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管理職不足が招いたA社の悲劇
今回は、私の友人がかつて在籍していたA社で起こった“悲劇”からご紹介したいと思います。
ベンチャー企業であるA社は、上場の準備段階にありました。上場の審査に耐えうる組織体制を整えなければならないのですが、ここで最大のボトルネックになったのが「中間管理職不足」でした。
人もカネも足りないという“ないない尽くし”だった創業期の名残で、A社ではこれまで、1人の管理職が複数の部署の責任者を兼務するケースが常態化していました。積極的に採用活動をして人員を増やしたおかげで組織は急拡大中ですが、それに比して管理職の数は増えていません。
しかし、さすがにこのままでは上場審査に支障が出てしまいます。中間管理職の確保は急務。背に腹は代えられないと、数合わせのためにマネジメントスキルがない複数のメンバーを昇格させる人事を行いました。
しかし、結果は惨憺たるものでした。マネジメントスキルを習得していない人がマネジメントをするのは、外科としてのスキルがない医者が外科手術をするようなもの。あちこちの部署でメンバーが混乱、疲弊しただけでなく、納得のいかない人事に離反者が出たり、ギスギスした職場に嫌気が差して離職する人も出る始末。当然ながら業績は伸びず、上場も延期になってしまいました。
A社の例は、急拡大中の組織で起こりがちな“あるある”です。みなさんの周りでも、これほど極端な事例でなくても、似た話を聞いたことがあるのではないでしょうか。
「中間管理職が必要なら、マネジメント経験のある即戦力を採用すればいいじゃないか」——そう考える企業も少なくありません。しかしそれは机上の空論です。
そもそも、そのような人材は転職市場には多く存在しません。加えて、一口に中間管理職といっても、求められるマネジメントの仕方や役割は会社によって異なります。他社で中間管理職を経験した人が別の会社に移って、即戦力として活躍できる確率は、みなさんが思っているほど高くはないのです。
ではどうしたらよいのか。今回はこの課題を解決するのに有効な考え方をご紹介していきます。
ひとたび知れば「なんだそんなこと」と拍子抜けするほどシンプルでとても役立つ優れモノなのに、なぜかほとんどの人が気づいていない、まさに“コロンブスの卵”のような考え方です。みなさんもぜひ、ご自身の組織を頭に思い描きながら読み進めてください。
3年で400人増員しても組織が破綻しなかった秘訣
私はかつてリクルート子会社の社長をしていた経験があります。
従業員は当初150名でしたが、3年間で550名にまで増員しました。採用した400名の中には、上場企業の役員や事業部長などさまざまな役職経験者も多数いましたが、「管理職」という肩書で採用したのはただの一人もいませんでした(もちろん、その方々の役割に合わせた処遇は提示しました)。管理職経験者を肩書なしで採用したのは、上述のように、会社によって管理職として求めることが違うからです。
入社後、マネジメントスキルがあることを確認した後で、その実力にふさわしい管理職や役員のタイトルとして任用したおかげもあり、組織は混乱することなく順調に成長し、かつ当時の離職率は1ケタ台前半でした。この子会社はエンジニア中心の組織だったのです。そう考えるとこの離職率の数字、かなり少ないと思いませんか?
ではどうやってこの急成長を実現したのかというと、その秘密は「組織図」にあります。でもただの組織図ではありません。「未来の組織図」を活用していたのです。
あなたの会社にも組織図がありますよね。「未来の組織図」とはその名のとおり、その組織図の未来版のこと。3カ月後、6カ月後、9カ月後、1年後など、近未来にこうするという組織図のことです。
どこの会社でも、来年度の新人採用や期中の中途採用など、「採用計画」は準備しているでしょう。また、それとは別に人材の「育成計画」を作成している会社も多いと思います。
しかしここに問題が潜んでいます。ほとんどの企業が、採用計画と育成計画とを別々に作成しているのです。特に大組織にもなると、人事部門の中で採用部門と育成部門が分かれていることも多く、それぞれが「部分最適」の計画を立てています。
採用計画と育成計画が連動していないと何が問題なのか。端的に言うと、先のA社のような悲劇が起こります。必要なときに適性を持った人材が社内にいない。慌てて採用しようとするがすぐに見つからない。付け焼き刃の昇格人事が行われた結果、組織が健全に回らなくなる……私が見るところ、これに類する課題を抱えている企業は驚くほどたくさんあります。
この悲劇を避けるにはどうしたらよいのでしょうか?
