作成:Business Insider Japan
ヨーロッパ、特に北欧は環境や人権などへの意識が高いことでも知られている。H&Mヘネス・アンド・マウリッツ・ジャパン(以下、H&M)はその北欧・スウェーデン発の企業だ。ファストファッション=大量生産・大量廃棄のイメージが付きまとうが、実はサステナビリティへの取り組みは先進的だ。
「進む、脱プラスチック」特集で取り上げるH&Mの取り組みは、良品計画(無印良品)ともファーストリテイリング(ユニクロ)とも違う。
日本法人であるH&Mジャパンは、プラ新法の施行に合わせたアクションについて次のようにコメントしている。
「弊社では、バリューチェーン全体で循環型アプローチを行っています。
プラ新法に関わるところですと、2025年までに自社製品のポリエステルは全てリサイクル由来となり、また同年までに自社製品全ての包装・パッケージをリユース、リサイクル、または堆肥可能なものにします。
さらに自社内発生の包装・パッケージ廃棄物も全てリユースまたはリサイクルするという目標を掲げ取り組んでいます。
日本では2018年12月にショッピングバッグの紙製化および有料化を開始し、導入前と比較してその使用量を63%削減。オンラインストアでも2021年10月より、外袋をプラスチックから紙製に切り替えています」
後述する池袋店での展示の変化は、そうした日本独自の状況も念頭にある。
H&Mがビジネスコンセプトに掲げるのは、「ファッションとクオリティを最良の価格でサステナブルに提供する」こと。テクノロジーを活用しながらイノベーションを起こし、H&Mグループが有するスケール(世界で5000店舗を展開し、年間2兆円以上を売り上げる)による影響力を生かしながら、公正・平等で循環型、かつクライメート・ポジティブ※なファッションへと導くリーダー企業であることを目指している。
※クライメート・ポジティブ:二酸化炭素の排出量よりも、吸収量・除去量が上回ること。カーボンニュートラルより、さらに高い目標といえる。
「2030年に再生可能素材100%を目指す」と2017年に宣言
その言葉通り、H&Mグループはファッション業界でいち早く、2017年の時点で「2030年に再生可能素材100%を目指す」「2040年までにクライメートポジティブを達成する」と宣言した。
人々の健康に配慮し、地球環境に負荷が少ないもの、リサイクル可能な原料、またはサステナブルに調達された原料のみで全商品を作れるようにするというものだ。
当時サステナビリティ担当責任者だったヘレナ・ヘルマーソン氏は2020年、創業家のカール・ヨハン・パーション氏(現会長)の後任としてCEO(最高経営責任者)に就任。この人事は、サステナビリティを強力に推進することを象徴する出来事でもあった。
現在はH&MグループCEOを務める、ヘレナ・ヘルマーソン氏。
REUTERS/Anna Ringstrom
ヘルマーソン氏は2017年に来日している。筆者のインタビュー時には、「サステナビリティ(持続可能性)をビジネスの根幹に置く」「業界のリーディングカンパニーとして、2030年には100%サステナブルな素材とすることを目標にする」「循環型サイクルの構築と、天然素材の取り扱いを強化する」と語った。
バリューチェーンにある約900のサプライヤー、1800の工場(2017年当時)を含めて、地球への負荷をゼロにする「クライメート・ニュートラル」を推進してきたが、さらに踏み込み「2040年には、バリューチェーン全体を通じて、地球への負荷を上回る、プラスの効果を生み出すことを目指している」と強い意志を示した。
コンシャス・コレクションから始まった脱プラ
H&Mの脱炭素、脱プラスチック関連の商品はグローバル企業の中でも有数の多種多様ぶりだ。その端緒となったのが、2010年に発表した「Conscious Collection(コンシャス・コレクション) 」だった。
2012年から、ラグジュアリーなイメージの「Conscious Exclusive(コンシャス・エクスクルーシブ)」コレクションをスタート。パーティやレッドカーペットでも着用できるようなデザイン性とサステナビリティを共存させ、「サステナブルな商品でもここまでファッショナブルにできることを示した」(ヘルマーソン氏)。
2017年には、海洋に投棄されたプラスチックのゴミを原料とする再生ポリエステル「バイオニック(BIONIC)」を採用。ペットボトル89本分を使ったドレスは「美しさとクリエイティビティを兼ね備えている」と自信を見せた。ハイテク素材に加え、テンセルやオーガニックシルク、オーガニックリネンなどのサステナブルに調達された天然素材を使用したドレスやジャケット、アクセサリーなども商品化した。
サステナブルで革新的な技術や素材に焦点を当てた「イノベーション・ストーリーズ」
H&Mが展開するイノベーション・ストーリーズの1つ、カラーストーリー。写真は2021年の発表時の内容。
