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ソウルがメタバースに参入する。韓国の中央政府機関は2021年11月にそう発表し、「市政のあらゆる分野でメタバースのエコシステムを構築する」と宣言した。
このニュースは、フェイスブック(Facebook)が社名をメタ(Meta)に変更すると発表した翌月に飛び込んできたものだ。メタの動きに続いて、マイクロソフト(Microsoft)、ナイキ(Nike)、ショッピファイ(Shopify)などの多くの企業が、賑々しくメタバースへの投資を発表した。
メタバースのニュースが溢れている背景には、多額の投資と企業の動きがあることは間違いないが、メタバースに関する重要な疑問に答えられている企業はまだない。つまり、メタバースを必要としている人はいるのか、という問いだ。
マイクロソフトのバーチャル会議室、ナイキの物理的に履けないスニーカー、Facebookの没入型ソーシャルネットワーク……。どのメタバース構想も、オフラインでの活動をオンラインに置き換えただけで、本当は誰も困っていない問題に的外れな解決策を提示しているように見える。これでは消費者利益を装った、市場シェア獲得の試みでしかない。
これに対してソウルの330万ドル(約4億1250万円、1ドル=125円換算)のメタバースプロジェクトは、民事訴訟の申し立てや市のサービスの要請といった公共サービスの管理を容易にする、より実用的なメタバースの未来像を提示している。また、市の文化イベントや、観光名所のバーチャル版を提供するためのプラットフォームを利用して、世界中の人々がアクセスできるようにすることも計画している。
ソウルのメタバースは現実の都市を部分的に模したもので、特定の機能を強化して合理化し、より便利で使い勝手のよいものにする予定だ。
バルバドスではメタバース大使館を提案し、カリフォルニア州サンタモニカでは拡張現実(AR)を使ってダウンタウンをゲームデザイン化して以来、同様の取り組みが発表されている。
しかし、ソウルがやろうとしているメタバースでさえ、別の問題をはらんだ技術的伝統の延長線上にあるものだ。「メタバースシティ」は、この20年間でデータの収集・分析能力が向上したことによって生まれた、都市マネジメントのためによく用いられる手法であるスマートシティの論理的拡張である。
メタバースシティは、スマートシティがもたらした多くの恩恵を得る一方で、監視や企業による支配といった、デジタルプラットフォームが抱える問題に都市の市民を晒しながら、その本質的な欠陥の多くを再現し、増幅すらさせるおそれもある。
ソウルのような実践的なメタバースシティの野望が頓挫すれば、メタバース自体の欠点が注目され、その目的は何かという疑問が再び生じるだろう。
未来型都市は住民にもメリット十分…理論上は
スマートシティとは、簡単に言えばデータ駆動型都市のことである。交通パターンや電力網の使用状況などの動きを、センサーやその他のデータソースを使用してリアルタイムに収集し、その情報を統合して都市運営を効率化する手法である。
よく知られた初期の例としては、2016年のオリンピックに先立ち開設されたブラジル・リオデジャネイロのIBMのオペレーションセンターがある。このセンターは、交通機関や警察、下水道など約30の機関のデータを組み合わせ、壁一面にスクリーンが貼られた洗練された中央指令施設に収められた、市全体のシステムだった。
このような新たな構想が住民にもたらす理論上のメリットは、自治体サービスの質を向上させ、嵐の後の倒木の清掃や停電後の電力復旧スピードを上げるといった業務の効率化にある。
スマートシティでは、街灯の不具合、下水道の詰まり、ゴミ箱の紛失といった問題を報告するための使いやすい方法を提供することで、データを頻繁にクラウドソーシングしている。というのも、このプロセスを合理化すれば、問題を特定し、より迅速に解決できるようになるからだ。
ソウルが提唱するメタバースシティは、いくつかの点でスマートシティの延長線上にあるものだ。ある意味では、メタバースシティは、道路の混雑やインフラの故障といった物理的な都市の制約から解放されたスマートシティと言える。
これまでは裁判所に書類を提出しようとして渋滞に巻き込まれていたが、メタバースシティでは住民は全く移動することなく書類を提出することができる。高齢者や障がい者など、物理的な移動が困難な人々にとっては特に、こうした直接的なデジタルコミュニケーションの利用は大きなメリットとなる。
また、メタバースなのでこうしたやりとりの追跡がしやすくなる。埃まみれの書類棚に書類が蓄積されるのではなく(しかも後でデジタル化しなければならない)、メタバースシティではあらゆる行政上のやりとりが自動的にデータ化される。
