Philippe Wojazer/Reuters
中国通信機器大手ファーウェイが4月1日、創業者・任正非(レン・ジョンフェイ)CEOの長女で、3年弱にわたってカナダで拘束されていた孟晩舟(メン・ワンジョウ)副会長兼最高財務責任者(CFO)を、日々の経営の指揮を執る「輪番会長」に据える人事を公表した。
メガIT企業は産業の歴史が浅く、第一世代の創業者でも孫正義氏(64)、ジャック・マー氏(57)、ジェフ・ベゾス氏(58)など50~60代が多いが、任CEOは77歳と高齢なため10年以上前から後継者問題が取りざたされている。
米司法当局に起訴されながら無事帰国し、“英雄”となった孟氏の輪番会長就任は世襲の布石ととらえることもできるが、任CEOは家族を後継者にすることに否定的発言を繰り返してきたこともあり、今回の人事を巡りさまざまな解釈がなされている。
決算発表に4年ぶり出席
孟副会長は3月28日の決算発表に姿を現した。
Reuters
幹部人事の公表に先立つ3月28日、ファーウェイは2021年通期決算を発表した。売上高は前年比28.6%減の6368億元(約12兆3000億円、1元=19.3円換算)、純利益は同75.9%増の1137億元(約2兆2000億円)だった。米政府の輸出規制によって半導体調達を封鎖され、スマートフォン生産が難しくなっているのが大幅減収の要因だが、スマホのサブブランド「Honor」の売却益574億元(約1兆1000億円)を計上したため過去最高益となった。
規制によってファーウェイのスマホ事業が縮小するのは2020年末から予想されていたことで、数字そのものにサプライズはなかった。決算発表会での関心は、トランプ前政権時代の2018年12月にカナダで逮捕され、米中貿易戦争の象徴となった孟氏に集まった。
銀行を欺いた詐欺罪で起訴され、アメリカへの引き渡し審理が続いていた孟氏は、判決直前の2021年9月に司法取引によって釈放され、帰国。同氏を乗せたチャーター機が深センの空港に降り立つ様子は深夜にもかかわらず生中継された。決算会見は孟氏が釈放後初めて国内外のメディアの前に姿を現す場になった。
4年ぶりに決算発表に出席した孟氏はCFOとしてファーウェイの業績や財務状況を説明し、拘束中や帰国後の生活について質問を受けた。ファーウェイの経営については、「不確実性に対処する力が強くなった」などと前向きな見解を示した同氏だが、自身のことは「帰国してからは中国の変化に追いつくために勉強を続けている」と多くを語らなかった。
独特の分業経営制度「輪番会長」
電撃的な逮捕で世界中に知られるようになった孟氏は1972年、任CEOと最初の妻の間に生まれた。深センの大学を卒業後、創業7年目のファーウェイに入社して事務職のような仕事をしていたが、いったん退職し、武漢の名門である華中理工大学(現・華中科技大学)大学院で会計学を専攻。1997年にファーウェイに戻った。
復職後の孟氏は財務のスペシャリストとして香港子会社のCFOや国際会計部トップなどを歴任し、2011年にCFOに就任した。同氏は高校生のときに両親が離婚し姓を母方の「孟」に改めたため、社内でも任CEOの長女と知る人は少なく、CFO昇格で親子関係が内外に明らかになった。
左から、会長と3人の輪番会長。輪番会長の顔ぶれが11年ぶりに変わった。
ファーウェイ公式サイトより
孟氏がCFOに就いた2011年、ファーウェイは大がかりな組織改革を行った。3人の幹部が半年交代でCEOを担当する独自の統治システム「輪番CEO」制度もこの時導入された。
株式の大半を社員が保有する非上場企業のファーウェイは秘密主義で知られ、任CEOがメディアの取材に応じることもほぼなかった。しかしスマホなど消費者向けの事業への進出やグローバル展開が進むと閉鎖的な態度が批判されるようになり、70歳を過ぎていた任CEOの後継問題も取りざたされるようになった。輪番CEO制度は、権力が集中しながら表に出るのを嫌う任CEOから複数の幹部に権限を分散させる体制への移行であり、ふさわしい後継者が育っていない表れでもあった。
2018年の副会長昇格で注目
ファーウェイと孟氏にとって、2011年に続く大きな節目となったのは2018年だ。20年以上ファーウェイ会長の職にあり、海外でも敏腕女性経営者として知られていた孫亜芳氏が退任し、梁華氏が後任に就いた。また、輪番CEOの名称が「輪番会長」に変わり、3人の輪番会長と孟氏の計4人が副会長に昇格した。
ファーウェイの序列は独特なので分かりにくいが、同社の真のトップはもちろんCEOの任正非氏であり、その下に梁華会長、さらにその下に4人の副会長が並ぶ体制になった。
この人事によって、孟氏への注目は大きく高まった。というのもファーウェイには任CEOの長男で、孟氏の弟である任平氏も在籍しており、それまでは任平氏の方が後継候補と見られていたからだ。しかし孟氏が副会長に昇格した一方で任平氏はファーウェイ傘下企業の幹部にとどまり、任平氏後継論はしぼんだ。
世代交代か世襲への布石か
77歳の任CEO(右)は後継者について、世襲を否定してきた。
Reuters
ファーウェイの輪番会長は制度が導入された2011年以降、郭平、胡厚崑、徐直軍の3氏が回してきた。今回、孟氏が加わり郭平氏が監査委員会のトップに転出することで、初めて顔ぶれが変わる。
その意図について、ファーウェイは詳細に説明していない。
ただ55歳の郭平氏は3人の中で最も年齢が高く、今年50歳になる孟氏と入れ替わるのは自然な世代交代とも言える。ファーウェイは徹底した成果主義で知られるが、経営層の多くは1980~90年代前半に入社した古参社員で年功序列色が強い。梁会長は1964年生まれ、(3月までの)輪番会長3人は1960年代後半生まれ(1年ずつ違う)だ。孟氏は副会長昇格から9カ月後にカナダで拘束されており、それがなければ輪番会長就任の人事はもっと早く実行されていたかもしれない。
もちろん、孟氏が創業者の長女である以上、輪番会長という会社の顔になることが「後継指名への布石」との見方も否定できない。
ファーウェイが一ベンチャー企業だった頃から並々ならぬ熱意で博士学位を持つエンジニアを採用してきた任CEOは、「技術のことが分からない人材に経営は任せられない」「私の家族には技術畑がいない」「ファーウェイをオーナー企業にするつもりはない」と、世襲を繰り返し否定しており、孟氏についても後継者にしない意思を明確にしていた。
とは言え3年近くに及ぶ拘束を乗り切った孟氏に経営者としての胆力を感じる国民は多く、彼女は父親に匹敵する知名度とストーリーを手にした。今のファーウェイは技術に精通した幹部を多く抱えており、足りないのは「看板」になるリーダーとも言える。
順番通りならば、孟氏の輪番会長としての任期は2023年4月1日に始まる。そのタイミングでスマホの次の成長事業に目鼻が付き、攻勢に転じるのが、ファーウェイが描く青写真なのかもしれない。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。