撮影:Business Insider Japan
2021年からスタートしたのは、よりサステナブルで革新的な技術や素材、デザインに焦点を当てることを目的としたカプセルコレクション「Innovation Stories(イノベーション・ストーリーズ)」だ。
第1弾「Science Story(サイエンス・ストーリー)」では、最先端のサステナブル素材を使用。サボテンや、ヒマシ油(トウゴマ)など植物由来の素材を用いた商品や、漁網やその他の廃棄ナイロンから100%再生されたナイロン繊維「ECONYL(エコニール)」、プラスチックや食物、コットンなどの廃棄ゴミを使用した商品など25型を2021年3月に発売した。
特にヒマシ油由来のバイオベース糸「EVO by Fulgar」は、軽量でストレッチ性、速乾性が高い機能性素材で、水を大量に必要とせず食用の農耕地も必要としない再生可能な資源として注目されている。
この他に、搾油用の麻種子の残りカスから作られた「Agraloop Hemp BioFibre(アグラループ・ヘンプ・バイオファイバー)」も期待の素材として登場している。Agraloopでは搾油用亜麻、CBDヘンプ、バナナ、パイナップルなどさまざまな食物や薬用作物の廃棄物をBioFibreという織物繊維に変える技術のこと。後述する「グローバル・チェンジ・アワード2018」で1位を受賞したものだ。
廃棄コットンを使い、複数回リサイクルができる再生コットン「Texloop Rcot(テクスループ・アールコット)」や、木製繊維60%、プラスチックごみ40%を混紡したセルロース繊維「Eastman Naia Renew(イーストマン・ナイア・レニュー)」も登場している。
2021年11月登場の第3弾では、動物の倫理的な扱いを求める愛護団体PETAと提携し、動物由来の素材を一切使用しない、初のヴィーガンコレクションを発売した。
2021年12月に発売した第4弾では、サーキュラー・エコノミー(循環型経済)を目指し、2040年までにクライメート・ポジティブになる目標を達成するために開発したデザインツール「サーキュレーター」を活用している。これは、衣服の制作プロセスで、予想される耐用年数や再繊維化しやすい素材や仕様を選択しやすいように、サーキュラー・デザインをサポートするものだ。
「衣服の寿命を延ばすことに対する新しい考え方を開拓する」というH&Mの最新のステップであり、2025年までに全ての製品をこのツールでデザインすることを目標としている。
非営利財団H&Mファウンデーションで「革新的素材」の開発促進
もう1つ、新素材開発ではH&Mの創業一族のステファン・パーション氏が設立した非営利財団H&Mファウンデーションの存在も大きい。
“常識にとらわれない先進的なアイデアを奨励し、循環型社会に向けた具体的な解決策を提示するファッションの開発を支援する国際賞”として、毎年「Global Change Award(グローバル・チェンジ・アワード)」を開催している。
同アワードは、アクセンチュアとスウェーデン王立工科大学(KTH)の協力を得て2015年にスタートしたもので、環境に負荷の少ない革新的なアイデアを通じて地球の天然資源を保護し、循環型ファッションを目指してきた。受賞者には100万ユーロ(約1億3500万円相当)の助成金を配分し、実用化に向けた支援も受けられる。受賞作品に対して特許を取得して技術を囲い込むことをせず、オープンソースで活用することで、業界全体がクライメート・ポジティブに進むことを促進するという考え方を持っている。
実際この中から、脱プラスチックにつながるバイオマテリアルなども登場している。受賞技術のなかでは、例えば、これまで捨てられていたオレンジの皮を利用したオレンジファイバーや、ブドウの廃棄物からできたヴィーガンレザー「VEGEA」などが産業化されている。
H&MファウンデーションとHKRITAの共同研究で綿ポリ混紡生地の分離再生を可能に。2017年撮影。
撮影:松下久美
またH&Mファウンデーションは、HKRITA(香港繊維アパレル研究開発センター)に4年間で580万ユーロ(約7億8000万円)の資金を提供し、これまで難しかったコットンとポリエステルの混紡布地の分離・リサイクル技術を開発した。
熱水処理と、生分解グリーンケミカル(レモン汁)を使用してコットンを溶かし、ポリエステルを抽出。ペレット化し、新たに再生糸として服に使用する。液体に溶けたコットンは乾燥させてセルロース粉末化し、ビスコース繊維※に再生して再び服を作ることを可能にした。
※ビスコース繊維とは:自然由来で持続可能な再生繊維「セルロース」から作られた素材で、光沢感やなめらかな質感が特徴
このリサイクル技術はリサイクルの工程で劣化しにくいため、環境に負荷のかかる溶剤などを使用せず水とグリーンケミカルと熱を使用している点などが評価され、ジュネーブ国際発明賞の金賞も受賞している。
