モスクワのベンチャーキャピタル(VC)、A.Partnersの創業者兼CEOのアレクセイ・ソロヴィヨフ(Alexey Solovyov)は、10年以上にわたりロシアの投資業界と緊密に連携して活動してきた著名なベンチャーキャピタリストであり、ブログや講演を通じて同国のVC業界の現状を語ってきた。自身が手掛けたスタートアップの1つがPinterestに買収された時は、そのことを誇らしげに語っていた。
アレクセイ・ソロヴィヨフはベンチャーキャピタルA.Partnersのほか、エンジェル投資家クラブ、Angelsdeckの共同創業者も務める。
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彼は自分のロシアの銀行口座から送金ができなくなる日が来るとは想像もしていなかったし、投資先のスタートアップから距離を置かれることになるとは、ましてや彼らスタートアップも口座を凍結されるような目に遭うとは想像もしていなかった。
「ロシア生まれの人やロシアのパスポートを持つ人が、世界各地で現金を受け取ったり、預け入れたりするのが非常に難しくなっている」と、ソロヴィヨフは最近のオンライン会議で、人通りのない夜の街を走るタクシーの後部座席に乗り込みながら語った。「投資先企業に送金することもできないんです」
ソロヴィヨフの置かれている状況を見れば、ロシアのVCが制裁対象のオリガルヒ(ロシアの新興寡占資本家)の資金を運用しているわけではなくても、このような目に遭っているのだと分かる。そして、エンジェル投資家集団やファンド・オブ・ファンズ(投資家が資金を投入する先)などのトレンドの影響もあって、スタートアップにとってはロシアの資金が投資ラウンドに投入されているかどうかを知ることさえ難しい。
ロシア以外の関連スタートアップにも「制裁」
ロシアのウクライナ侵攻後、ソロヴィヨフは突然、自分が国際社会からのけ者と見なされていることを自覚したが、自分は何も悪いことはしていないと訴える。彼は、自分の会社に出資してくれているリミテッドパートナー(有限責任の出資者)には制裁を受けているところはないし、オリガルヒでもないと主張し、なぜロシア国外でビジネスができなくなったのか、当惑していると述べた。自分はただ、次の取引先を探している投資家にすぎない、と彼は言う。
「VCのDNAに国境はありません。私たちは、ロシアのVCはロシアのビジネスの一部ではなく、国際的なビジネスの一部だと思っているので、今の状況は本当に苦しいです」
自分が投資しているスタートアップのうち、ロシア人は約10%にすぎないとソロヴィヨフは語る。(投資先の)半分はアメリカにあり、その他は世界中に散らばっているという。
ソロヴィヨフは、米財務省の「特別指定国民および資格停止者(SDN:specially designated nationals and blocked person)」のリストには含まれていない。
しかしそれでも、ロシアのほとんどの銀行が取引を停止されているため、自分の口座からの送金はほぼ不可能になっていると彼は言う。また、アメリカにある自身のスタートアップのうち1社(社名は明らかにしていない)が、ロシアの資金を受け取ったとして銀行口座を凍結されたという。
「投資先企業が懸念しているのは、いわれのない制裁を受けることです」とソロヴィヨフは言う。
ロシアのウクライナ侵攻に対し、反対の声を上げられないのは仕方がない。彼はモスクワにいるため、そのような行動を起こすには危険が伴う。ロシアは言論の自由を弾圧しており、抗議する者は次々と逮捕されている。ロシアの軍事行動を指して「戦争」や「侵攻」という言葉を使った場合、15年の禁固刑に処せられる可能性もある。
「政治的な発言はしたくありません。あなた方が報じるあなた方のニュースもあると思いますが、私たちにも私たちが報じるニュースがあります」と彼は語った。
米スタートアップに流れ込むロシアマネー
ソロヴィヨフは自身のウェブサイトで、サンフランシスコを拠点とするフィンテック企業、B9や、評価額が10億ドルを超えるベイエリアのAIスタートアップ、People.aiなどをエンジェル投資先として挙げている。
ソロヴィヨフの投資先の中には、Insiderが問い合わせるまでソロヴィヨフが投資家だとは知らなかったと答えた企業もあり、ロシアの資金を追跡するのがいかに難しいかが浮き彫りになった。
People.aiのCEO兼創業者で、偶然にもウクライナ人だったオレグ・ロジンスキー(Oleg Rogynskyy)はInsiderのメール取材に対し、「ソロヴィヨフ氏がどんな人物かは知りません。名前も聞いたことがありません」と答えた。
また、B9の共同創業者兼CEOのセルジオ・テレンティエフ(Sergio Terentyev)は「当社が出資を受けている企業にロシアの企業はありません」と答えた。
ソロヴィヨフの説明では、こうした企業には投資家の資金を集めて運用する団体を通じて投資してきたという。自分の言葉を代弁してくれるスタートアップはどこかありそうかと問われると、「どこもないでしょうね」とソロヴィヨフは答えた。
「ロシアにルーツを持つ企業や投資家はいま、圧力を受けています。誰もが非常にナーバスになっています」
ソロヴィヨフのウェブサイトによれば、2019年に設立したA.Partnersの投資先の中には、ニューヨークを拠点とする教育関連スタートアップのYaizyも含まれている。また、Yaizyは最近、プレスリリースで210万ドルのシード資金を獲得したことを発表しているが、その投資元企業としてA.Partnersの名前が挙げられている。
しかし、Yaizyの共同創業者兼CEOのビタリー・ゴードン(Vitaly Gordon)は、A.PartnersがYaizyに直接投資したことはなく、他の投資家に紹介する手助けをしただけだったとInsiderに語り、こう続ける。
「ロシアのウクライナ侵攻を支持するいかなる組織からも、資金提供を受けるつもりはありません」
ゴードンによれば、ソロヴィヨフが紹介したリード投資家は、ロンドンに拠点を置くFlyer One Venturesだという。そのスタッフの多くは、皮肉なことにウクライナ人だ。
ウクライナにいる家族に配慮して匿名を条件に取材に応じたFlyer Oneのある投資家は、ソロヴィヨフとはもう取引をしたくないと思っている、そして戦争を糾弾するつもりのないソロヴィヨフのことは受け入れられない、と述べた。
「今はそれぞれの立場が大切です。彼が何かを言うとそれが重大な意味を持ちますから」と、この投資家は語る。
ソロヴィヨフとしては、自分がロシア人であることが問題にならなかった時代に早く戻って欲しいと強く願っている。
「この状況が終われば国境はないと、今でも信じています」と締めくくった。
(翻訳・渡邉ユカリ、編集・常盤亜由子)