今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
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日本の人口は急激に増え、急激に減る
こんにちは、入山章栄です。連載101回目もよろしくお願いします。
BIJ編集部・常盤
日本の出生数が、とうとう過去最少の84万人台になりました(2021年、速報値)。コロナの影響で、思った以上に少子化のペースが加速しているんですね。いままで通りの少子化対策では、もう効果がないのは明らかです。
人口減少が避けられないなかでも幸福に生きていくためには、この社会はどう変わっていけばいいでしょうか。
人口減少は本当に大問題ですよね。結局、日本が低成長なのも、イノベーションが足りないからだとか、経済政策がよくないからだなどと言われていますが、根本的な原因は急速な人口減少だと思います。
とはいえ人口減少は必ずしも悪いことではないという意見もあります。いま日本は人口が減っていますが、世界全体で見れば人口は増加傾向にある。
これ以上世界の人口が増えたら、どう見ても地球環境にはよくない。だから人口減少は悲観すべきではない……。これはその通りかもしれない。ただ、日本は減り方のスピードがあまりにも速すぎる。
僕の知り合いの経営コンサルタントの日置圭介さんに、僕の授業によく来ていただいています。
その授業で日置さんが、1600年から2100年まで500年間の日本の人口の増減をグラフ化したものを見せてくれたのですが、そのインパクトがすごいんですよ。
普通こういう変化って数年とか、せいぜい数十年の時間軸で見るじゃないですか。でも、数百年という単位で可視化されると、パンチ力が全然違うんですね。こちらのグラフになります。
いかがですか、パンチがあるでしょう。
このグラフを見ると1600年から始まる江戸時代前期の人口は、ずっと横ばいか微増が続いている。江戸幕府が成立したとき日本の人口は1200万人程度だったんですよ。いまの10分の1ですね。明治維新のときは3300万人。
そのころからグッと増え出して、特に戦前から戦後にかけて急激に増えて、2008年に1億2800万人でピークを迎えました。
そしてその後は、2100年に向けて、まさに「真っ逆さま」に落ちるという大きな流れが見えるのです。
つまり日本の人口は戦前から21世紀初頭までとてつもない増え方をしたので、減るときも急速に減るんだなということがよく分かるわけです。
BIJ編集部・常盤
日本の人口の増減のグラフは1970年代から2050年くらいまでのものが多いので、これほど長いスパンでとったグラフは見たことがありませんでした。タイムスケールを変えてみると、受ける印象が変わりますね。
そうですね。繰り返しますが、人口が減ること自体は地球にとって悪いことではないでしょう。しかし日本の場合は落ちるスピードが異常なのが心配です。
ですからある程度、急激な減少を抑制することはあってもいいと思っています。
そう考えれば、方法は2つ。「子どもを増やす」「移民を増やす」の2つしかありません。
僕は両方の努力をすべきだと思いますが、残念ながら日本政府は、前者の政策に失敗しました。というか、十分に取り組んでこなかった。少子化問題への認識と決断が甘かった。
つまり僕もそうですが、いま40代後半を迎える団塊ジュニア世代が人口のピークの年齢層ですから、我々の世代が30代だったころ、たくさん子どもを生むような大胆な政策をとってくれれば、人口増に効果が見込めたはずです。
しかし時すでに遅し。もはや「移民を増やす」ことを真剣に考えなければいけなくなっています。
そういう意味では、岸田政権が今回ウクライナ難民を受け入れると表明したのはよかったと思います。しかし別にウクライナに限らず、ミャンマーなどほかの国の方々を受けれてもいいのではないか。
「難民を受け入れたりして、治安は大丈夫ですか」という意見もあるけれど、日本人だって犯罪を起こすわけでしょう。
大事なのは彼ら彼女らが日本社会に溶け込めるように、インクルーシブな政策をとることではないかと思います。
BIJ編集部・常盤
これだけ急激に社会が変化していますから、政府の意思決定がそれに追いつけていないというのが現状なのでしょうね。しかし移民受け入れの是非について、そんなに長々と議論をしているだけの時間はもう残されていないんじゃないかなという感じもします。
そうですね。僕は「子どもを増やす」という点については、時すでに遅しとはいえ、今後も努力をする必要があると思います。
シカゴ大学の著名な経済学者であるゲイリー・ベッカーの出生率に関する有名な2つの考えがあります。これは少子化になるメカニズムを捉える考え方ですね。
第一の考え方は、そもそも子どもというのは、大人にとっては自分の一部みたいなものだから、子どもの幸せは自分の幸せの一部である。
だとすると子どもの数が少ないほうが、一人の子どもにたくさんお金を投資できるから、結果的に自分も幸せになるというものです。
そう考えると、いま中国で教育費と不動産の価格が高騰しているのも理解できる。中国の一人っ子政策は終わりましたが、やはり子どもを2人も3人も持ちたくないのは、教育費が異常にかかるからでしょう。
ですから子どもを増やすためには、教育費の負担を減らす方法がまずひとつ考えられます。
子どもは好きでも、子育ては嫌い
ベッカーの第二の考えは経済学の「機会費用」を使うものです。機会費用とは、あることをやることで実現しなくなる他の選択肢から本来は得られるベネフィットだと捉えてください。
つまり子どもを育てることの幸せもあるけれど、子育てをすると、時間やお金など貴重なリソースを仕事や娯楽に回せなくなる。子育てをするには、仕事や娯楽の機会費用が大きすぎるのです。
逆に言えば、子育てがそれだけ負担が大きいので、仕事や娯楽を削ってまでやるには割に合わない、ということです。
僕は日本の場合、少子化対策のポイントは、特にこの課題を解いてあげることだと思います。
以前、「ほぼ日」の元CFOで、いまはエール株式会社取締役を務める篠田真貴子さんに僕の授業で講義していただいたことがあります。そのとき彼女がすごい名言を放ったんですよ。
それは
「私は子どもは好きです。でも子育ては嫌いです」
というものだったんです。つまり子どもが好きかどうかと、子育てが好きかどうかを一緒にしてくれるなと。
BIJ編集部・常盤
めっちゃわかる!
