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米政府の規制によってスマートフォンという稼ぎ頭を失い、5G参入でも日本などから排除された通信機器大手のファーウェイ。技術やマーケットを封鎖された状況から反転攻勢を図るため2021年秋にトップ肝煎りの「五大軍団」が発足し、3月30日には10軍団が新たに加わった。
ファーウェイは「南泥湾計画」「天才少年プロジェクト」など組織やプロジェクトにIT企業らしからぬ名称をつけることが多く、次々に立ち上げた「軍団」も欧米の記者の懸念を招いたが、同社のトップいわく軍団は米グーグルの特命チームがヒントになっているという。そのミッションは、政治の影響を受けにくい法人向けビジネスの急成長のようだ。
南泥湾計画の実行部隊?
3月28日に開かれたファーウェイの2021年の決算発表では、半導体調達の見込みや新規事業の進捗など、同社の将来の鍵となる課題について関心が寄せられ、同社が昨年10月末に立ち上げた「五大軍団」の目的と戦略にも海外記者から質問があった。
五大軍団は「炭鉱軍団」「スマート道路軍団」「税関・港湾軍団」「スマート太陽光発電軍団」「デジタルセンターエネルギー軍団」から構成される。いずれも5Gの実用化によって技術革新が期待され、行政に近い産業分野だ。中国だけでなく新興国でのビジネスも展望でき、実際に同月、ファーウェイの子会社がサウジアラビアで進められている世界最大のエネルギー貯蔵プロジェクト「紅海プロジェクト」の契約を勝ち取った。
これら軍団は、任正非CEOが提唱した自力救済戦略「南泥湾計画」の実行部隊と見られる。
通信事業で世界トップ、スマートフォン生産で世界2位だったファーウェイは、トランプ前米大統領が各国に5G基地局からのファーウェイ排除を呼びかけ、2019年5月に米政府が輸出規制を発動したことで窮地に陥った。2020年にはアメリカの技術が使われた半導体も調達できなくなり、スマホ生産そのものが難しくなった。
ファーウェイはアメリカとの対話を模索していたが、2020年の追加規制で腹をくくったのか、同年8月に「(アメリカの技術に頼らず)自給自足によって自力救済する」(任CEO)方針に転換し、「南泥湾計画」をローンチした。
計画の名称は1940年代前半の抗日戦争中、経済的苦境に立たされた中国共産党が陝西省延安市の荒地だった南泥湾を開墾し、産業を育成した史実に由来する。
ファーウェイは手始めに5Gやクラウドコンピューティングなどの先進技術によって、鉱山経営の効率と安全性を向上させるプロジェクトを発足。任CEOは2021年2月、南泥湾計画の一環として「炭鉱、鉄鋼、音楽、スマートスクリーン、PC、タブレットなどの領域を開拓する」と展望を示した。
半導体不要のコンシューマービジネスに着目
3月30日に行われた10の軍団発足式は戦闘色満載だった。
ファーウェイの社内メディア「心声社区」より
決算発表から2日経った30日には、ファーウェイの社内メディアで10の予備軍団が正規軍団に昇格したことも発表された。
10軍団のうち、電力デジタル化軍団、行政ワンストップ軍団、空港・軌道軍団など7軍団は、先に発足した五大軍団に倣い、法人・行政向けソリューションを展開していくとみられる。
一方、インタラクティブメディア、スポーツ・ヘルスケア、ディスプレイチップの3軍団は半導体を必要とせず、かつ端末と深く関係する領域であることから、コンシューマー事業でスマホの穴を埋めるビジネスを開拓する役割を果たすのだろう。ファーウェイは健康や運動を管理するウェアラブルデバイスに力を入れており、孟晩舟副会長は軍団発足式で、「バンクーバーにいたとき、(スポーツ・ヘルスケア軍団が担当する)スマートウォッチをプレゼントされ、運動を楽しむようになった」と語った。
ファーウェイは決済アプリ「Huawei Pay」のカバー範囲も着実に増やしており、デジタル人民元に絡むサービスへの進出もささやかれる。インタラクティブメディア軍団の発足に関しては、メタバース参入の準備と捉える声がある。
記念式典には創業者の任CEO、4月に輪番会長に就任した孟副会長兼最高財務責任者(CFO)ら経営陣が顔をそろえ、力の入れようが伝わってきた。
機動力重視した組織再編か
ファーウェイは2011年から10年間で売上高4倍、純利益は約6倍に拡大した。事業別に見ると成長に最も貢献したのはスマホやタブレット生産を手掛けるコンシューマー事業で、2011年に446億元(約8700億円、1元=19.5円換算)だった売り上げは2018年に通信事業を逆転し、2020年には4829億元(約9兆4200億円)と売上高の半分以上を占めるまでになった。
だが半導体の調達を断たれたことで、2021年のコンシューマー事業の売り上げは前年比49.6%減の2434億元(約4兆7000億円)となり、2016年の水準まで下がった。
ファーウェイはスマートカー部門をコンシューマー事業に移して穴埋めを進めるものの、スマホなしに再び成長するには、通信事業を死守しながら法人事業を伸ばすことが現実的な戦略となる。
とは言え、なぜわざわざ「軍団」という新しい組織を立ち上げたのか。ファーウェイの、特に任CEOが提唱したプロジェクトや組織は戦争に関連する名前が多い。中でも「軍団」の発足式典は戦闘色を前面に打ち出し、任CEOがかつて在籍していた人民解放軍すら連想させる。
3月の軍団発足記念式典には任CEO(前列手前)ら経営陣が勢ぞろいした。
「心声社区」より
この質問に対し郭平輪番会長は、「ニューヨーク・タイムズで紹介されたグーグルのチームにヒントを得た」と意外なルーツを明かした。
任CEOも3月30日の10軍団発足式典で「2004年6月のニューヨーク・タイムズで紹介された博士、科学者、エンジニア、マーケティングの専門家からなる50~60人のチームで、世界一のプロダクトをつくることを目標としたグーグル軍団」を、組織づくりの参考にしたと明言した。
「ファーウェイは技術・管理などのプロダクトラインが長く複雑だ。軍団は意思決定や情報展開をスピーディーに行い、業界ニーズの探索から分析、ソリューション提供までの流れを短縮することをミッションとしている」(郭輪番会長)
ファーウェイの社員数はグローバルで約20万人いる。郭輪番会長によると規制後の2020年、2021年の2年間で採用した新卒学生は2万6000人に達する。任CEOは2019年6月に超優秀な若手を年俸数千万(日本円で概ね2000万〜5800万円クラス)で招聘する「天才少年プロジェクト」を提唱した際、「今後3〜5年で“武器”を総入れ替えして、この戦争に必ず勝つ」と強調した。
売上高が3割近く減っても研究開発に莫大な投資を続け、高報酬を提示するファーウェイは、相変わらずトップレベルの人材を獲得できている。だが、大企業マインドのままでは「3〜5年での武器の総入れ替え」が間に合わないという危機感が、機動力重視の組織への転換を急がせているのかもしれない。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。