週休3日制を導入したスタートアップのBolt。従業員たちにはどんな変化が起きたのだろうか?
Doug Chayka for Insider
金曜日。仕事に勤しむアメリカ人の多くは、週末を今か今かと待っていることだろう。だが、サンフランシスコに本社を置くテック系スタートアップ企業のBolt(ボルト)では、金曜日は従業員約700人のほぼ全員が休日だ。
寝坊する人もいれば、ヨガ教室に通ったり、子どもと過ごしたり、土日は予約でいっぱいのレストランでミモザに舌鼓を打ったりする人もいることだろう。Boltの従業員は、アメリカではほぼ前例のない週4日勤務に恵まれているからこそ、これだけのことができるのだ。
コロナ禍によって企業は従業員の働き方を大きく変えた。物理的なオフィスをなくすか、少なくとも毎日の出社を求めなくなった。会議日を限定したり、メンタルヘルス休暇を設けたり、遠距離勤務を認めたりもした。
しかし、空前の売り手市場のなかで人材確保するためにあれこれ手を尽くしている企業が、アメリカ100年の伝統である週40時間制に手をつけることには抵抗感を示している。コロナ禍でも、月曜日から金曜日までの労働時間は相変わらずだ。
だからこそ、2021年夏にBoltが全面的に週4日勤務導入を打ち出したと聞いたとき、筆者は興味を引かれた。
週32時間労働というめずらしい制度を導入したBoltは、決して小さな会社ではない。従業員数は数百人規模、Forever 21やLucky Brandなどの顧客にレジソフトを提供しており、バリュエーションは110億ドル(約1兆4000億円、1ドル=127円換算)にのぼる。
過当競争の業界で投資家の要求に晒されるシリコンバレーの大手新興企業が、果たして労働時間の短縮を実現できるのだろうか。もし実現できるなら、それは他の人々にとってどんな意味を持つのだろうか。
そうした疑問に答えを見出すべく、筆者はこの数カ月間、Boltの従業員に取材を重ねた。現場の従業員からこの新制度導入を担当した責任者まで、肩書はエンジニア、法務、人事、カスタマーサポートなど多岐にわたる。
Boltを取材したことで、週休3日制が今後さまざまな職に広がり、1940年にアメリカに週40時間労働制が導入されて以来の大変革をもたらす可能性があると、前向きに考えるようになった。だがその実現のためには、想像以上に多くの見直しも必要になりそうだ。
現代人の生活に、週5日勤務ほど普遍的な影響を与えたものはないだろう。働く時間だけではない。朝食の時間、着替える時間、学校の開校時間や交通の流れ。レストランや店舗や映画館の営業時間、果てはいつ誰と会うのかまで、私たちの生活習慣は週5日制によって決定づけられている。週5日制は、私たちの働き方を型にはめるだけでなく、自由を制限するものでもあるのだ。
コロナ禍になり、在宅勤務を経験した多くの人が自分の時間を自由に決められるようになった。しかし、学校をサボることと大雪で休校になることが同じではないように、金曜日に休みを取ったり月曜日にメンタルヘルス休暇を取ったりすることと、週4日勤務の下で働くことは同じではない。自分は仕事をサボって用事を済ませているかもしれないが、上司はそんなことはしていないだろう。
本当の意味で週4日勤務に移行するには、自分だけでなく大勢が足並みを揃える必要があるのだ。
始まりは3カ月限定の実験
Boltで週4日勤務を始めたきっかけは、従業員の燃え尽き症候群だった。2021年の夏は資金調達と企業買収の準備で、従業員は疲れ切っていた。人事部にはアンケートなどを通して、深夜残業や休日出勤が続いているとの声が寄せられていた。
折しも、企業の間では従業員の労働時間を減らそうという機運が高まっていたこともあり、Boltは同年8月、「ウェルネス・デイ」と呼ばれる全社的な休業を数回実施した。
事態が深刻になると、創業者で当時CEOだったライアン・ブレスロウ(27)は、さらに踏み込んだことを行った。3カ月間限定で週4日勤務を導入し、様子を見ることにしたのだ。
グーグルくらい大規模で成熟した企業ならおそらく、競合他社が試行錯誤するのを待ちながら、1年かけて死ぬほど検討したであろう類の施策だ。しかし人事オタクであるブレスロウは、誰もがおかしいと思うような職場のあり方をいじくり回すのが大好きだった。
ブレスロウには毀誉褒貶のきらいもあるが、先見の明も持ち合わせていることは確かだ。コロナ禍では会社を完全にリモート化し、サンフランシスコの従業員がミルウォーキーに移住したとしても給料が下がらないように、北米全域の給料を均等にした。そんなブレスロウにとって、週4日勤務は次のフェーズに進むための理にかなった意思決定だったのだ。
ブレスロウがSlackで全社員宛てに3カ月間の実験を行うと発表すると、従業員の多くは歓喜した。エンジニアのセラ・ヤン(23)は、その発表を聞いて「超興奮した」という。入社間もなかったプログラム・マネジャーのマット・グリーンウォルド(26)は何かの冗談かと思ったという。メディアにも注目され、Fast Company、CNBC、Forbes、Bloombergなどに取り上げられた。
エンジニアのヤンは、金曜日は洗濯をしたりマラソンの練習をしたりと一人で過ごすことが多い。
Jason Henry for Insider
だが一方で、経営陣の間には懐疑的な意見もあった。Boltのサポート担当ディレクターであるキンシー・クラークはこう振り返る。