世の中まだまだ偏見があるから、勝手にわれわれ男性は、「女性はみんな子育てが好きなんでしょ」と思っている。でも彼女に言わせると、子育てが好きになれない女性だっていると。
BIJ編集部・常盤
そうですよね。子どもが好きでも、子育てが好きだとは限らない。そこは声を大にして訴えたいです。
ああ、やはり常盤さんもそうなんですね。
今われわれは豊かになってきているから、仕事や趣味などに比べて子育てのコストのほうを高く見てしまうと、「子どもは好きでも子育てはしたくない。だから子どもの数は少なくていい」となるのも当然でしょう。
ですから、そこは月並みですが、やはり子育ての負担を軽減することが重要になります。これは金銭的な負担もありますが、なにより時間的・労力的な負担の軽減ですね。
それを世界でいちばんうまくやっているのがデンマークやスウェーデンなど北欧の国ですよね。
ご存じのようにデンマークやスウェーデンでは出生率が回復してきている。
でもデンマークやスウェーデンの女性が仕事をしていないかというとむしろ逆で、向こうでは政治家も過半数が女性。おそらく子育て負担がものすごく軽いんだと思います。
BIJ編集部・常盤
男性も女性も、平日4時半くらいに仕事をあがってしまうといいますからね。
そうそう、だから夫のサポートもあるでしょうけれど、それ以上に仕事の時間がそもそも短い。かつ託児所など保育施設が非常に充実している。そうなると日本ほど子育ての負担は重くない。
「子どもは好き、そして子育ても結構ラク」といいとこ取りになれば、子どもを持ちたくなる人も増えるということでしょう。
BIJ編集部・常盤
そういうところはもう少し認識が広がっていくといいなと思います。
というのも男性の育休取得者がほんの数年前は1パーセント以下だったのが、ここ数年で上がってきましたよね。
これはやっぱり政府がある程度発信して旗を振ったことが大きいと思います。そういった課題について社会の共通認識を持つためには、政府なり自治体なりが果たせる役割は大きいと思います。
そうですね。それには完全に賛成です。
結婚しなくても子どもを持てる社会が理想
さらに一段上のことを言うと、男性の育休も重要ですけど、それって結婚している前提じゃないですか。
僕は正直言って、これからは子どもを持つことと、両親が法律婚をしていることを切り離したほうがいいんじゃないかと思っています。
つまりシングルマザー(あるいはファーザー)がもっと増えればいいと思っているんです。
もちろんそれは不幸になれという意味ではなくて、婚外子であっても偏見の目で見られることのない社会、負担が軽い社会になれば、もっと子どもは増えるのではないか。
実際に出生率が回復したフランスでは、籍を入れるカップルは必ずしも多くなく、結婚と子どもを持つことが切り離されているでしょう。
BIJ編集部・常盤
子どもはほしいけれど、結婚はしたくないという方もいますしね。
そうそう、そういう方が安心して子どもを持てるような社会を目指したらどうでしょうか。いまの日本のシングルマザーは非常に大変でしょう。
でもシングルマザーでも、未婚の母でも、女手一つ、あるいは男手一つでも楽に子育てできます、というくらいのパブリックサポートがあれば、男性育休とかイクメンという言葉すら死語になって、出生率も上がるのではないでしょうか。
実は僕も若いころは「子どもなんて、うるさいしなあ」とか思ってましたけど、生まれてみると本当にかわいいんですよね(笑)。
だからまさに「子どもは好きだけど、子育ては嫌い」という篠田さんの言葉は真理だと思います。
子どもが嫌いな人はあまりいないのですから、子育てがめっちゃ楽という世界をつくれたら、もっと子どもが生まれる社会になると思います。
BIJ編集部・常盤
そうですね。重たい問題ですけれども、ぜひ政策立案者の方も入山先生が整理してくださったような課題の所在を汲んでいただいて、社会の体制づくりにつなげていただければと思います。
(構成:長山清子、撮影:今村拓馬、連載ロゴデザイン:星野美緒、編集・音声編集:小倉宏弥、常盤亜由子)
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。