「何だってできるという信念を持って育ちました。父はどんなことでも必ず成し遂げたので、自分にもできないことはないと信じていました」
そう語るのは、イベントを企画・管理するアプリ「IRL」 (編集部注:IRLは「in real life」を意味する) の共同創業者、アブラハム・シャフィ(Abraham Shafi)だ。
シャフィの父親は1980年代にアメリカンドリームを夢見てカイロからサンフランシスコに移住。そこで家族が貧困から抜け出すのを目の当たりにした経験が、シャフィに起業家精神を植えつけ、今もなお彼を鼓舞し続けている。
シャフィがIRLを共同開発したのは2019年のことだ。現在は2000万人を超す月間アクティブユーザーを抱えており、その75%はZ世代だ。今ではTikTokの画面にアプリが組み込まれるほどに会社は成長した。
シャフィはヘンリー・ハチャトゥリアンとともにIRLを創業し、若い世代を惹きつけるイベント企画プラットフォームの構築を目指す。IRLは「in real life」の意だ。
IRLの公式サイトよりキャプチャ。
2021年6月にはソフトバンクグループが主導する1億7000万ドル(約209億円、1ドル=123円換算)のシリーズCラウンドを終え、同社のバリュエーションは11億ドル(約1353億円)に達した。
IRLは現在、対面式イベントを企画したい人に助成金や助言を与える「Together Fund(トゥギャザー・ファンド)」というプログラムも展開している。シャフィによると、この助成金プログラムには500万ドル(約6億1500万円)の予算を割いているという。
「このプログラムがきっかけで、人と人とがまた活発に交流し、パンデミック後の人生を楽しむ役に立てたらいいなと思っています」とシャフィは話す。
イベントを企画する際にはよくFacebookのイベント機能が使われるが、若い世代にとってFacebookは「団塊世代のSNS」だ。そんな次世代を惹きつけようと、シャフィはCEOとして陣頭指揮を執り、若者のニーズに柔軟に応えた。「(IRLは)Facebookを使いたくない世代のためのアプリです」とシャフィは話す。
本稿では、シャフィが会社を成長させるうえで意識した3つのポイントを紹介する。
「使ってみたい」と思わせるモノづくり
TikTokのユーザー名の上に表示されているカラフルなIRLロゴは、IRLアプリが組み込まれていることを示す。
提供:IRL
IRLアプリの開発にあたり、シャフィは社員らを交えてイベント企画アプリに何が求められているのかを議論し、Facebookとは全く異なるものをつくることに決めた。また、Airbnbが賃貸物件、Uberが自動車に絡んでトラブルを引き起こしたことを踏まえ、運営面でユーザーとの摩擦を起こさないような仕組みを模索した。
マーケティング戦略には外部のコンサルタントを雇わず、社内のマーケティング部門を強化することで、効果的な宣伝が行えているとシャフィは言う。
「企業が世の中に伝えたいメッセージを、アウトソーシングされた第三者が発信できるとは思いません。消費者は賢いので、安易にメッセージを作り込むことはできないんです」とシャフィは話す。
アプリには流行り廃りがあるが、コミュニケーション・プラットフォームをつくれば長期間にわたって価値あるものになるとシャフィは見ている。
IRLアプリはInstagramのように見栄えがよくデザインされており、ユーザーが複数の人にメッセージを送ったり、目的別グループに参加したり、共有するカレンダーでイベントを企画できたりと、使い勝手もよい。イベントを計画していなくても、滞在したくなるようなオンラインの場がつくられているとシャフィは胸を張る。
変化にいち早く対応する
シャフィによると、テック企業を経営する上で重要なことは、新たな情報をいち早く入手し、データを集め、新たに直面する状況に対処することだ。
また、常に自分が正しいという考えを捨てることも大切だ。「100%正しい人はいない。みんな何%かは間違っているのです」とシャフィは話す。
シャフィは2009年にカリフォルニア大学バークレー校を中退。採用・管理システム会社を創業したが、2014年に技術系転職サイト、ダイス(Dice)に売却した。
提供:IRL
シャフィは社員らとともに、コロナ禍を契機に消費者のニーズがどう変化するのかを予測した。その上で、オンラインイベントの企画にも対応できるよう速やかにアプリの仕様を変更し、バーチャルイベントやオンラインコミュニティの構築に注力するようになった。現在では、バーチャルイベントと対面式イベントの規模を同時に拡大し、市場での需要をさらに取り込んでいる。
コロナ禍で「危機がチャンスになった」という2021年、従業員は15人から75人に増えた。シャフィは「問題を解決しようとする時、創業して間もない会社に経営理論を厳格に適用するのではなく、メンタルモデル(人が持つ何かしらの物事や人に対して持っているモデル)を考え、理解することが重要です」と話す。
CEOは支援型リーダーシップを発揮すべき
うまくいく会社経営の秘訣は、会社の理念に共感する人を雇い、イノベーションと成長を促す企業文化を醸成することだとシャフィは言う。
シャフィは、できるだけ多くの社員と関わるために社員一人ひとりと面談をしたり、社員がアイデアを出すことを後押ししたりしている。
「社員が恐れることなく自ら決断できる環境を整えることは、私にとってとても重要なことです。会社が逆境を乗り越えるだけでなく、新たな試練に立ち向かうたびに強くなれますから」とシャフィは話す。
また、シャフィは心と身体の健康は密接に関係していると考え、まるでアスリートのように鍛錬する。経営者への助言を専門とするエグゼクティブコーチと相談しつつ、毎日体を動かすなど運動は欠かさず行っている。
シャフィは有色人種のCEOとして、ユニコーン企業をどう率いていくべきかを常々考えている。テック業界で起業した理由も、「社会的な縛りがほとんどなく、ほぼ実力主義の世界だから」と明かす。
経営には規律も必要だとシャフィは言う。「規律があるからこそ自由が生まれる」と考えているからだ。取材の最後に、「私の意見を聞いてもらえるなんて、素晴らしいものをつくった証しですね」と締めくくった。
(翻訳・西村敦子、編集・常盤亜由子)