大学生の間でコロナを理由とした休学がひっそりと広まっている。
文部科学省の調査によると、2021年の大学などの休学者、6万4783人のうち、コロナが理由だと回答した人の数は前年比で1.3倍の5855人となった。
そんな学生たちに受け入れられているのが、地方の農家やリゾートバイトをマッチングするサービスだ。オンライン授業を余儀なくされた今の大学生たちが見いだす、新たな「生きがい」を追った。
「なんのために勉強してるんだろう」
大学を休学し、国内でお仕事マッチングサービスを利用して経験を積んでいる山下葉奈さん(21)。
提供:hana yamashita
「もしもアドレスホッパーにならなかったら、写真の路上販売をすることも、200円の電車代をケチって2時間歩くこともなかったですね」
そう話すのは、大阪大学を休学中の山下葉奈さん(21)。2021年の春から住まいを引き払い、アドレスホッパーとなった。
現在は写真家として活動しつつ、時にお仕事マッチングサービス「おてつたび」や「ボラバイト」を利用して旅を続けている。
山下さんは2019年に大阪大学に入学した。その1年後、新型コロナウイルスの流行が始まった。
「何のために勉強してるんだろう」
山下さんは熊本出身だ。はるばる大阪まで出て一人暮らしをして華やかな大学生活を送るはずだったのに、すべての授業はオンラインになった。やることもないまま実家の熊本に戻り、空いた時間を埋めるようにマクドナルドでアルバイトをしていた。
転機となったのは、夏休みだった。このままではいけないと、もともと好きだったカメラを手に旅に出ることにしたのだ。感染対策やコロナの動向に配慮しつつ、参加したのは「無人島に泊まり、3泊4日の間に1つの曲を共創する」という趣旨のイベントだった。
オンラインで旅はできない
コロナで自分の道を閉ざされたように感じていたが、芸術を通して人と人とはつながれるという将来の可能性を感じた。
提供:hana yamashita
久しぶりの人とのリアルな接触に、心が湧き立った。
もともと山下さんは難民支援や国際協力の仕事を志していた。大学の専攻もそれを学ぶために選んだはずが、コロナもあって自分の道を閉ざされたように感じていたという。芸術を通して人と人とはつながれる。山下さんは、旅は、将来にも活かせる経験を与えてくれることを実感した。
そしてそれは、オンライン授業からは到底得られない体験だった。
コロナ禍で偶然手にした「写真と旅」という道。
撮影:hana yamashita
これをきっかけに山下さんは、好きだったカメラを手に旅をするようになる。徐々に旅先で出会った人から写真を褒められることが増え、写真家としての依頼も来るようになった。
コロナ禍で偶然手にした「写真と旅」という生きがい。だからこそ、2021年4月から大学で対面授業への切り替えが始まると知った時には、心は決まっていた。
「もう、写真一色にしたかったんです。今年だけは、写真だけで生きてみようって」
退路を絶つように住まいを引き払い、山下さんはアドレスホッパーとなった。
コロナ理由の休学者は1.3倍に
山下さんのように、コロナを理由として休学する大学生は増えている。
文部科学省が2022年3月に発表した調査によると、2021年の大学などの休学者数の割合は前年と比較してやや減少し、全体の2.17%(6万4783人)となった。しかしそうした休学者のうち、コロナが理由で休学していると回答した人の数は前年比1.3倍の5855人に増加している。
内訳について、「経済的困窮」という回答の割合は前年と変わらなかった一方で、2021年に入ってやや増加したのは、学生生活へのやる気を見出せない「学生生活不適応・修学意欲低下」(前年比1ポイント増)というものだ。
2022年9月から半年間の休学を予定している川原紀春(きはる)(立教大学法学部4年)さんも、大学生活に違和感を覚えた一人だ。
「この2年間、大学生としての活動があまりできず、もどかしく感じていました。大学生のうちに何かに挑戦したくて、休学を決意しました」
2022年9月から半年間の休学予定で、現在はインターンシップ「クラダシチャレンジ」に参加している川原紀春(きはる)さん。
提供:クラダシ
コロナの影響で、思い通りに課外活動ができなかった。インターン経験もないまま就活することに不安を感じ、就活を一旦やめた。
