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「この製品、要らなくない?」と介護現場で苦悩。「巻き込み力」武器に全国100施設に導入【aba CEO宇井吉美3】

aba CEO 宇井吉美

撮影:今村拓馬

千葉県船橋市の長閑な住宅街にある、一見普通の一軒家。目と鼻の先には、子どもたちが遊ぶ小さな公園がある。ここに、慢性的な人手不足に悩む介護現場の課題をテクノロジーで解決しようと奮闘する「aba(アバ)」の本社がある。

室内には、まるでガレージ起業のような風景が広がる。見た目には生活感のある各部屋の窓のレールには、のれんのように黒いコード類がずらりとぶら下がっている。リビングには巨大な3Dプリンターが鎮座している。次々に試作品を作っては仮説検証のサイクルを高速で回す、ものづくりスタートアップならではの風景だ。

周りからの助け呼び込む「巻き込み隊長」

谷本さんの画像

CTOの谷本は宇井の大学時代の同級生で、「学部きっての凄腕エンジニア」だった。

提供:aba

何としても排泄を感知するセンサーを完成させたいと、千葉工業大学工学部の学生だった宇井吉美(33)が2007年にabaの学生プロジェクトを始めた当初は、3Dプリンターもなかった。

「ぶきっちょ」を自認する宇井は研究開発に四苦八苦。要素技術の開発は、協力先の企業や工学部の友人に応援を頼んでいたが、2011年に東日本大震災が日本を揺るがし、状況が一変。企業に余裕がなくなり、共同研究先が次々に手を引いていった。

「それなら、自分で製品化するしかないな」

大学4年生の秋、宇井はプロジェクトabaを株式会社として法人化した。だが、開発がどうにも立ち行かなくなり、学部の同級生だった谷本に「手伝って」と頼み込んだ。

谷本は、学部きっての凄腕エンジニアだった。宇井も受けた「未来ロボティクス学科」のAO入試の面接前、控室でおもむろに自作の二足歩行ロボットを取り出して、「入学前からロボットを作れるヤツ」臭を放ち、周囲の受験生を青ざめさせた。

大学時代、谷本は毎年自律型のロボットによる競技大会、ロボカップのヒューマノイド・リーグに参戦しており、大会期間中は穴熊のように大学に泊まり込みでロボット開発に没頭していた。同リーグで世界優勝も果たしている。

谷本が大手企業にエンジニア職で就職の内定をもらったタイミングで、すかさず宇井は声をかけた。

「私だけでは開発が難しい。ほぼ完成している試作品の仕上げをお願いできない?」

だが谷本は、その試作品を見て呆れた。完成には程遠かったのだ。谷本は1年限定のつもりで手伝い始めた。一方の宇井は、谷本に連日電話をかけ、猛烈にアタック。いつの間にか、谷本もabaの事業にフルコミットするようになっていた。谷本は「まあ、宇井に引きずり込まれたね」と笑う。彼は内定企業を辞退し、2012年にabaのCTOに就任した。

「彼女は巻き込み隊長ですよ。彼女が困ると、いろいろな方向から手が伸びてくる。宇井が自分のやりたい夢に対して全力でフルスイングする姿が人を惹きつけるのかな。何をしたいかがはっきりしてて、前を向いた時に、エネルギーをその方向にばっと向ける。その力は、誰よりもあると思いますよ」(谷本)

宇井は「もしアップル本社から凄腕のハードウェアエンジニアが来ると言われても、谷本を選ぶ」という。なぜか?

「彼が持つ圧倒的な技術力はもちろん欲しいんですが、ケアテックという『介護の思想』を乗せて走らせる技術開発においては、やさしさというのが重要だと思っていて。

私が介護の現場から課題を持ち帰って無理難題をふっかけても、彼はそれをどうやったら実現できるかと相手の立場に立って考えてくれる。産みの苦しみ自体も楽しんでいる感じなんです」

鬼滅の刃で言えば「伊之助」

山口さんの画像

パラマウントベッド技術開発本部の山口悟史(写真右奥)と宇井。山口もまた、宇井の「巻き込み力」に注目する。

提供:aba

宇井は、大手企業も巻き込んだ。介護者側の負担を減らしたいという思いから「排泄時のにおい検知」に照準を絞ってセンサーの開発を進める中、2012年に第9回キャンパスベンチャーグランプリ 経済産業大臣賞(日刊工業新聞社)を受賞。