2023年の開設が予定されているソウルのメタバースシティの第一の特色は、「メタバース120センター」だ。Quartzはこれを、「これまで物理的に市役所に行かなければ対応できなかった市民の悩みをアバターが解決する、バーチャルな公共サービスの場」と表現している。
ソウルの住民はメタバースの仮想環境を利用することで、営業許可証の取得や公共物の管理に関する苦情申し立てなど、デジタルで対応するのに向いている業務がより行いやすくなる。一方、それ以外の活動は引き続き従来の方法で(少なくとも当面は)行われる。
最終的に、ソウルのメタバースシティは、人気のある史跡やランドマークのバーチャルツアーなど、より強力な特色を取り入れる予定だ。また、ソウルランタンフェスティバルのような大規模な祭りも、メタバース内で開催予定である。
ソウルは、ランタンフェスティバルをはじめとするイベントをメタバース内で行うことを計画している。
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これらの計画から、メタバースシティとスマートシティのメリットは重なる部分が多そうだ。どちらも新規参入者に対して都市を売り込むのに役立ち、投資やビジネス、そして羨望の眼差しを集める光り輝く対象として機能する。
また、ソウル市政府が構想するメタバースシティは、都市運営の効率化やデータの一元化の促進を約束する一方で、住民の安全性や利便性を向上させることも約束している。
ソウルのメタバースシティ構想は、書類上では何の問題もなさそうに見える。しかしスマートシティの歴史を見れば、このプロジェクトにはマイナス面もありうることが分かる。過去のスマートシティの例では、市民のニーズが企業の利益に取って代わられるか、さもなければ企業が利益のために有用なテクノロジーを横取りするというケースが後を絶たないのだ。
投資資金への呼びかけ
メタバースシティもスマートシティと同じく、ビジネス界で話題になっているコンセプトに乗じる姿勢のようだ。
スマートシティという言葉の使い方は曖昧なことが多く、都市運営の実質的な取り組みというよりは、テクノロジー企業を誘引するためのマーケティングの仕掛けのようなものだ。テクノロジー研究者のジェイサン・サドウスキー(Jathan Sadowski)は2019年のReal Life誌の評論で、「『スマートシティ』は首尾一貫した概念ではなく、ましてや実際に存在するものでもない。企業がマネジメントする都市の未来のための、誤解を招く婉曲表現として理解するのがよいだろう」と書いている。
2021年、テクノロジー企業はこぞってメタバース計画を打ち出したが、「メタバースシティ」という考え方もこれと同様にちぐはぐなものになる危険性があり、地元の好感度を上げたり、都市への投資を呼び込んだりするために表面的に活用されかねない。
こうしたコンセプトの中で辻褄が合っていそうなものでも、それなりの欠点がある。ニューヨーク・タイムズは2012年の記事の中で、IBMがリオデジャネイロで行ったスマートシティプロジェクトについて、こんな懸念を示している。
「オリンピック関係者や外国人投資家を安心させるための見世物ではないか、との声もあるほか、貧民街よりも裕福な地域に恩恵があるのではと心配する人もいる。また、このような監視は自由を制限し、プライバシーを侵害する可能性があると懸念する人もいる。さらに、このセンターは根本的なインフラ問題に対処しない、その場しのぎのものだという見方もある」
最近になって、こうした懸念の多くが十分に根拠のあるものであったことが分かってきた。リオのスマートシティは、社会経済的な集団に平等に利益をもたらすには至らず、透明性が欠如しており、長期的な改善よりも短期的な解決策を優先させた。
リオのスマートシティを研究したクリストファー・ガフニー(Christopher Gaffney)は、アトランティック誌に次のように語っている。「こうした場所に入ると、全てが映画のセットのように感じられる。(中略)洗練され、技術的に進んだ印象を与えるが、それは全てパフォーマンスの一部なのだ」
リオのスマートシティプロジェクトについては、2014年のブラジル前大統領の選挙戦で頻繁に言及され、またオリンピック関連の報道でも好意的に取り上げられたにもかかわらず、社会経済的な線に沿って「スマートなリオ」と「スマートでないリオ」を分ける結果となった。
先のアトランティック誌の記事の中でガフニーは、治安の面では裕福な地域ほど厳しく監視されていると言い、「このシステムは、地域への参加を増やすために機能するはずのものであって、人々を罰するものではない」と語っている。このような問題は、メタバースシティでも同様に根深くついて回る可能性がある。