現在は農家で実際に働くインターンシップ「クラダシチャレンジ」に参加し、横浜市内の農家で、野菜の収穫などを手伝っている。
休学中はクラダシ社でのインターンとして働き、2023年春に復学する予定だ。同年9月に卒業したいと考えているという。
数日滞在で2万円、地方バイトが大学生に人気
個人を農家などとマッチングするサービスが、休学を考える学生の間で広く活用されている。
提供:クラダシ
学生生活を意義あるものにしたいと「休学」という道を選ぶ学生たち。そうした学生たちに広く活用されているのが、地方の農村やリゾートバイトと個人をマッチングするサービスだ。
前述の山下さんも活用していたマッチングプラットフォーム「おてつたび」では、利用者の数は非公開であるものの、2020年から2021年にかけて2.7倍増加、売り上げも3.4倍となった。
掲載されている「おてつたび」先を見てみると、草津温泉の飲食店での手伝いや壱岐島でのリゾートバイト、宮古島でマグロ釣りの手伝い……など、自然や地域と触れ合えるものが目立つ。
山下さんは、自然や地域と触れ合える活動に携わったことで「価値観が変わった」という。
撮影:hana yamashita
現在、求人への応募倍率は3〜5倍にもなっているという。
「おてつたび」の利用者層の5割が大学生層だ。18〜22歳の参加者数は2020年から2021年で2.3倍増加。残りの5割は、社会人や60~70代のアクティブシニアに利用されているという。利用者の約半数が関東圏の在住だ。
参加するプロジェクトに応じて報酬が出るのも魅力だ。山下さんの場合、時給にして800円から1000円程度、数日間の参加で1〜2万円が得られた「おてつたび」もあり、旅の費用に充てているという。
おてつたびの人気の理由について、永岡里菜社長はこう語る。
「日常生活では出会わない人に会うことで、視野が広がる点に価値を感じる人が多いようです。新型コロナの影響で海外に渡航することが難しい今、日本について深く知りたいという方が増えている気がしますね」
受け入れ先は、必ずおてつたびとの面談を経てからの登録となる。ユーザーとはほとんどのケースで雇用契約を結び、労災保険への加入も必要だ。
さらにおてつたび専用保険の加入も受け入れ先に義務付けており、ユーザーは怪我をしたり事故に遭ったりしても補償を受けることができる。
大学生だからこそ、違う環境に飛び込むという思い切った経験ができる。
提供:hana yamashita
4年次から休学予定の川原さんが参加していた「クラダシチャレンジ」も、地方の農家と学生をマッチングする、食品ロス専門のECサイトを運営するクラダシが提供するインターンシップだ。2021年には、5カ所の提携自治体に計44人の学生を送っている。
クラダシやおてつたびが提携する地方の農家は高齢化が深刻な問題になっている。大学生など若年層が働き手となることで、人手不足の解決の一助にもなっているようだ。
変わったのは、お金の価値観
コロナ禍で行動が制限される中、学生たちはオンラインではないリアルな体験を求めている。
提供:hana yamashita
「(休学したことで)一番変わったのは、お金の使い方ですね。元々はめっちゃバイトしてめっちゃ遊んで、って一般的な大学生みたいなことをしていたんですけど、(写真だけで稼ぐという)無茶ぶりを始めてからは、無理やりもう追い込んで……。で、色んな人とその結果関われた。だから、お金がなくて良かったです」
鳥取のワーキングホリデー先からZoomで取材に応じた山下さんは、旅先で撮ったという何枚もの写真を見せてくれながら、笑顔でそう語った。
地方移住への関心は若者世代を中心に高まっている。内閣府の調査によると、コロナ禍において地方移住へ関心が高まった・やや高まったと回答したのは20歳代が最も多く、22%にものぼっている。
山下さんは2022年4月、大学へ復学する。
今後は学業と両立しながら写真家として活動し、国際問題と暮らしを絡めた地域密着型のドキュメンタリーを記録していきたいそうだ。
「戦争や貧困などの現状を写真でリアルに伝えることで、国際協力の夢も叶えていきたいですね」
クラダシでインターンを行う川原さんも、これからインターンを通して地方の過疎化問題などを解決する一助となりたい、と考えている。
コロナ禍においても、学生は若い時代にしかできない体験を求め、自ら動き出している。そうした学生たちに大学は今、リアルな“学び”の機会を与えられているのだろうか。