Day Of Victory Studio/Shutterstock
「組織に自分のキャリアを預けることには、これからますますリスクが増してきます。みなさんも主体的に自分自身のキャリアをデザインしてください」
私が企業の講演に登壇してこんなお話をすると、「先生、『組織にキャリアを預けない』というのは理解したのですが、具体的にどうすれば自分のキャリアをデザインしていけるのか、イメージがつかめません」という質問を多くいただきます。
そこで今回は、この問いについて考えていくことにしましょう。
能力を最大限に引き出す5つの要素
前回の連載でも触れたように、私は今、「はたらく未来とキャリアオーナーシップ」というコンソーシアムの戦略顧問を務めています。
このコンソーシアムに集結したのは、キリンホールディングス、KDDI、コクヨ、富士通、パーソルキャリア、三井情報、ヤフー、LIFULLの8社。毎月この8社がダイアローグを重ねながら、「ビジネスパーソン一人ひとりが、自分らしく、持てる能力を最大限に発揮しながら組織に貢献していくには?」などをはじめ、企業と働き手の関係性を再定義しようと試みています。
目指すべきゴールは、私たち一人ひとりが能力をフルに発揮しながら組織に貢献し、企業はそれをエンジンにして生産性や競争力を高めていくこと。私はこれを「人的資本の最大化」と呼んでいます。
さて、コンソーシアムでは1年間の成果として、先日『はたらく未来白書 2022』を公開しました。8社と深い対話をしていく中で、「人的資本の最大化」を実現するためにできること・すべきことは何か……と熟考した結果、鍵になる要素を5つ特定しました。
順番に見ていきましょう。
(1)キャリアビジョン
図の中央に位置するのが「キャリアビジョン」です。企業でも、進むべき方向性や中長期計画はビジョンとして明確化されていますよね。それと同じように、あなた自身の価値観を起点にして、自分はどうありたいのかを具体的に言語化していきましょう。
(2)内発的動機
「内発的動機」とは、自分自身の内面に湧き起こる好奇心や探究心から生まれる動機のこと。これに対して、報酬や評価など、外部からもたらされるモチベーションのことを「外発的動機」と言います。
これらのうち、人的資本を最大化するうえで大切になってくるのは内発的動機のほうです。キャリアは誰かに与えられるものではありません。あなた自身の心の内にある好奇心やモチベーションを起点にして行動することが重要です。
とはいえ、内発的動機はすぐには見つからないかもしれません。そんなときには、本連載も取り上げた「瞑想」と「メモ書き」ワークをやってみることをおすすめします。
(3)機会の最大化
「機会の最大化」とは、企業や組織の環境に適応し、好循環を生み出していくことです。分かりやすい例を一つ挙げるなら、現場の一プレイヤーであるうちから、経営者や部署統括者の目線で仕事をするようにすることです。
これは非常に重要な視点の切り替えで、「もし自分が組織や部署のトップだったら、この課題にどう取り組むだろう」と常に考えるようになります。そのような視点を持つことで、常日頃から自らのチャレンジの幅を広げることができますし、今のトップのアクションの仕方を見ることで自分の考えを“答え合わせ”することもできるわけです。
こうしてキャリアの模擬体験を積み重ねておくことで、将来思いがけないきっかけで自分の目の前にチャンスが訪れたときに、その機会を最大限に生かすことができます。
(4)期待役割の意味付け
4月は人事異動の時期ですね。新しいポジションにアサインされた方、他の部署へ異動された方、転職された方など、それぞれの新天地でスタートを切った方も多いことでしょう。
特にこうした新しいチャレンジを始めるときには、「組織は自分に何を期待しているのか」「それに対して、自分は何ができるのか」を意識するようにしましょう。というのも、組織で働いていると、「期待役割」と「自己認識」との間にズレが生じることが往々にしてあるからです。
この視点は、たとえ異動のない方であっても不可欠です。同じ業務をこなし続ける場合にも、定期的に組織からの期待役割と自己認識をすり合わせる作業をし、そこにズレがないかを確認しましょう。
