DINETTE社長の尾崎美紀さん(29)。モデルなどの経歴を経て、2017年に起業した。
撮影:稲垣純也
コスメ商品を展開するD2C(ダイレクト・トゥ・コンシューマー)企業のDINETTEが3月30日、8億円の資金調達を発表した。引受先となったのは、大和企業投資、セレス、MTG Venturesの3社。これらに加え、みずほ銀行などから融資も受ける。
創業5年目となる社長の尾崎美紀さん(29)は、目標を「女性最年少でのIPO(株式上場)」と掲げる。DINETTEの今までと、これからを聞いた。
マスクで目元は隠せない
まつげ美容液などを展開するコスメブランド「PHOEBE BEAUTY UP」は、自社ECのみからスタートし、月商3億円を売り上げる人気ブランドに成長した。
撮影:稲垣純也
3月中旬の東京・渋谷。DINNETE社のオフィスに入ると、くすんだピンク色のディスプレイの上できらきらと輝く、コスメグッズたちが目に飛び込んできた。
尾崎さんは記者に商品を一つひとつ見せながら、こう語った。
「ありがたいことに、マスクをするから目元が余計に気になる、というお客さまに(まつげ美容液が)好評で……」
同社の主力商品は、第1弾プロダクトでもある「アイラッシュセラム(まつげ美容液)」だ。
尾崎さんは中央大学の学生時代、モデルや気象キャスターとして活動していた過去を持つ。起業を決意したのは、就職活動に疑問を感じたことがきっかけだった。
自分にも何かできないかと、手始めに美容に特化したインスタグラムのアカウントを開設。一人でコツコツと画像を投稿し、半年でフォロワーを約3万人にまで伸ばした。2017年に起業し、SNS運用のノウハウも活かして現在同社のインスタフォロワー数は約33万人にまで拡大している。
2019年にはまつげ美容液の販売を開始したが、図らずもこの商品がコロナ禍でヒットした。
今でも売り上げの6〜7割を「まつげ美容液」が占める。
撮影:稲垣純也
コスメ市場は、コロナ禍で大きな打撃を受けた。矢野経済研究所の調査によると、2020年度の国内化粧品市場規模(スキンケアやヘアケアを含む)は、前年度比で84%の2兆2350億円となっている。インバウンド需要の激減や、メイクアップ自体の需要の落ち込みがその主な理由だ。
しかしマスク姿でも「目」は隠せない。むしろ、顔の中でも目だけはこだわっておしゃれをしたい、という人が増えたのだ。富士経済研究所の調査によると2021年のメイクトレンドは「アイメイク重視」で、まつげ美容液などが需要を牽引しているという。
こうした時代の後押しもあり、DINETTEが展開するブランド「PHOEBE BEAUTY UP(フィービービューティーアップ)」はブランド展開を始めてから2年後には年商が15億円となった。
ラインナップも洗顔パウダーや化粧水、クリームなどと増え、プラザやロフトを始めとする販売先となる店舗は3000店にまで広がった。2021年の冬には有楽町のマルイで直営店もオープンしている。
最初に投入した「まつげ美容液」は、今でも売り上げの6〜7割を占めるという。
もうやめてしまおうか、と思った
「組織づくりには苦労しました」と率直に明かす、尾崎さん。
撮影:稲垣純也
拡大を続けているDINETTEだが、2021年は尾崎さんにとって波乱万丈の1年だった。
年初に目標を上場に定めて組織を大きく改革したことで、初期メンバーが複数人、社を去ってしまったのだ。
それまでのDINETTEは、良くも悪くも「部活」のような空気感。何もないところからブランドを育て、お互いになんでも助け合い、喜びも苦しみも分かち合うのが“良さ”だった。
上場を目指すとなれば、今までと同じようにはいかない。売り上げ目標を追うようになり、人事評価も制度化した。勤怠・労務もシステムを導入し、しっかりと管理するようになった。
そうした変化に対し、息苦しさを覚える社員も出てきたという。
それはちゃんとした「会社」になるために必要なことだったと言い添えつつ、尾崎さんはこう振り返る。
「ずっと支えてくれていたメンバーが一気に辞めてしまって、やっぱりすごく落ち込みました。(初期メンバーを)続けさせられなかった自分にもがっかりして。一時期は本当にやめてしまおうか、と考えたこともありました」
女性起業家の現状は「まだ変わっていない」
自分が先陣を切って、女性起業家としての道を示したいという、尾崎さん。
撮影:稲垣純也
なぜそこまでして「女性最年少上場」にこだわるのか。そこには、尾崎さんが直面してきた、女性起業家としての苦い経験がある。
資金調達をするにしても、投資家は圧倒的に男性が多い。「まつげ美容液」を始めとするDINETTEの商品に関する知見がなく、アドバイスができないという理由でどうしても投資を躊躇されてしまうのだ。
もしも投資家の半分が女性だったら。もしも同じ目線に立ってアドバイスをしてくれる誰かがいたら……。尾崎さんは自分こそがその「誰か」になれたら、と声に力を込める。
「(これだけ女性活躍が叫ばれても)実際はまだまだ変わっていない。私がもし『好きを突き詰める』ことでIPOができたら、もっと大きな目標にチャレンジできる女性が増えるかもしれない」
東大卒・京大卒のようないわゆる「エリート街道」を歩んできたわけではない。狙うはジャイアント・キリング(格上の相手から勝利をもぎ取る「大番狂わせ」)だ。
「今までは、上場を目指せるとも思っていなかったんです。売り上げ規模が5億、10億……と拡大してきたことで、狙えるかも、という自信がついてきた」
挫折を経ながらも新メンバーを迎え入れ、会社は「フェーズ2」に入った、という。次の目標はと聞くと、間髪入れずに「今期で年商30億弱、数年で100億円」だと言い切った。
「言ってしまったら、後には引けないじゃないですか(笑)。数字にはちゃんとコミットしたいし、このチームだったら目指せる、って思っているので」
フェムテックにも参入で「売り上げ100億円に」
2021年2月、アメリカでも「女性最年少上場」が話題となった。
マッチングアプリ「Bumble(バンブル)」がナスダックへ上場し、CEOのホイットニー・ウルフ氏は31歳にして億万長者になったからだ。彼女が1歳になる息子を抱きかかえて上場の鐘を鳴らす姿は、ニュースでも大きく取り上げられた。
「めちゃめちゃかっこいいし、今っぽい」 ── 尾崎さんはそんな姿に自分を重ねる。
日本でも、ECを主戦場とするコスメ企業の上場はここ最近、目立っている。
フェムテックブランドへの参入も計画している。
撮影:稲垣純也
2020年9月には高級シャンプー「BOTANIST(ボタニスト)」で知られるI-ne(アイエヌイー)社が東証マザーズに上場。同年10月には、累計出荷個数が3000万個を突破したメイククレンジングバーム「DUO」シリーズを展開するプレミアアンチエイジング社も同じく東証マザーズに上場した。
「まつげ美容液」のヒットを足がかりにDINETTEは、新商品の開発へ向けて動き出している。次に構想しているのはマスカラなどの「目元」にまつわるメイク商品だ。
併せて、デリケートゾーン用クリームなど、フェムテックをテーマにした新しいブランドも打ち出すことを予定している。「これからはDtoCという枠を超えて、女性の悩みを全般的に解決する総合ブランドになっていきたい」と、尾崎さんは意気込んでいる。
(取材・文、西山里緒、撮影、稲垣純也)