ソウルのメタバースシティに関しては、それが何よりもまず、都市の住民に利益をもたらすということが重要な前提になる。たとえソウルの取り組みがこの崇高な目標を達成したとしても(つまり、住民の生活を向上させるテクノロジーを導入した合理的な都市を建設したとしても)、他のメタバースシティも同様にメタバース技術を善意に基づいて利用する保証も、収集したデータを自制心を持って管理する保証もどこにもない。
ソウルは、韓国最大の無線通信事業者であるSKテレコムが運営するプラットフォーム上のメタバース内で新年の鐘つき行事を開催した。
ソウル特別市
実際、メタバースがデジタルな公共広場として機能する能力について、懐疑的な見方をするのには理由がある。スマートシティやメタ(Meta)のようなテック大手はすでに、公共の利益との連携を公言しておきながら、市民や利用者の福祉を最優先事項としていないことを証明している。特にメタは、選挙操作のためにユーザーデータを利用可能にしたり、エンゲージメントを最大化するために誤った情報の拡散を許すなどの前科がある。
サドウスキーはスマートシティを「囚われの都市」と呼び、「一般人が利用するのではなく、利用される」ことが頻繁にあるシステムだと指摘する。FacebookのようなSNSは、利用者を商品そのものと捉え、第三者に販売するため、もしくはパーソナライズされた広告を打つためにデータを収集する対象としていることで有名だ。
メタバースシティは、都市に暮らす人々のデータの足跡をさらに可視化することでスマートシティや企業プラットフォームのよこしまな目的と結びつけば、一般市民から最大限の価値を引き出す都市監視国家の私物化が進んでいくかもしれない。最終的には、こうした都市の目的が、デジタルプラットフォームが行うターゲティング広告やデータ収集に集結する可能性すらある。
サドウスキーが指摘するように、最悪のシナリオは、スマートシティの警察活動のようなものだ。このシナリオでは、警察が地域のニーズに対応できるようになるどころか、多くの住民自身を犠牲にして、投資資本の観点から魅力的な都市を作るという究極の目標へと向かう。この場合、警察はスマートシティの監視システムによって抗議やデモをより厳しく鎮圧する一方で、豊かでない地域の重大犯罪を軽視したり、より強硬な方法で法律を施行したりするかもしれない。
もちろん、警察活動は都市住民の利益にもつながるが、都市住民の幸福よりもデータ収集のほうが優先されれば、スマートシティの利用に悪影響を与えかねない。
インセンティブが重要
メタをはじめとする企業が、未来のメタバースシティを商業化する可能性は決してゼロではない。
ブルース・スターリング(Bruce Sterling)は2018年のアトランティック誌への寄稿で、本当のスマートシティ(我々が概ね行き着いた型のもの)は、個人のスマートフォンや光ファイバーのインターネット接続といった、消費者向けのデジタル技術が無秩序に融合したものにすぎないと語り、次のように論じている。
「こうした面倒だが重要なデジタル変換は、2世代ほど前から街に忍び込んでいる。
未来のスマートシティは、インターネット、モバイルクラウド、そして、市役所が我が街に投資を呼び込むために良かれと思ってつくった数多くの奇妙な貼り付けガジェットになるだろう」
誤ったインセンティブが働くと、こうしたガジェットによって担当する企業は契約から利益を得られても、スマートシティ以前よりも悪くなる危険性がある。
メタやマイクロソフトは、都市のサービスをほんの少しアップグレード(もしくはダウングレードと呼んだほうがいいかもしれない)するだけで儲かる契約を結びつつ、他の場所で利益を挙げるために使えるデータを収集している。メタバースシティは、こうした巨大企業と同じように機能する可能性が高い。
ここで最初の問いに戻ろう。メタバースは何の役に立つのだろうか?
ソウルの実験が2023年に開始されるまで具体的な証拠は得られないが、スマートシティがたどってきた歴史から、そのリスクの多くはうかがい知れる。
将来の投資家の前にぶら下げられた支離滅裂なキャッチコピーとまでは言わないが、メタバースシティは最悪の場合、警察の監視や企業のデータ抜き取りを助長するシステムになりうる。良くてもせいぜい、都市サービスを合理化し、新しいタイプの共同体体験ができる程度のものだろう。
こうした証拠を見れば皮肉を言いたくもなるわけだが、メタバース技術をどう実装するか、すべてはそこにかかっている。
(編集・常盤亜由子)
[原文:You'll soon be able to breeze through the DMV in the metaverse. All it will cost is your privacy.]