目の前の業務を自分ごと化し、本質的な価値を捉えることで仕事にやりがいを見出すことを「ジョブ・クラフティング」と言います。組織から期待されている役割をこなしながら、そこにやりがいを見出したいものですね。
(5)持続的な自己変容
キャリアは年齢や性別を問わず、いつからでも何歳からも成長可能です。私たちの身近なところで言うと「リスキリング」などですね。これまでに培ってきたビジネス経験に胡坐をかくことなく学び続けることで、選択できるキャリアの幅は広がっていきます。
理想を言えば、上長からこれを学んでおけと言われて取り組むのではなく、これから何が必要となるのかを自分で考え、自らアップスキルしていきたいものです。
以上で見てきた5つは、人的資本を最大化するための、いうなれば「キャリアオーナーシップアクション」です。コストがかかるわけでも、専門スキルや知識を必要とするわけでもありませんから、今日からさっそく取り組んでみてください。
なお、『はたらく未来白書 2022』はコンソーシアムのサイトから無料でダウンロードできます。お時間のある時にぜひ読んでみてください。
キャリアデザインを「ハレ」の行事にしてはいけない
本稿の冒頭でご紹介した、「どうすれば自分のキャリアをデザインしていけるのか」という疑問に対し、こうすればいいんだというイメージは湧いたでしょうか?
ここでもう一つアドバイスがあります。先述した5つのアクションを本当にモノにするコツは、何度も繰り返すことです。
キャリアに関する誤解のひとつは、「キャリアのことは年に一度考えればいい」というように、多くの人が「ハレ」の行事にしてしまっていることです。年に一度、キャリアに関する講演を聞いて刺激を受けるだけでは意味がないのです。
重要なのは「ケ」です。つまり、日頃から自らのキャリア形成のコンディションチェックをして、グロース戦略を練っておくようにするのです。
それにはキャリアシートやキャリアワークが有効です。本連載でもいくつかワークをご紹介しているほか、私が新著『今すぐ転職を考えていない人のためのキャリア戦略』(4月22日刊行)でもワークをご紹介していますので、ぜひ参考にしてみてください)。
フィジカルトレーニングやヨガ・ピラティスは、教室の外から見ているだけでは、あるいは一年に一度体験するだけでは何の効果もありませんよね。キャリアデザインもそれと同じです。
定期的に身体のコンディションをチェックして、弱点を克服し、強みを伸ばしていくように、キャリア形成についても常日頃からセルフチェックを心がけてください。その積み重ねが「人的資本の最大化」につながり、ひいてはあなた自身の心理的幸福感を高めることにつながります。
やるべきことは、明確です。すべてのビジネスパーソンに、キャリアオーナーシップを!
それではまた次回に。
この連載について
物事が加速度的に変化するニューノーマル。この変化の時代を生きる私たちは、組織に依らず、自律的にキャリアを形成していく必要があります。この連載では、キャリア論が専門の田中研之輔教授と一緒に、ニューノーマル時代に自分らしく働き続けるための思考術を磨いていきます。
連載名にもなっている「プロティアン」の語源は、ギリシア神話に出てくる神プロテウス。変幻自在に姿を変えるプロテウスのように、どんな環境の変化にも適応できる力を身につけましょう。
なお本連載は、田中研之輔著『プロティアン——70歳まで第一線で働き続けるキャリア資本術』を理論的支柱とします。全体像を理解したい方は、読んでみてください。
田中研之輔(たなか・けんのすけ):法政大学教授。専門はキャリア論、組織論。社外取締役・社外顧問を23社歴任。一般社団法人プロティアン・キャリア協会代表理事、UC. Berkeley元客員研究員、University of Melbourne元客員研究員、日本学術振興会特別研究員(SPD東京大学)。著書は『プロティアン』『ビジトレ』等25冊。「日経ビジネス」「日経STYLE」他メディア連載多数。〈経営と社会〉に関する組織エスノグラフィーに取り組む。