新歓シーズンは若者が酒に「飲まれる」リスクも高まる(写真はイメージです。また一部写真を加工しています)。
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入学・進学の春は、若者たちが酒に「飲まれる」リスクも高まる季節だ。
まん延防止等重点措置が全国で解除され「会食抑制」ムードも緩みつつある。この1〜2年は、TikTokやYouTubeで「一気飲み」動画や、ゲームの中で酒を飲ませる動画にアクセスが集まっていた。
しかし解放感から、ゲーム感覚で酒をエスカレートさせるのは禁物だ。飲酒を強要する「アルコールハラスメント(アルハラ)」で子どもの命を奪われた遺族と支援者は「酒で死なないよう、ヤバい飲み会からは逃げて」と警告する。
一方で、こうした危険動画に対するTikTokやYouTubeの削除対応の基準には、疑問が残る部分もある。
「すごろく飲み動画」が数百万回視聴
すごろく飲み動画を配信している著名YouTuberは多数いる。このように800万回、600万回と再生回数を重ねている動画も現在進行形で公開されている。
「持っちゃった持っちゃった 行けるとこまで行ってみよう」
「グーっとぐっとぐっと」
TikTokにはそんなコールとともにお酒を一気飲みする動画が多数アップされ、数十万回、数百万回にもなる視聴回数を集めている。ハッシュタグやコメントには「飲み会コール講座」「学イベ」「新歓行くならこれだけは覚えていけ」などの文字が並ぶ。
コロナ禍で「家飲み」が流行していた間に、飲酒を促す「すごろく」付きのカクテルボトルパックもYouTuberを通じて大きくバズった。著名YouTuberの動画では、800万再生、600万再生など「大ヒット」になっているものもある。
「2020年〜2021年にかけて、飲み会に対する強い自粛ムードがありました。この間に蓄積された若者の鬱屈が、動画に反映されているのではないでしょうか」
と、ASK(アルコール薬物問題全国市民協会)の今成知美代表は語る。
報道や大学生協連の調査などからASKが把握した急性アルコール中毒の死者数は、東日本大震災後、自粛ムードが強かった2011年には1人だったが、翌2012年は7人に急増したという。
また、東京都消防庁のデータによると、2020年に急性アルコール中毒で搬送された人(1万1291人)を年代別で分けた時、20代は5263人と突出して多かった。
まん延防止等重点措置が解除された今も「当時と状況がよく似ている」と今成氏はいう。抑制からの解放感から、お酒を飲み過ぎる若者が増えることを懸念している。
YouTubeで紹介されていたすごろく付きリキュールパックについても、動画と同じことをリアルの世界でやれば、お酒は「凶器」になりかねない、と今成氏は警鐘を鳴らす。
「飲まなければゲームが盛り下がる、と飲まざるを得ない空気が作られ、参加者は飲まざるを得なくなる。これはゲームの形を取った飲酒の強要であり、アルコール・ハラスメント(アルハラ)です」(今成氏)
720ミリリットルの焼酎一気飲みで息子は亡くなった
アルハラによって大切な息子を20歳で亡くした村田陽子さん。
撮影:有馬知子
イッキ飲み防止連絡協議会代表の村田陽子さんは2012年3月、都内の私大1年生だった長男、英貴(えいき)さん(当時20歳)をアルハラで失った。
英貴さんは大学のテニスサークルに所属し、1年生の最後に千葉県で開かれた「打ち上げ」合宿に参加。飲み会の翌朝、急性アルコール中毒で救急搬送され死亡した。
「搬送先の病院で、医師の卓上にあった英貴のカルテに真っ赤なハンコで『死亡』の字が押されていたのを、鮮明に覚えています」
と、村田さんは涙をぬぐう。再会した息子は、警察による検視を経て遺体袋に入れられていた。
陽子さんは英貴さんの死後、サークルの友人らを家に呼び当時の状況を聴いた。彼らの話によると、英貴さんは乾杯の時からワンカップの日本酒を2本イッキ飲みさせられ「その時点でもう、吐いていたそうです」(陽子さん)。
その後、先輩たちに720ミリリットルの焼酎ボトルをほぼ1本分、ストレートで飲まされた。最後は会場で倒れ、布団に入れられたが翌朝、唇が真っ青になっている姿を発見された。
大学関係者やサークルの先輩らは陽子さんに「(飲酒の)強制はなかった」「悪いのはサークル」と繰り返し「自分も下級生の時一升瓶を目の前に置かれ『空けろ』と命じられた」「誰もが通る道だった」などと語った。訴訟リスクを恐れてか、最後まで謝罪はなかったという。
陽子さんは言う。
「亡くなった息子の衣類は、吐しゃ物と排せつ物にまみれていました。自宅に来た人たちにあれを見せてやりたかった。息子はこんなひどい姿で死んでいったのだと」
