4月2日、スイスの首都ベルンにて。ロシアに即時撤退を求める抗議デモ。ウクライナ侵攻開始から1カ月以上が過ぎ、世界経済への影響が顕在化・深刻化しつつある。
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「インフレ高進と米連邦準備制度理事会(FRB)の対応策により、年明けからの株式市場は痛手を被りましたが、それにしても、ロシアのウクライナ侵攻とそれに続く経済制裁以上に市場に影響を及ぼす要因は、いまや見当たらない状況です」
スイス金融大手UBSの資産運用部門グローバル・ウェルス・マネジメントのマーク・ヘーフェリ最高投資責任者(CIO)は3月下旬、顧客向けのマンスリーレポートと2022年第2四半期(4〜6月)の市場見通しのなかでそう述べている。
ロシア・ウクライナ戦争は何百万人もの生活を根底からくつがえし、世界経済を揺さぶるほどのさまざまな波及効果を生み出している。
ロシアへの厳しい制裁措置は、パンデミックからの回復途上で世界を見舞ったサプライチェーン問題をさらに悪化させた。
原油をはじめとするコモディティ(商品)の不足は、40年ぶりの高水準で推移する高インフレにさらなる上昇圧力をかけている。
米連邦準備制度理事会(FRB)は景気過熱を抑えて物価上昇に歯止めをかけようと利上げに着手し、さらには当初計画よりも速いペースで次の利上げを準備している。
一部のエコノミストたちは、そうした急速な利上げにより早ければこの夏にも景気後退入りの可能性があると警鐘を鳴らす。
しかし、FRBのパウエル議長は3月半ばの連邦公開市場委員会(FOMC)開催後、景気後退の可能性は「特に高まっていない」と発言し、米経済の力強さをあらためて強調。
UBSのヘーフェリも顧客向けレポート(3月28日付)で、「FRBには景気後退を引き起こすことなく利上げを敢行した心強い実績がある」とパウエル議長の見方を支持。利上げサイクルの具体的な成功例として、1965年、84年、94年を挙げている。
【図表1】フェデラル・ファンド(FF)金利の実効レートの推移。グレー部分は景気後退期。赤い矢印の時期を見れば分かるように、利上げサイクルが必ずしも景気後退を引き起こすとは限らない。
UBS Global Wealth Management
ただし、ヘーフェリは景気後退入りの回避を予測されるベースケースとしつつも、景気後退の可能性が高まっていること自体は認めている。
ただし、景気後退入りするとしてもその原因になるのはFRBの利上げではなく、ロシアへの追加経済制裁こそが「不可避の景気後退」を招くというのがヘーフェリの考えだ。
経済状況の変化に応じて利上げ計画に変更の可能性が出てくれば、FRBは市場に対して早めに注意を促す。富裕層の投資家たちは、不安定かつ予測不可能なウクライナ戦争のさなかであえて資金をリスクにさらそうとはしないだろう。
ヘーフェリは次のように語る。
「考えてもみてください。FRBはウクライナ戦争と制裁措置の動向に応じて金融政策を調整するでしょうが、戦争と制裁措置のほうがFRBの政策決定に応じて軌道修正されるなどということはありえないのです」
ウクライナ戦争と株式市場「3つのシナリオ」
ヘーフェリは前出のマンスリーレポートで、ウクライナ戦争の展開に伴う制裁措置や戦争が原油価格に与える影響を受け、2022年の株式市場がどう動くか「3つのシナリオ」を紹介している。
「短期的に言えば、以下で示すどのシナリオをたどるかを決定づける、市場にとって最も重要な問題は、『制裁措置と原油価格のピークはいつ来るのか、あるいはすでにピークに達しているのか』なのだと私たちは考えています」
ウクライナ戦争は「良くなる前に悪くなる」というのが、ヘーフェリの想定する「中心シナリオ」だ。
ウクライナでの戦闘は続くものの、夏の初めには原油価格がピークを迎え、制裁措置も最悪の状況を脱する。それを受けて、2022年下半期にはインフレ率が低下し、FRBの利上げによる景気後退の可能性も薄まる。すべての結果として、株価は上昇に向かう。
それに比べて、「下振れシナリオ」はかなり苦しい展開が想定される。
戦争は長期化し、ロシアに対してはさらに厳しい制裁措置が科される。原油価格は歴史的な高水準のまま上昇を続ける。FRBだけでなく各国の中央銀行が苦しみを伴う金融引き締めに追随せざるを得なくなり、それは景気に悪影響をおよぼし、スタグフレーション(=不景気のなかで物価上昇が続く状態)を引き起こすことになる。
結果として、いま足もとでみられる株価回復も途上で再び下落に向かう。
【図表2】ISM製造業景況感指数(灰線)は60前後で推移して経済の堅調さを読みとれる。一方、ブレイクイーブンインフレ率(10年債)と同(2年債)の利回り格差(黒線)は反転し、インフレ率の低下を示唆。現時点では、スタグフレーション懸念は過剰と言える。
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一方、「上振れシナリオ」では、ロシア・ウクライナ戦争が比較的早期に終結し、制裁措置や原油価格のいま以上の悪化は回避される。経済成長の確実性が高まり、インフレと地政学的な不安は緩和され、株式市場も上昇に向かう。
ウクライナ戦争を踏まえた「短期的」投資法
