EUは2018年のGDPRに続き、ビッグテックに対する規制を狙いとする「デジタル市場法(DMA)」に合意したと発表した。
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EUは3月初旬、2018年に施行した画期的なデータプライバシー法GDPR(一般データ保護規則)に続き、DMA(Digital Markets Act)と呼ばれるデジタル市場法の可決に合意したと発表した。DMAはオンライン広告市場を含むデジタル経済を席巻する大手テック企業の能力を著しく制限する内容だ。
同法は、アルファベット(グーグルの親会社)、メタ、アップル、アマゾンなど、全世界の年間収益が82億ドル(約9840億円、1ドル=120円換算)以上、または時価総額が820億ドル(約9兆8400億円)以上の「中核的プラットフォームサービス」を運営するビッグテック企業にのみ適用される。中核的プラットフォームサービスには、検索エンジン、SNS、クラウドコンピューティング、および関連する広告機能などが含まれる。
DMAは、消費者から収集した個人データの使用用途からサービスの相互運用性まで、ビッグテックの行動を規制するものだ。EUによると、この法律は2022年10月までに最終決定され、その日から6カ月以内に発効する見込みだという。
DMAによって広告主はキャンペーンの効果をより詳しく知ることができるようになると見る業界ウォッチャーもいる。広告業界に詳しい法律事務所デイビス・ギルバート(Davis+Gilbert)のパートナー、ゲアリー・キーベル(Gary Kibel)などはその一人だ。
一方で、法律事務所リード・スミス(Reed Smith)でテック・データ分野のパートナーを務めるジェラルド・ステッグマイヤー(Gerard Stegmaier)は、DMAに対してこう警戒心を覗かせる。
「プライバシーは重要ですから、規制の強化が望まれることはあってしかるべきでしょう。しかしだからといって、市場や競争に深刻な影響が出ないという保証はどこにもありません」
広告主はより多くの顧客情報が入手可能に
DMAによる最大の影響はおそらく、広告主に関することだろう。先のキーベルによれば、広告主はFacebookページで収集されたあらゆるデータについて、プラットフォーム側に提供を求めることができるようになる。同法が施行されれば、Facebookを運営するメタはデータ提供のためのプロセスを導入せざるをえなくなる。
そうなれば、広告主はより多くの顧客情報を入手できる。これまで大手プラットフォームから送られてくるのは情報の一部(しかも不正確なこともある)の要約にすぎなかったが、DMAはこのギャップを埋めるのに役立つだろうとキーベルは言う。
業界団体である世界広告主連合のCEOステファン・ローク(Stephan Loerke)もDMAには前向きだ。広告主はグーグルやアマゾンなどが収集する生データを第三者の手を借りて精査することで、ビッグテックの分析力を客観的に評価できるようになるし、広告キャンペーンの測定も強化できると見ている。
また、広告主にとっては価格設定の透明性も高まることになる。現在は、プラットフォーム側が広告インベントリの価格がどう決まるのかは不明で、アドテクノロジーのサプライチェーン全体で予算がどう割り振られているかも正確に知ることができない、とロークは指摘する。
広告主がデータにアクセスできるようになれば、大手プラットフォームからの離脱が進むことも考えられる。2021年にデータプライバシー慣行をめぐってビッグテックを訴えた規制機関、アイルランド自由人権協会(the Irish Council for Civil Liberties)のシニアフェローであるジョニー・ライアン(Johnny Ryan)の見立てはこうだ。
これまで広告主にとっては大手プラットフォームがキャンペーンとユーザーデータの唯一の情報源だったために「深い愛着」を感じていたが、DMAによってプラットフォームとデータが切り離されれば、TikTokやSnapといった代替企業にも広告マーケットに入り込む余地が生じるだろう。
規制強化のはずがビッグテックを利する懸念も
業界関係者の間では、影響が雪だるま式に大きくなることを懸念する声も挙がっている。
「この法律は大手プラットフォームにしか適用されませんが、より透明性の高いアプローチが定着し、ポータルサイトを超えて大規模な広告主にも適用されるようになったとしたら?」
キーベルはそう言い、もしかしたら大手プラットフォームは、企業秘密をできるだけ共有しなくてすむようにと、公開するデータの量を増やすどころか、逆に収集するデータを減らすことでその使用を完全に制限する方向へと舵を切るかもしれないと懸念する。
一方、この法律は、規制される大企業を利する結果になりかねないと指摘する者もいる。
WPPのGroupMでビジネスインテリジェンスのグローバル統括を務めるブライアン・ワイザー(Brian Weiser)は、「この法律は一見するとアメリカに拠点を置くビッグテックに不利に働きそうだが、おそらく残念ながら彼ら全体を利することになるだろう」と言う。
例えば、多くのアナリストが事前に予測したように、GDPRの成立後にアルファベットとメタの利益率と株価は大幅に上昇した。アナリストが見るところ、超大手テック企業にはコンプライアンスに割けるだけのリソースが潤沢にあったため新たな規制の壁をクリアすることができた。かくして市場における超大手テック企業の地位はより強固なものとなり、広告主の選択肢はGDPRによって狭まってしまったというわけだ。
このような前例を踏まえ、DMAも同じ道をたどる可能性があると考える専門家もいる。前出のステッグマイヤーは言う。
「法律は非常に曖昧なツールであり、ダイナミックな市場を規制しようとすると、往々にして予期せぬ深刻な結果が生じるものです。アドテクや広告関連分野では、よかれと思ってつくられた法律が、まさに制限を受けるはずの企業を利することがよくあるのです」
(編集・常盤亜由子)