期的には価格が急上昇する可能性があります。それはパラジウムからプラチナへの触媒シフトのインセンティブとして働くでしょう」
[2]悪いシナリオ
「悪いシナリオ」は(一般的に言うところの)ベースラインシナリオに相当する。
ウクライナ戦争は12カ月続き、最後には「双方の面目を保つ解決」にたどり着くものの、ロシアの金融機関に科された制裁措置は紛争の終結後も維持される。
その影響による輸出制約は、世界の素原材料の流れを大きく変える。ロシア産コモディティの流れは欧州やアメリカから根本的に遠ざかり、中国に向かう。
一部のコモディティについて若干の過剰や不足が発生する可能性はあるものの、そうした変調も世界経済への大きな打撃にはならないだろう。
[2.1]原油
ロシア産原油は中国とインドに流れ込み、原油価格は「1バレル110ドル」前後で推移する。また、価格上昇により「需要崩壊」が顕在化する。
中国の石油精製業者が、従来中東から輸入していた原油をロシアからの原油に切り替え始めると、中東の原油は欧州に流れ込むようになる。
短期的にみると、ロシアは原油の供給量を増やし、紛争によるボトルネック(=供給や物流の障害)が解消されるまで一定程度の生産調整を行う展開が予想される。
ただし、そうした解決に至るには、アメリカのシェールオイルあるいは石油輸出国機構(OPEC)の増産が必須で、実現にはそれなりの時間がかかるだろう。
[2.2]天然ガス
ロシアからの供給減が続けば、「1メガワット時105ユーロ」程度で推移すると予測される。アジア地域における天然ガス需要を2021年と同水準と仮定した場合、欧州の地下貯蔵在庫は特に冬場以降厳しくなる。
[2.3]アルミニウム
「2022年4〜6月期は4000ドル、7〜9月期は4250ドル、10〜12月期には4500ドル」に達し、「2023年も4500ドル」水準で推移すると予想される。
「(良いシナリオと同じように)物流面と資金調達面の制約から、ロシアがアルミニウム輸出を再開するのは当面困難です。(経済制裁に参加していない)中国は国内需要を自給しており、ロシアのアルミは行き先が見つからない状態が続きます。
ウクライナ戦争が早期に終結に至った場合、変調からの回復も前倒しされるかもしれません。いずれにしても、追加的な供給が限られるなかで、ファンダメンタルズ(=需給関係)はタイトな状況が続くでしょう」
[2.4]銅
「2022年4〜6月期は1万500ドル、7〜9月期は1万1500ドル」と上昇し、そこから下落に転じて「10〜12月期に1万ドル、2023年は9500ドル」で推移すると予想される。
「物流面と資金調達面の制約から、ロシアが銅輸出を再開するのは当面困難です。ただし、ロシアは主要輸出国ではないので(=チリとペルーがトップ、中国はほぼ自給)、その影響は(一時的な)変調による市場のタイト化にとどまります。
供給減にもかかわらず、2023〜24年の世界市場は(以前からの見通し通り)供給過剰となるでしょう」
[2.5]ニッケル
「2022年4〜6月期は3万5000ドル、7〜9月期に4万ドル、10〜12月期は再び3万5000ドル、2023年は3万7500ドル」と予想される。
「ロシアは一次ニッケル製品のクラス1市場で約20%のシェアを持っています。ファンダメンタルズはタイトで、ロシア産ニッケルのほとんどが中国産に置き換わる可能性があります。
とは言え、原料調達ルートの変更には時間がかかるため、ウクライナ戦争の終結が早ければ(ロシア産ニッケルの供給も早く回復し)展開は変わるでしょう。いずれにしても、ロンドン金属取引所(LME)のニッケル在庫は決定的に低い水準まで落ち込むと予想されます」
[2.6]プラチナ
「2022年4〜6月期は1250ドル、7〜9月期に1500ドル、10〜12月期も1500ドル、2023年も1500ドル」と横ばいの推移が予想される。
「ロシアのプラチナ生産量はさほど多くありません。世界市場は依然として供給過剰で十分な在庫があり、価格は上値の重い状況が続くと予想されます。それは触媒用途について、パラジウムからプラチナに切り替えるインセンティブとして働くでしょう」
[2.7]パラジウム
「2022年4〜6月期は3250ドル、7〜9月期も3250ドル、10〜12月期に2750ドル、2023年も2750ドル」と徐々に下落に向かう展開が予想される。
「ロシアはパラジウムの主要生産国です。西側諸国は(紛争終結後に)ロシア産パラジウムの購入を再開するものの、既存の契約が終了次第、南アフリカからの購入にシフトしようとするでしょう。この切り替えには時間がかかるため、短期的に価格が急上昇する可能性があります。それはパラジウムからプラチナへの触媒シフトのインセンティブとして働くでしょう」