S&P500種株価指数は3月14日以降(3月30日までに)11%上昇しており、投資家たちは「上振れシナリオ」の可能性が高いと考えているようだ。
さまざまなリスクを踏まえてなお株式市場に代わる投資先はないとの見方が引き続きコンセンサスとして投資家の間にはあり、それはとりわけ債券が徹底的に売られていることから確認できる。
ヘーフェリは代表的な株価指数が2022年末には現在を上回って着地すると考えているものの、年内の残りの期間については、リスク分散をより徹底した投資アプローチを推奨する。
「これほど不確実性が高い現状で、想定されるシナリオにも相当な幅があるなか、市場の全体的な方向性を決め打ちして資金を投じるより、将来の展開についてより見通しがきくと思われる3つの領域でポジションをとる戦略のほうが有効と私たちは考えています」
前出の顧客向けレポートでヘーフェリはその3つの領域を挙げている。
コモディティ、バリュー(割安)セクター、優良株(=収益や財務体質が健全で堅実な成長と配当を期待できる銘柄)がそれだ。
さらにかみ砕くと、コモディティ、エネルギー株、バリュー(割安)株、金融セクター株、米国シニアローン、グリーンエネルギー関連株、農業技術・食料イノベーション関連株、サイバーセキュリティ関連株という8つの領域に分かれる。
エネルギーを含むコモディティおよびコモディティ生産関連銘柄は、インフレと景気後退に対するポートフォリオのヘッジとして引き続き有効な手段となるとヘーフェリは説明する。
前節で示した「中心シナリオ」にしっかり対応できるだけでなく、(コモディティの持つ)ディフェンシブな性質から、「下振れシナリオ」の場合も十分持ちこたえられる。
エネルギーセクターへのエクスポージャーをとるための上場投資信託(ETF)としては、「エナジー・セレクト・セクターSPDRファンド」や「SPDR S&P石油・ガス探鉱生産ETF」がある。
バリュー(割安)株、金融セクター株、米国シニアローンにとっては、金利上昇が有利に働く。
また、高インフレは長引くとリスクを伴うものの、通常時は好景気のもとで起きる現象であり、(資産性や収益性が高く本来的に企業価値が高い)バリュー株のパフォーマンスが優位に立つ環境と言える。
バリュー株は前節の「中心シナリオ」「上振れシナリオ」いずれでも勝者となり得るが、「中心シナリオ」の場合は、利益率やバランスシートが頑強な優良株にしぼり込むべきとヘーフェリは強調する。
金融セクターの銘柄は、金利が上昇すると収益性が改善されて株価パフォーマンスも高まるため、特に「中間シナリオ」で優位に立てる。米国シニアローンは、金利上昇時の価格変動が少ないハイイールド債(ジャンク債)に代わる選択肢となる。
バリュー株、金融セクター株、米国シニアローンへのエクスポージャーを(リスク分散を徹底しつつ)とる手段としては、「バンガード・バリューETF」「iシェアーズMSCI米国バリュー・ファクターETF」「金融セレクト・セクターSPDRファンド」「iシェアーズ米国金融ETF」「インベスコ・シニア・ローンETF」「SPDRブラックストーン・シニアローンETF」が挙げられる。
中長期的に「世界経済は激変」
先に示した3種類のうち、世界がどのシナリオをたどるかにかかわらず、ロシア・ウクライナ戦争はエネルギー、食料生産、防衛産業の各銘柄に、これまで想定されていなかった長期にわたる影響を及ぼすとヘーフェリは語る。
「ロシアのウクライナ軍事侵攻は、エネルギー、食料、データ、国防の領域に広くまたがる、新たな『安全保障の時代』の扉を開きました。国家間あるいは地域間の不信感が高まり、政府や企業は価格や効率より安全性や安定性を圧倒的に重視するようになると予想されます」
世界各国が、従来の気候変動対策としてだけでなく、安全保障上の対策として化石燃料への依存度を引き下げる決断を下せば、空気を浄化し、大気中の二酸化炭素濃度を下げる技術を用いるグリーンエネルギー関連企業に大きな資金が流れ込むようになる。
また、今回の深刻な供給制約を受け、(海外比率の高まっていた)食料生産を国内に回帰させる国が増えるとヘーフェリは予想する。
垂直農法(=環境制御された屋内ラックでの水耕栽培など三次元的な作物生産や、種子科学、効率的な水利用などイノベーティブな技術の開発や獲得に取り組んできた企業に対しては、新たな投資の波が押し寄せる可能性がある。
最後に、デジタル技術を駆使した戦争が一般化していくことで、サイバーセキュリティはこれからますます重要になっていく。
ロシアや中国によるサイバー攻撃はこれまでもたびたび話題になってきたし、今回も中国がウクライナ戦争直前にウクライナに大規模なそれを仕掛けていた疑惑が浮上(英タイムズ、4月2日付)するなど、問題は深刻度を増している。
政府であれ企業であれ、データの詐取を狙った悪質な行為と闘うために踏み込んだ対策に動く必要がある。
上記のような分野へのエクスポージャーをとる手段としては、「ファーストトラスト・ナスダック・クリーン・エッジ・グリーン・エナジー・インデックス・ファンド」「iシェアーズ・グローバル・クリーンエナジーETF」「グローバルX 農業テック&フードETF」「ヴァンエック・フューチャー・オブ・フードETF」「プロシェアーズ・ウルトラ・ナスダック・サイバーセキュリティ」「グローバルX サイバーセキュリティETF」がある。
(翻訳・編集:川村力)