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日本の音楽産業が急速に「ストリーミング形式」が成長をけん引するフェーズに入ったことが、一般社団法人・日本レコード協会(以下RIAJ)は、3月25日に公表した「日本のレコード産業2022」で明らかになった。
音楽ソフト(オーディオレコード、音楽ビデオ)の総生産は、1936億円という規模になっている。
2021年の日本の「音楽配信」のみの売り上げは895億円。2010年以来12年ぶりに800億円の大台を超えたことが分かった。配信に限って言えば、売り上げの水準としては、2009年ごろの規模にようやく「回復」した形だ。
なぜサブスク全盛の今、日本市場の配信ビジネスは「回復」という状況にあるのか。RIAJなどの公表データから、日本の音楽産業の状況をまとめてみたい。
一般社団法人・日本レコード協会「日本のレコード産業2022」より抜粋。2021年の音楽配信売り上げは895億円まで成長した。
出典:一般社団法人・日本レコード協会「日本のレコード産業2022」
「日本のレコード産業2022」とは:RIAJが毎年春に発行しているもので、前年1月から12月までの音楽ソフトウエア(レコード、CDなど)の生産実績と、音楽配信の売り上げなどをまとめている。
そもそも日本は「音楽配信」の特殊市場だった
冒頭のとおり、2021年、日本の音楽配信の売り上げ規模は895億円にまで成長した。前年比で114%と好調に推移している。8年連続のプラス成長であり、2桁成長は4年連続となっている。
伸びをけん引しているのは、SpotifyやApple Music、LINE MUSICなどストリーミング形式の音楽配信だ。ストリーミング配信からの売り上げは744億円と、前年比126%成長。ついに配信収入全体の8割を超えた。
一般社団法人・日本レコード協会「日本のレコード産業2022」より抜粋。配信売上の83.1%をストリーミングが占めている。
出典:一般社団法人・日本レコード協会「日本のレコード産業2022」
冒頭で紹介した2017年からの数字を見ると、楽曲単品・アルバム単位でのダウンロード販売の売り上げが下がり続けている一方で、ストリーミング配信の売り上げが拡大、全体の売り上げ拡大に寄与していることが分かる。
では、現状が「日本での音楽配信最盛期」かというと、実はそうではない。
「日本のレコード産業2022」は2017年年からのデータしかグラフ化されていないが、RIAJのホームページで公開されているデータを使い、2005年から2021年までの音楽配信についてのデータをグラフ化してみた。そうすると、イメージがまた変わってくる。
2005年から2021年までの音楽配信売り上げ。着メロ(青系)から着うたフル(オレンジ)にトレンドが変わり、さらにその落ち込みをストリーミング(緑)がカバーし始めたのがわかる。
図版:日本レコード協会の資料より筆者作成
2016年頃まで、配信売り上げの多くは「シングルトラック配信」から得られている。1曲ずつの配信による販売だが、その大半は携帯電話経由での購入。いわゆる「着うたフル」が中心になっている。2005年から2010年頃までは「Master ringtones」=着メロの売り上げも大きく、携帯電話経由でのビジネスが「日本の音楽配信」のほとんどを占めていたのが分かる。
「日本のレコード産業2009」によると、2008年の売り上げ金額のうち88%が「モバイル」=携帯電話決済によるもので、PCを含めたインターネット経由によるものは10%しかなかった。
だが、スマートフォンが普及し始めた2013年頃から、シングルトラック配信の売り上げが急速に下がってくる。2012年のデータを見ると、インターネット経由での売り上げは33%に拡大、携帯電話決済に依存したビジネスの終焉の予兆がすでに見えている。
日本レコード協会「日本のレコード産業」より。2008年の音楽配信は9割が携帯電話からの売り上げだった。
出典:一般社団法人・日本レコード協会「日本のレコード産業2022」
