ネットフリックスの大ヒットドラマ『ブリジャートン家』。シーズン2が始まるまでの「待ち時間」もファンたちを飽きさせないマーケティング戦略とは?
Netflix
きらびやかなエンパイアウエストのドレスを身にまとい、オペラグローブをはめた女性たちが、扇子を片手にワイングラスを傾けながら談笑している。白髪のウィッグを被ったゴールドの燕尾服姿の従僕が、「レディ・ホイッスルダウンの社交界新聞」の最新号を配っている。
クラシック風にアレンジされたアリアナ・グランデやオリヴィア・ロドリゴの楽曲を弦楽四重奏団が奏でるなか、敬愛する女王が登場すると、臣下たちは深いお辞儀で出迎えた。
この光景はネットフリックス(Netflix)のドラマのワンシーン……ではない。ロサンゼルスのダウンタウンにあるミレニアム・ビルトモア・ホテルで2022年3月24日に開催された、ネットフリックスの人気ドラマ『ブリジャートン家』をテーマにしたファン向けイベントだ。
「女王の舞踏会」と題されたこのオープニングナイトには、100人を超える参加者が集った。ドラマのファンが「リージェンシー」と呼ばれるイギリスの摂政時代に誘われ、曲芸師のパフォーマンスやダンスなどで上流社会の一夜を楽しむという趣向だ。
北米での舞踏会イベントはロサンゼルスを皮切りに、シカゴ、ワシントンDC、モントリオールと続き、5月まで開催される予定だ。
「待ち時間」もファンを飽きさせない
このイベントの狙いは、単に『ブリジャートン家』シーズン2の配信開始に合わせた宣伝というだけではない。熱狂的なファンであれば、視聴体験の枠を超えて浸りたくなる世界観も演出しているのだ。
ロサンゼルスで開催された『ブリジャートン家』のイベント「女王の舞踏会」。エントランスにはアーチ状の藤棚が設けられてドラマの世界観を演出している。
Elaine Low
このイベントを仕掛けたションダランド(Shondaland)は、『ブリジャートン家』のほか、ABCの大ヒットドラマ『グレイズ・アナトミー 恋の解剖学』や『スキャンダル 託された秘密』なども手掛けた脚本家、ションダ・ライムズ(Shonda Rhimes)が設立したプロダクションだ。
同社でデザイン・デジタルメディア責任者を務め、コンシューマー向け商品の開発も統括するサンディ・ベイリー(Sandie Bailey、ライムズの姉)は次のように話す。
「ドラマのストーリーを拡張させるなら、実際にたくさんの人がいる場所に足を運んで、交流してもらうのがいいと思ったんです。それがたまたまスクリーンの外だったというわけ」
ライムズは2017年にネットフリックスと包括的業務提携を結んだ。以来、ライムズ率いる制作チームは、全話を同時配信するために長くかかる次シーズンまでの待ち時間(『ブリジャートン家』の場合15カ月)を、実に巧みに活用している。
Insiderの取材に応じたベイリーは次のように話す。
「テレビ番組の制作でもこれと似たような経験はあります。夏に放送が終了すると、視聴者は秋の番組再開を心待ちにしていました。でもストリーミング配信サービスの場合、次のシーズンまでの休みがこれまで経験したことがないほど長い。これは何か特別なことをするいいチャンスだと思ったんです。
ドラマを追体験できるイベントなら、視聴者は好きなキャラクターやその世界観を年間通じて楽しめるから、ファンにはたまらないですよね」
ほかにも、3月25日にシーズン2を公開後、ドラマの舞台裏を語るポッドキャストを配信したり、『ブリジャートン家』をテーマにしたティーパーティーを催したりする計画もある。ベイリーは「定番の紅茶や『ブリジャートン家』のカスタムブレンドティーを試せるイベントを各地で開く予定」と話す。
赤いソファがインスタ映えするフォトスポットに。
Elaine Low
人気ブランドとコラボ
「女王の舞踏会」イベントには、参加者が会場で体験した上流社会の思い出をいつでも振り返れるような工夫が満載だ。ポートレートスタジオでは摂政時代の絵画のような写真を撮れるほか、真っ赤なタフティングソファや藤棚で飾られたエントランスではインスタ映えする写真も撮れる。これらはネットフリックスとションダランドによる完璧なマーケティングツールでもある。
顧客体験やグッズ販売をビジネスモデルに組み込むディズニーの手腕に比べれば、ネットフリックスはまだ遠く及ばない。しかし『ストレンジャー・シングス 未知の世界』や『ペーパー・ハウス』の関連イベントは好評を博し、今回の「女王の舞踏会」も、49〜108ドル(約5900〜1万3000円、1ドル=122円換算)で発売された前売り券が(ションダランドいわく)売れ行き好調なのを見るかぎり、ネットフリックスの方向性は正しいことが分かる。