A社の例からお気づきの読者もいると思いますが、実は、良い組織をつくる際のボトルネック(制約条件)になるのは、中間管理職の量とスキルであることが多いのです。
そこで「未来の組織図」の出番です。現在の組織図と1年後の組織図を比べれば、どの部署で何名の増員になっているか、中間管理職や専門職を何名増員する必要があるのかが分かります。それに沿った採用活動と管理職育成を実践することで、組織に混乱を招くことなく成長させることができるのです。
何人採用すべきかは未来の組織図が教えてくれる
では、具体的な活用方法を説明しましょう。
ここに1年半後の未来の組織図があります。この未来の組織図と現在の組織図を比べたところ、上級管理職2名、中間管理職5名を増員する必要があることが分かったとします。
次に、既存の人材の中から1年後、3年後(1年半後ではなくもう少し先の未来)にこれらのポジションに就けそうな人材をタグ付けしていきます。
タグ付けをした結果は、仮に次のとおりだったとしましょう。
《1年後に登用可能》
上級管理職:1名
中間管理職:2名
《3年後に登用可能》
上級管理職:1名
中間管理職:2名
編集部作成
以上から、今から3年後にまでタグ付けした人材を育成して1年半後に戦力化できたとしても、中間管理職が1名不足することが分かりますね。つまり、少なくとも中間管理職のポジションに関しては、早期に採用活動に着手するか、既存社員の中で中間管理職になる人材を再度見つけるか、人員計画を下方修正する必要があることになります。
未来の組織図のつくり方
未来の組織図をつくることで、課題(人員の過不足)が明確になるという効能が分かったところで、次にどうやって未来の組織図をつくればいいのかを説明しましょう。
企業によっては3カ年計画などの中期経営計画を作成しているケースも少なくないでしょう。こうした計画にはたいてい人件費の推移や、それに加えて人員計画も示されていますから、これらのデータをもとにして未来の組織図をつくります。
「3カ年計画などの資料がない」、あるいは「あるけれど開示してもらえない」という場合は、次の手順で概算することも可能です。必要なものは、(1)来年度の売上計画、(2)今年度の売上計画、(3)現在の中間管理職数の3つです。
例えば、現在の売上に対する中間管理職数と同じ割合で中間管理職が必要だとすると、計算の仕方は以下のとおりです。
筆者作成
私がリクルート時代にやっていたのは、人員計画からの計算でした。
ある組織で「1年半で150名の増員」という計画を立てたとします。管理職1名あたりのメンバー数を8〜10名とすると、必要な管理職数は15名(150名÷10名)~19名(150÷8名)です。つまり、1年半後に15〜19名の管理職が必要になるのです。大量採用しながら、同時に管理職育成もする必要があるわけですから、なかなか難易度が高そうですね。
私が未来の組織図についてお話しすると、「いつまでの組織図をつくればいいのでしょうか」という質問がよく出ます。理屈上はいくらでも遠い未来までつくれますが、先になればなるほど精度もリアリティも下がります。
では逆に、最低限いつまでの組織図はつくっておく必要があるのでしょうか。この答えは、あなたの会社の採用にかかる期間、育成にかかる期間により決まります。
例えば、ある組織で管理職が1名必要になったとしましょう。この組織では採用に平均6カ月、育成に6カ月かかっているとすると、今から採用活動をしたとしても実際に管理職が1名増えるのは1年後です。ということは、この組織には少なくとも1年後の未来の組織図が必要ということになりますね。
とはいえ、これは最もうまくいったケースと考えておくべきです。採用活動が平均6カ月だとしてもずれ込むことだってありえますし、育成もしかりです。
この点を考慮すると、バッファー期間を6カ月設け、1年半後(採用6カ月、育成6カ月、バッファー6カ月)の未来の組織図を作成しておくとよいでしょう。私がかつて1年半後の未来の組織図を作っていたのは、このような計算からです。管理職育成のために中尾塾という社内管理職育成塾をつくり、6〜9カ月で管理職を育成していました。
社員のキャリアアップにも役立つ
未来の組織図が教えてくれる情報は、経営者や人事部門であれば当然知っておきたい内容です。しかし実はそれだけでなく、組織メンバーにも役立ちます。というのは、未来の組織図を見れば、どんなポジションが新たに生まれるのかが分かるため、メンバー自身のキャリアアップの準備ができるからです。
私が主宰する経営者塾(中尾塾)でこの未来の組織図の話を紹介したところ、何人かの経営者がすぐに実行しました。そのうちの一人が自社の1年半後の未来の組織図をSlackで全社員に公開したところ、それを見た複数の従業員から、それぞれのポジションにチャレンジしたいという声が上がったそうです。
名乗りを上げたメンバーたちはその後、「もし自分がそのポジションになったらどう判断するだろう」と考えるようになり、発言の内容自体も変わりました。
もちろん、中には必ずしもこうしたキャリアップを望まない人もいるでしょう。その場合も、未来の組織の姿が分かっていれば、自分が望まないキャリアを避けられる余地が高まります。
来るべき組織の変化にメンバー一人ひとりが備えておけるのは、会社にとっても個人にとっても望ましいことです。未来の組織図を社内で共有することには、さまざまな効能があるのです。
あなたの会社でも、未来の組織図を作成・活用してみてはいかがですか?
※この記事は2022年4月8日初出です。
中尾隆一郎:中尾マネジメント研究所代表取締役社長。1989年大阪大学大学院工学研究科修了。リクルート入社。リクルート住まいカンパニー執行役員(事業開発担当)、リクルートテクノロジーズ社長、リクルートワークス研究所副所長などを経て、2019年より現職。株式会社「旅工房」社外取締役、株式会社「LIFULL」社外取締役、「LiNKX」株式会社非常勤監査役、株式会社博報堂DYホールディングス フェロー、TEPCOフロンティアパートナーズ投資委員も兼任。新著に『1000人のエリートを育てた爆伸びマネジメント』『世界一シンプルな問題解決』がある。