[3]ひどいシナリオ
ロシアに対して国際社会から「相当な」経済制裁が科されるシナリオ。ロシアは巨大なコモディティ輸出国であるため、あまりに厳しい経済制裁は、最終的に「コモディティ市場全体に大きな過剰と不足を生み出す」可能性がある。要するに、ロシアで素原材料の大きな余剰が生じれば、構造的に、他の市場で不足が生じることになる。
[3.1]原油
ロシアが供給する1日400万バレルの原油を世界市場はすぐに穴埋めできない。需給がバランスを取り戻すまで、原油価格は「1バレル130ドル」程度、あるいは「200ドルを突破」する可能性もある。
「世界原油市場の安定性を揺るがす、ほぼ前例のない大きな穴を埋める必要があります。しかも、世界の原油在庫はすでに底をつきかけており、急がねばなりません。長期的に考えれば、OPEC増産が救いの船になる可能性はあるにせよ、足もとについては余剰生産能力は限られています。
短期的には、需要制限が市場メカニズムを取り戻すカギと考えられますが、原油価格の高騰が続いた場合、さらに深刻な需要崩壊に至る可能性もあります」
[3.2]天然ガス
ロシアからの天然ガス輸出が完全に途絶した場合、価格は「1メガワット時200ユーロ」程度で推移すると予測される。
「端的に言って、この『ひどいシナリオ』では、世界で不足する量を補うだけの天然ガスが存在しません。まるごと抜け落ちるロシア産天然ガスの穴を埋める唯一の解決法は、欧州とアジアで極端な需要崩壊が起きるのを待つことです」
[3.3]アルミニウム
「2022年4〜6月期は4500ドル、7〜9月期は5000ドル、10〜12月期は5500ドル」と価格上昇を続け、「2023年も5125ドル」と高止まりが予想される。
「(良いシナリオと同じように)物流面と資金調達面の制約から、ロシアがアルミニウム輸出を再開するのは当面困難です。(経済制裁に参加していない)中国は国内需要を自給しており、ロシアのアルミは行き先が見つからない状態が続きます。
他の生産国による追加供給量は限定的で、ファンダメンタルズ(=需給関係)はタイトな状況が続き、世界のアルミニウム在庫は2〜3年で枯渇する可能性もあります」
[3.4]銅
「2022年4〜6月期は1万500ドル、7〜9月期には1万1500ドル」まで上昇、そこから下落に転じ、「10〜12月期は1万ドル、2023年は9500ドル」で推移すると予想される。
「物流面と資金調達面の制約から、ロシアが銅輸出を再開するのは当面困難です。2023〜24年はまだ(従来の見通し通り)供給過剰が続くものの、それ以降は大きな供給不足に陥るでしょう」
[3.5]ニッケル
「2022年4〜6月期は4万2000ドル、7〜9月期は6万ドル、10〜12月期には7万5000ドル」と急上昇が続き、「2023年も5万ドル」と高止まりが予想される。
「ロシアは一次ニッケル製品のクラス1市場で約20%のシェアを持っています。ファンダメンタルズ(=需給関係)はタイトで、中国もロシア産ニッケルを買う気がない(あるいは買えない)ので、ロンドン金属取引所(LME)在庫は6カ月以内に底をつきます。
価格急上昇が需要崩壊を引き起こし、例えば、主成分としてニッケルを含むオーステナイト系から(ニッケルを含まないクロム系の)フェライト系への移行が進むでしょう」
[3.6]プラチナ
「2022年4〜6月期は1250ドル、7〜9月期に1500ドル、10〜12月期も1500ドル、2023年も1500ドル」と横ばいの推移が予想される。
「ロシアのプラチナ生産量はさほど多くありません。世界市場は依然として供給過剰で十分な在庫があり、価格は上値の重い状況が続くと予想されます。それは触媒用途について、パラジウムからプラチナに切り替えるインセンティブとして働きます。プラチナのファンダメンタルズは今後2年にわたって堅調と予想されます」
[3.7]パラジウム
「2022年4〜6月期は3750ドル、7〜9月期も3750ドル、10〜12月期に2750ドル、2023年は1938ドル」と継続して下落に向かう展開が予想される。
「ロシアはパラジウムの主要生産国です。中国は選鉱(=有用鉱物と不用鉱物から分離抽出する工程)上の懸念もあって、ロシア産パラジウムの全量を引きとらない可能性があります。価格は高止まりを続け、それはパラジウムからプラチナへの触媒シフトのインセンティブとして働くでしょう」
(翻訳・編集:川村力)