ナイキ(Nike)で長年経験を積んだジョシュ・サイモン(Josh Simon)率いるネットフリックスのコンシューマープロダクト・エクスペリエンス部門は、世界規模で成長している。同部門のグレッグ・ロンバルド(Greg Lombardo)がエクスペリエンス担当を務めており、その配下には6人のライブイベント担当がいる(ニューヨーク・タイムズ報道)。ネットフリックスに詳しい関係者は、サイモンの部門全体では「その数倍を優に超える」規模と明かす。
舞踏会の参加者には、ドラマにも登場するゴシップ記事「レディ・ホイッスルダウンの社交界新聞」が配布される。
Elaine Low
ファンが楽しみ、つながりを深める手段
ネットフリックスの番組や映画に関連するグッズ制作やイベントは、コンテンツの製作プロセスの早い段階で企画されることもある。
ザック・スナイダー(Zack Snyder)監督の『アーミー・オブ・ザ・デッド』では、コンシューマープロダクト・エクスペリエンス部門が「映画の企画・製作の初期段階から関わった」とサイモンは話す。『ブリジャートン家』シーズン3と4の配信はすでに決定しており、サイモンがこのシリーズで取り組むべき事柄は「かなり明確」になっているという。
ネットフリックスのイベントやグッズ販売について、サイモンは「ファンが大いに楽しみ、作品とのつながりを深める手段だと捉えています。それを実現することが目標です」と話す。
もちろん収益性も見込んでいる。ネットフリックスは公式オンラインストアを立ち上げたり、ウォルマート(Walmart)と提携して『イカゲーム』のジャージや『ココメロン』のベッドリネンを販売したりして、リテール事業にも乗り出した。
3月24日に開催された舞踏会では、リパブリック・オブ・ティー(Republic of Tea)の『ブリジャートン家』ブランドのキャニスター(15ドル、約1800円)や、コスメブランド「パットマクグラスラブス(Pat McGrath Labs)」のメイクアップパレット(60ドル、約7300円)など、さまざまな商品がドラマにも登場する仕立屋「モディスト・ショップ」に並んだ。
ファンはお気に入りのドラマのためには出費を惜しまないとネットフリックスは踏んでおり、米百貨店ブルーミングデールズ(Bloomingdale's)と提携して立ち上げたショップ「ザ・カルーセル(The Carousel)」では、ウェッジウッド(Wedgewood)の食器や、2335ドル(約28万5000円)のアネット・フェルディナンセン(Annette Ferdinandsen)のイヤリングなども販売している。
サイモンはナイキで重職を担った経験を生かし、高級シューズブランドのマローン・スリアーズ(Malone Souliers)ともコラボ。ドラマから着想を得たリージェンシースタイルのパンプスを573〜936ドル(約7万〜11万4000円)の価格帯で売り出した。
舞踏会イベントでInsiderの取材に応じた参加者のアニーサ・ラスール(Aneisa Rasool)は、このイベントのために舞踏会用ドレスを購入したという。古い映画やドラマが好きなラスールは当然ながら『ブリジャートン家』の大ファンで、舞踏会は期待を裏切らない内容だったという。
テレビ一辺倒から多様化の時代へ
サイモンもベイリーも、ストーリーテリングの延長線上にある商品化の重要性を強調する。人々の視聴習慣が進化しているなかではなおさらだ。関連グッズの販売と顧客体験を一手に担うベイリーは、次のように話す。
「昔は娯楽といえばテレビの前に座ってただ見続けるだけでしたが、今どきの消費者は自由な時間とお金を賢く使って活発に活動していますよね。そんな消費者に、この空間になら自分の時間とお金を使ってもいいと思ってもらえるよう、私たちも変化していくことが重要だと感じています」
舞踏会がそろそろお開きになろうかという頃、出口横に設けられた公式グッズショップに一人の女性が残っていた。陳列されていたのは『ブリジャートン家』のロゴ入りレディース用パーカー(60ドル、約7300円)と、胸にド派手な金文字で「Duke(公爵)」と書かれた男女兼用黒Tシャツ(30ドル、約3600円)。少々値段は張るものの、パーカーならいい記念になるのでは?
彼女はしばらく迷ってから、友人の方を向いた。「しょうがない、夫に公爵シャツを買ってやるとするか」
(翻訳・西村敦子、編集・常盤亜由子)