一方、2012年にはインターネット経由が33%まで拡大している。
出典:一般社団法人・日本レコード協会「日本のレコード産業2022」
ストリーミング(サブスクリプション形式)配信が拡大した2015年から2016年にかけては、Apple MusicやSpotifyといった海外勢に加え、「AWA」(2015年5月)や「LINE MUSIC」(同6月)などの国内サービスも立ち上がった時期だ。振り返れば、ここが転機だったことが分かる。
また、配信売り上げという点で俯瞰してみれば、2009年に携帯電話からの収入で最盛期を迎え(年間売り上げは約905億円)、急速に売り上げを落としたものが、10年かけてストリーミング配信へと変化し、ようやく再び往時の売り上げ水準を取り戻した……と見ることができる。
実はまだ「物理メディア優位」な日本市場
ただし、売り上げの見方を「配信のみ」から、CDなどを含めた「市場全体」に変えると、印象はまた大きく変わる。
以下のグラフは、2005年から2021年までの「音楽ソフト」売り上げと「音楽配信」売り上げをまとめた、市場全体の売り上げ推移だ。ご覧のように、ネット配信の比率より、音楽ソフトの方がまだ大きい。2021年の段階でも、音楽配信の比率は31.6%に過ぎない。
2005年以降音楽売上は下降線で、2013年以降、なんとかネット配信の比率拡大で横ばいを維持している。
版:日本レコード協会の資料より筆者作成
「日本のレコード産業2022」より。2021年段階でも、日本の音楽売り上げの68.4%は、CDを中心とした音楽ソフトで成り立っている。
出典:一般社団法人・日本レコード協会「日本のレコード産業2022」
日本の音楽産業は過去に比べ規模を縮小し、2013年以降は横ばいと言っていい状況だ。
興味深いことに、ネット配信に音楽ソフトの市場が食われたというわけではなく、「音楽ソフトの売上減少をネット配信が補いきれてない」状況だ、ということが分かる。
ここで比較のために、全米レコード協会(RIAA)の統計も見てみよう。
アメリカの音楽市場はずっと成長を続けている。2014年に69億ドル(約8363億円)だったリテール市場の売上は、2021年には150億ドル(約1兆8314億円)にまで成長している。
アメリカの音楽リテール市場の売り上げは成長を続けており、2014年から2021年までで倍近くの規模になった。
図版:全米レコード協会(RIAA)資料より筆者作成
成長の源泉は明確に「有料のストリーミングサービス」だ。
以下のグラフは、RIAAの2015年のレポートと、2021年のレポートから、音楽売り上げの種別を抜粋したものだ。
全米レコード協会の資料より抜粋。2015年には物理メディア・ダウンロード・ストリーミングがほぼ1:1:1だった。
図版:全米レコード協会(RIAA)資料より筆者作成
2021年にはストリーミングが8割を占めている。
図版:全米レコード協会(RIAA)資料より筆者作成
2015年の段階で、すでにアメリカは音楽ソフト(物理メディア)から配信への切り替えを終えており、配信で全体の約7割だった。
それが2021年になるとストリーミング、それも月額による有料会員制のサービスへと切り替わっている。ストリーミング配信の売り上げ比率は83%と、完全に音楽ビジネスの主力だ。
ストリーミング配信は「1曲あたりのアーティストへの分配額が少ない」との批判もあるが、音楽業界全体の売り上げは劇的に伸びており、少なくとも「音楽業界全体」には、物理メディアやダウンロード以上の恩恵をもたらしているのは間違いない。
もちろん、アメリカは世界最大の音楽市場であり、楽曲を多くの国に提供する場所でもある。日本とは置かれている状況が異なるのも事実だ。
とはいえ、今後日本の音楽市場が拡大していくには、「ストリーミング市場のさらなる拡大」と、「ストリーミング・サービスの特性を生かした収益の拡大方法」の両方をアメリカなどから学び、シフトチェンジを加速する必要はあるのではないか。
(文・西田宗千佳)