小さな靴は、英貴さんが生まれて初めて履いたファーストシューズを、陽子さんが大事に取っていたもの。
撮影:有馬知子
その上で、若者たちには「とにかく『アルハラなんかで、死んじゃいけない』と伝えたい」と語気を強めた。
「飲ませる方が『ふざけていただけ』と思っていても、無理に飲まされた当人にとってはアルハラです。本来は、飲ませた側をより厳しく処分する仕組みもあっていいと思います」
YouTubeは「個別の動画についてのコメント控える」
こうした「一気飲み」「飲みコール」などの動画について、動画プラットフォーマーではどのような対策を講じているのか。
YouTubeに問い合わせると「飲酒の使用については(YouTubeが規定する)ポリシーに沿って、ガイドライン違反とみなされる動画に関しては削除している」と回答した。削除対応した動画の事例について尋ねると「個別のクリエイターや動画についてのコメントはしていない」とする。
TikTokにも同じく、コール講座などの動画が多数上がっている。広報担当者は、「一気飲み」や「他人への飲酒の強要」など、著しく健康を損なうような行為はコミュニティガイドラインに則って、削除や「おすすめ」フィードに載せないという対応をしていると語った。
2021年第3四半期中には、全動画の約1%にあたる9100万本の動画が規定違反として削除されたという(削除された動画はアルコール関連に限らない)。また、安全チームによる審査が24時間体制で敷かれており、違反となる動画の取り締まりをしているとも述べた。
ただ、なにを「不適切動画」とみなすのかは不明瞭な部分もある。
飲み会参加者が罪に問われるケースも
写真はイメージです。
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近年は、飲み会の参加者が起訴されたり、損害賠償を命じられたりするケースも出てきた。
2017年、近畿大学2年の男性(当時20歳)が居酒屋で一気飲みの末に死亡した事件で、大阪区検はその場にいた学生9人を過失致死罪で略式起訴。9人には大阪簡裁で30万~50万円の罰金刑が言い渡された。
民事訴訟でも、熊本大学医学部1年生の男性(当時20歳)が1999年、部活の合宿で飲酒させられ死亡した事件で、福岡高裁が2016年、上級生たちや部長である教授に安全配慮義務違反があったとして計1300万円あまりの損害賠償を命じる判決が出ている。
ASKの今成氏は遺族らの話を聴く中で、過去に潰された上級生が下級生を酔い潰すことが、グループに所属するための「通過儀礼」となっている構造を指摘する。
「この年代の若者にとって仲間の存在は非常に大きい。飲むことで仲間に認められる、飲まないと場を白けさせるというその場の『空気』にあらがえず、死に至ってしまうのです」
村田陽子さんも「英貴は酒を断ったら『感じが悪い奴だ』などと言われてサークルにいられなくなる、やめるしかなくなると感じていたのではないでしょうか」と話す。
格好悪くても、まずは逃げて
急性アルコール中毒で搬送された人を年代別に見てみると、男女ともに20代が抜きんでて多い。
出典:東京都消防庁
ASKが遺族などに話を聴いたところ、死亡事例を引き起こした団体の中には、居酒屋に入る時に参加者の靴箱のカギや携帯電話、財布などを取り上げてまで酒を飲ませたり、メンバーがトイレまで追いかけてきて飲酒を強要したりするケースもあったという。
「亡くなった学生は『勝手に飲んで勝手に死んだ』わけでは決してない」と、今成氏は強調する。
被害者が倒れているのに、上級生がサークルや部の問題になることを恐れて救急車を呼ぶのをためらううちに、救命が遅れて死に至る事例も多いという。
飲酒運転の若者による死亡事故も後を絶たない。
2021年12月には埼玉県草加市で、大学生が酒を飲んで運転した車が道路標識に衝突、同乗していたアルバイト仲間の女性2人が死亡した。なお、警察庁交通局によると、2021年の飲酒死亡事故140件中37件が20代以下によるもの(ただし無免許件数を除く)だ。
所持品を取り上げるような極端な会ほど、大量の飲酒を強いられるリスクも高い。命あっての物種、何をおいても逃げ出すことが重要だ。
今成代表はこう語る。
「ひどく飲まされるなどの『危ない場面』が始まった時、その場の空気に真正面から反対するのが難しいなら、格好悪くてもまずは逃げることを考えて」
有馬知子:早稲田大学第一文学部卒業。1998年、一般社団法人共同通信社に入社。広島支局、経済部、特別報道室、生活報道部を経て2017年、フリーランスに。ひきこもり、児童虐待、性犯罪被害、働き方改革、SDGsなどを幅広く取材している。