Tingshu Wang/Reuters
規制強化で業績が伸び悩む中国IT企業のリストラ報道が波紋を広げている。EC最大手のアリババは社員の3割を削減し、世界最大のゲーム企業でメッセージアプリWeChatを運営するテンセントは35歳以上の社員をリストラ対象にするとの情報が3月上旬に拡散した。
2010年代後半に中国経済の成長のエンジンとなったIT産業は、本格的に冬の時代に突入したのだろうか。
リストラは通常運転の中国だが……
昨年秋からIT大手のリストラ計画が頻繁に報じられ、SNSでトレンド入りするほど注目を集めている。TikTokを運営するバイトダンス(字節跳動)は、ゲーム事業や教育事業を大幅に縮小したと報道された。検索ポータル最大手で、最近はAIや自動車分野で存在感を高めるバイドゥ(百度)ではゲームとライブ配信部門の社員の大半が解雇されたという。規制当局から調査を受ける配車サービスのDiDi Chuxing(滴滴出行)も社員の2割がリストラされたと報じられた。
中国企業は正社員の安定性もさほどない。報酬が高額な企業ほど業績評価も厳しく、ある通信大手は「3回連続でKPIを達成できなかったらクビ」(同社社員)だという。
事業から撤退するときに社員を配置転換せずにそのまま解雇することも珍しくない。バイドゥもリストラ報道について、中国メディアに「毎年従業員の実績に応じた合理化をしているが、その割合は10%に満たない」と特別なことではないと説明しているし、バイトダンスはリストラと並行して採用やM&Aにも積極的で、社員の総数は増加しているようだ。
2018年、中国改革開放40周年の式典で言葉をかわすポニー・マー氏とジャック・マー氏。
JASON LEE/Reuters
今は年度の変わり目でもあり、リストラは通常運転とも言えるが、社会や株価はIT企業のリストラ情報にかつてなく過敏に反応するようになった。
格差是正やデータ保護を大義名分にした中国政府による業界への締め付けが厳しくなり、アリババ、テンセントの株価が3年ぶりの低水準に沈む中、中国民間のシンクタンク胡潤研究院が3月17日に発表した「2022年世界長者番付」では、テンセントの創業者である馬化騰(ポニー・マー)氏の資産額が1500億元(約2兆9000億円、1元=19円換算)減り、中国での順位が2位から4位に落ちた。昨年4位のジャック・マー氏の資産も1000億元(約1兆9000億円)以上減り、5位に落ちた。2人ともトップ3から姿を消すのは2015年以来だ。
アリババとテンセント傘下でフードデリバリー首位の美団(Meituan)は巨額の罰金を科され、テンセント、滴滴も罰金観測が強まっている。こういった処分やリストラが1社の話にとどまらず、業界全体の衰退のサインであるとの連想を生み、悲観論が台頭しているわけだ。
その悲観論に拍車をかけたのが、3月中旬に流れたアリババとテンセントがそれぞれ社員の3割を削減し、特にテンセントは35歳以上をリストラ対象にするとの情報だ。アリババの社員は約25万人おり、3割削減となると失われる雇用は万単位にのぼる。新卒採用も含め、人材市場に与える影響は計り知れない。
独禁法強化で消耗戦の意味薄れる
美団のフードデリバリー配達員。テンセント系の同社とアリババ系のEle.meは採算度外視でシェア争いを繰り広げてきた(2018年撮影)。
CHINA STRINGER NETWORK/Reuters
アリババとテンセントの関係者はリストラそのものは認めつつ、「30%削減はいくら何でも大袈裟だ」と口をそろえる。
テンセントの2021年10-12月および通年決算が発表された3月23日には、同社の劉熾平総裁自ら以下のように説明した。
「IT業界は構造的な難局と変化に直面しており、テンセントもその1社として調整を行っている。これまで、業界は激しい競争を通じて成長し、大きな投資も必要だったが、今は長期的な成長が重視されるようになり、マーケティングや人件費を見直す必要が出てきた。とは言え、テンセントは今後もテック人材や優秀な新卒学生を採用し続けることは変わらず、2022年の社員は増加する見込みだ」
劉総裁の発言は、2020年秋以降中国政府がIT企業を格差拡大の原因と見なすようになり、経営環境が急変したことを反映している。
コロナ禍前まで、激しい競争は新しい産業を生み育て、弱い企業を淘汰する手段だった。業界の頂点に立つアリババとテンセントは有望市場のスタートアップを「ライバルに取られないために」買収し、市場を独占するために採算度外視で拡大していた。
シェア自転車やフードデリバリーは、短期間で生活に欠かせぬ存在となったが、その代償として「利益なき拡大」「消耗戦」に陥り、ライバルを蹴落とした企業も巨額の赤字を垂れ流しながら存続している。そして、昨年以降の独占禁止法の厳格適用で顧客や取引企業の囲い込みが規制されると、テンセント、アリババ、そして美団もサービスを相互開放せざるを得なくなった。
アリババやテンセントは本業でも防戦一方になっている。アリババ帝国の礎だったECは、TikTok中国版「抖音」、ショート動画の「快手」、美団などが本格参入し、シェアを伸ばしている。
テンセントの稼ぎ頭であるゲーム業界を見ると、中国政府が昨年8月末に未成年のオンラインゲームを極端に制限し、新規作品リリースの承認も長らく止まっている。同社は未成年対策に労力を割かれ、かつ新しいヒット作を生み出せない環境にある。
規制及ばない分野に投資加速か
アリババとテンセントの2社がスリム化を図っている事業を観察すると、大規模リストラの実像も見えてくる。
現地の報道によると、アリババが大きくメスを入れるのは、フードデリバリー「餓了麼(Ele.me)」やオンライン旅行「飛猪(Fliggy)」などが属する生活関連サービス事業だ。
同部門は2021年第1~3四半期に約240億元(約4600億円)の赤字を出している。
コロナ禍によってフードデリバリーは一気に成長したものの、餓了麼はテンセント系の美団に徐々にシェアを引き離されており、かつ当局の目が光る分野だ。ライバルの美団は昨年、独禁法違反で巨額の罰金を科された。オンライン旅行事業もコロナ禍の影響を受け、当面は不安定な状況が続く。
一方、2021年通期決算の純利益が前年比1%増と、過去10年で最も低い伸びとなったテンセントは、小売り、広告で大規模な人員削減に着手したと伝えられる。ゲームと教育セグメントが大打撃を受け、この2分野に関連する広告収入はどの企業も落ち込んでいる。決算ではゲーム事業が低迷した一方、フィンテックと法人向けサービスが好調であることが示され、人材や投資も後者にシフトしていくと見られる。
テンセントは決算会見で「未上場企業への投資を重視し、これら企業の成長を支援する」と説明し、投資戦略も調整するとの姿勢を示した。同社は昨年、アリババのライバルでEC2位の京東集団(JD.com)の株式を大量放出したが、今後も上場企業の株を手放し、スタートアップへの出資を強化していくと見られる。
独占的地位を築くためにマーケティング費用を投入する意味は薄くなり、規制の動向を予測しながら、長期的に成長できる分野を見つける必要がある。メガITも選択と集中の時代に入ったということだろう。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。