「真っ先に心配したのは、自分の部門への影響でした。僕たちは週5日勤務の世界の住人ですから。お客様と接し、スケジュールを立て、サポートしなければならない時間帯があるんです」
エンジニアのシニアマネジャーであるウスマン・イスマイルは、この方針には反対だったという。
「私の毎日は会議でほぼびっしりです。それなのに今まで以上に短い1週間に会議を詰め込んだらどうなってしまうのかと本当に悩みました。妻も子どもも休めないので、平日はストレスのたまる長い4日間になって、金曜日は空っぽの一日になるんじゃないかと思ったんです」
従業員たちの試行錯誤が始まる
この施策には相当な代償が伴った。
ブレスロウは、全員の勤務時間を20%短縮しても同じ量の仕事をこなすことを求めていた。業績目標も変わらず、事業も野心的なままだった。みんなで非効率な部分を絞り出せばうまくいくだろうというのがブレスロウの読みだった。
最初に絞られたのは会議だ。管理職は各自の部門の定例会議を見直し、本当に必要な会議なのかどうかを検討した。中止したものもあれば、開催頻度を下げたり、所要時間を短縮したものもあった。参加する会議も厳格に見直し、不要と判断した会議には今後出ないよう従業員に指示した。
エンジニアのナマン・カプール(23)は、最初の何回かは会議を断ることに神経をとがらせていた。同僚たちの機嫌を損ねないように、断ったカレンダーの招待には必ず理由を書いたメモを添えていた。
「でも、別にそれで恨まれることはないと分かってからは、これでいいんだと思えました。断っても友達は友達のままだし、同僚も僕を好きでいてくれる。その心の壁がなくなると、やりたくないことにはNoと言えるようになったんです」
金曜日が休みになったことで、従業員たちは4日間で仕事を終わらせるためにできるかぎりのことをするようになった。先延ばしにすることが減り、仕事に集中できる方法を模索するようになった。
また、1週間の勤務時間が短くなればすべての仕事には手が回りきらない。そこで仕事の優先順位をつける必要が出てくる。エンジニアのアヤベ・サトコ(25)はこう語る。
「週5日勤務だったらまず小さなタスクから手をつけていたかもしれませんが、今は、これは重要度が低いから今はやらない、と考えるようになりました」
「顧客が休まなければ僕たちも休めない」
この業務改革は、強力な効果を発揮した。時間配分をどうにかうまくやりくりできるようになったのだ。
Boltで話を聞く限り、5日間働いていたときより月〜木曜日の4日間が長く感じるという人はいなかった。1日が慌ただしくなったという従業員も少数いたが、以前と比べて急かされることはないと感じている従業員が大半だった。
例外はクラークが担当するカスタマーサポート部門だ。週4日勤務へ移行するにあたり、他の部門よりも綿密に計画を立て、追加コストも必要とした。というのも、クラークの部門はシフト制で、Boltのソフトウェアを利用する販売店や買い物客からの問い合わせを営業時間内に受けられるようにしているからだ。顧客が金曜日に休まないなら、カスタマーサポートも休むわけにはいかない。
クラークはまず、部門を2つに分けてみることにした。一方は他の従業員と同じ金曜休み、もう一方は月曜休みだ。だがこれでも、新方針を実現するには人員を2割程度増やす必要があった。クラークはこう振り返る。
「優先順位をつけるといっても、できることは限られています。あの2人は必要ないかも、なんてわけにはいきません。そんな贅沢は言ってられませんから。2割足りない分をそれ以上の人数で埋め合わせるしかありません」
クラークの状況を理解した経営陣は、クラークがもともと2022年末に予定していた採用を、2021年の秋口に前倒しすることを認めた。また、2022年は月曜日から金曜日までカスタマーサポート部門にフルで人員を配置する必要があることを考慮し、新しい予算が割り振られた。Boltは、従業員数を増やしてでも週4日勤務を実現する覚悟だった。
サポート・ディレクターのキンシー・クラークは、金曜日に何時間か休日出勤をし、残りの時間を家族との時間に充てている。
Jason Henry for Insider
2021年末、Boltでは週5日制に戻すか週4日制を恒久化するかを決めるべく、経営陣が施策の振り返りを行った。
意思決定にあたってのポイントは2つあった。第一に、週4日制は従業員を幸せにしたということ。全従業員の84%が「ワークライフバランスが向上した」「生産性が向上した」と回答した。当初は懐疑的だった管理職も、93%がこの施策の継続に賛成した。短時間勤務によって睡眠不足が改善し、疲労軽減につながり、ストレスが減ることが多くの研究でも示されている通り、Boltの従業員満足度も高まった。
そして第二のポイントは、その幸せは事業を犠牲にするものではなかったということ。管理職の約86%が、週4日制のもとでチームが目標を達成していると回答し、88%が顧客・関係者に対するサービス水準や生産性を保てていると回答した。
人事担当副社長のアダム・マクベイン(Adam McBain)は、「ビジネス的に考えても、この施策を継続しない理由はありませんでした」と語る。Boltは2022年1月、週4日制を今後も継続することを従業員に告げた。
※後編へつづく
(編集・常盤亜由子)
[原文:If you want a four-day workweek, here's the proof you need to convince your boss it's a smart move]