ちなみにH&Mファウンデーションの財源は、創業家の資金に加えH&Mが回収した古着から発生する余剰金を活用している。
デザイナーズコラボでも進む「脱プラ」
毎年実施しているデザイナーズコラボでも脱プラスチックは推進中だ。
東京オリンピックが開かれた2021年には日本人デザイナーの古田泰子氏が手がける「TOGA」と協業。サステナブルな素材を提示し、その中からブランドのアーカイブを再現するアプローチを行った。
2022年3月31日に発売した、ファッショニスタのアイリス・アプフェル生誕100周年を記念したコラボコレクションでは、(声高にはうたっていないが)100%リサイクルポリエステルや100%リサイクルナイロン、100%リサイクル真鍮など、37アイテム全てをリサイクル素材を中心としたサステナブル素材で構成している。
ファッショニスタとして世界的に有名なアイリス・アプフェルさん。
REUTERS/Stephen Yang
H&Mとアイリス・アプフェルとのコラボも再生ポリや再生ナイロンを中心に、全てサステナブル素材になっている。
撮影:松下久美
他にも、プラスチックごみを活用したキッズコレクション「bottle2fashion(ボトル・トゥ・ファッション)」プロジェクトをダノンアクアと共同で展開している。インドネシアの島々のペットボトルのゴミをリサイクルポリエステルに生まれ変わらせるもので、インドネシア政府の海洋汚染対策を支援し、リサイクル素材を使用することで環境への影響を削減。
2020年には年間350万本、2021年には750万本以上のペットボトルを回収・リサイクルしている。
これらにより、サステナブルな素材を使用した商品の割合は、2017年に26%だったものが2021年には64%に上昇し、2030年の目標である100%に近付いている。主要素材ではコットンは2020年に全量をオーガニックコットン、リサイクルコットン、BCI(ベターコットンイニシアチブ)を通じて調達したコットンに切り替え済みだ。
サステナブルに調達された素材が50%以上使われている商品にはこのようなタグをつけて訴求している。
出典:H&M
製品に50%以上リサイクルまたはサステナブルに調達された素材を使⽤している商品には、素材の内訳と割合を記載した「コンシャス・グリーンタグ」を付けて訴求している。
国内一部店舗でもアップサイクル素材を什器に活用
3月1日には、「“循環型ファッション” を店舗づくりで表現する新店舗」として、日本で117店舗目となる池袋店(売り場面積約1000平方メートル)をJR池袋駅東口徒歩1分の好立地にオープンした。
H&M池袋店では、不良品の服からつくる素材「PANECO」を使った什器を使用。一部のハンガーなどもPANECO素材になっている。
撮影:松下久美
メイン什器には、H&Mジャパンで発⽣してしまった不良品の⾐類をアップサイクルした循環型繊維リサイクルボード「PANECO(パネコ)」を使⽤。欧州でもH&Mの衣類を使ったリサイクルボードによる什器を実験的に導入したことがある。その際には繊維含有率が70%程度だったものが、日本のスタートアップが手がける「PANECO(パネコ)」では、繊維含有率が90%を超えている。
木質繊維板と同等の強度と、使用後に再び新しい「PANECO(パネコ)」として再生できるため、廃棄することなく循環させることが可能になっている。
ちなみに、前述したイノベーション・ストーリーズの第5弾が5月12日に発売される。注目素材の一つがAIRCARBON(エアカーボン)だ。空気と温室効果ガスから作られた、生分解性のあるプラスチックで、米国のNEWLIGHT社が10年以上かけて開発したものだ。
「海洋プラスチックごみの問題にアプローチした素材はこれまでも起用したことがあるが、温室効果ガスの排出量よりも吸収量の方が多い、いわゆるカーボン・ネガティブ素材をH&Mで使用するのは初めて」だとH&Mジャパン広報は語っている。
無印良品(良品計画)、ユニクロ(ファーストリテイリング)、H&Mはこのように三者三様のアプローチだ。とはいえ、国内外のアパレル業界を代表する大手は、循環型社会を実現するという志は同じように見える。キーワードは「サステナビリティの民主化」だと筆者は考える。
サステナビリティや脱プラスチックは産業構造を変え、協業しながら効率的に取り組み、スピード感をもって効果を最大限に発揮することが求められている。大手3社が手を組むようなことがあれば青天のへきれきであるが、技術や素材、サプライチェーンなどでアパレルの循環型プラットフォーマーの役割を果たしてもらいたいと願うばかりだ。
(文・松下久美)
松下久美:ファッションビジネス・ジャーナリスト、クミコム代表。「日本繊維新聞」の小売り・流通記者、「WWDジャパン」の編集記者、デスク、シニアエディターとして、20年以上ファッション企業の経営や戦略などを取材・執筆。2017年に独立。著書に『ユニクロ進化論』。