雑誌の記事で紹介されると、パラマウントベッド技術開発本部の山口悟史(44)が宇井の記事を読んで連絡してきた。医療・介護ベッドに力を入れていた同社は、新規事業を模索する中でabaが開発中の排泄センサーに注目。山口は、声をかけた意図をこう語る。

「私たちがやりたいこととかなり近いことを目指されているなと。と同時に、見せてもらった試作機は手づくりそのもので、駆け出しのベンチャー企業という印象でしたね(笑)」

ほどなくして、山口は宇井の強烈な個性と情熱に引き込まれていく。パラマウントベッドと排泄ケアシステム「Helppad(ヘルプパッド)」の共同開発が始まった。

介護する宇井さん

介護施設にて、要介護者の希望に応じて「添い寝」をする宇井。

提供:aba

センサーを実用化するには、介護現場での検証は欠かせない。日頃の業務のオペレーションを乱すことなく、入居者に大きなストレスを与えることなく配慮して試験を行うには、介護職員の協力がなければ始まらない。

山口が驚いたのは、初めて連絡を取った時点で宇井自身が介護施設に介護職として入り、独自にデータを取り始めていたことだ。一緒に現場に入り始めてからは、宇井は複数の施設で理事長や事務長クラスの上層部の人とつながりを持っていた。なかには「下の名前」で呼び合っている施設もあって、その食い込み方に山口は舌を巻いた。宇井は2013年からは介護ボランティアとして、翌年からは小規模多機能施設の介護職員となり、週末は現場でケアに入りながら研究開発を進めていた。

「そこまで体当たりで介護現場に入り込むテック系企業の経営者は、前代未聞。宇井さんの良さは、人を巻き込む力でしょう。『鬼滅の刃』のキャラクターだったら、間違いなく伊之助。猪突猛進に理想に向かって進んでいく。ほっといたら、ちょっと違うところに行っちゃう怖さはあるけれど、みんな宇井さんのことをほっとけないんですよね」(山口)

暗中模索の「産みの苦しみ」

開発メンバーは現場での検証のため、何度も介護施設に足を運んだ。探し歩いてようやく見つけた大阪の協力施設で、取れたデータが「ゼロ」ということもあった。

「谷本と二人で訪れた時、設置していたセンサーが止まっていて、ああ、私たちの高い新幹線のチケット数往復分が無駄になっちゃったかな、ただ遊びに来たのかな……と思っちゃいました」(宇井)

宇井のチャレンジの大きな目的は、「介護者の負担をいかに減らせるか」だ。それなのに、介護職の人から「通知の度に利用者さんのところへは行けない。こういう製品なら、要らない」と厳しい反応が返ってきたこともあった。

さらに宇井が一番キツかったのは、介護職のオペレーションが複雑なこともあり、「この製品、要らなくない?」と介護現場で使った自分自身が思ってしまった時だったという。長い葛藤の後、宇井はこんなアイデアが浮かんできた。

データを溜めて、排泄のタイミングを予測できるようにできないか? 例えば、要介護者一人ひとりの大便が「次に出るタイミング」をAIを使って予測。そのデータをもとに介護職員が効率よく、なおかつ本人のリズムに合わせてトイレに連れて行けるようになれば、要介護者がトイレで排泄でき、自信も取り戻せる、と。

確信に至るには、時間がかかったと宇井はいう。

「システムの方向性は排泄の通知かな? 予測かな?と、長いこと、産みの苦しみを味わいました。その時の気分は、海中深くで自分が東西南北どっちに向かっているか分からない、みたいな感じ。これを暗中模索と言わず何と言うか!みたいな」

足かけ10年で製品化に漕ぎ着ける

宇井さん

撮影:今村拓馬

2016年に総務省の補助金制度で年間7500万円の助成を受け、実証実験を加速させる中で、排泄パターンの情報提供が有効だとわかってきた。職員が利用者の排泄のタイミングを予測し、トイレ誘導で失禁が減り、介護の質の向上が目指せるからだ。さらに、センサーのアルゴリズムの調整により、におい感知の精度も上がってきた。

ヘルプパッドが製品として日の目を見たのは2019年だった。宇井が起業してから10年近い月日が流れていた。現在、ヘルプパッドは全国に100施設、100台以上の納入実績がある。

「資金難で、私が介護職で得たお金を社員の給料に充てたり、消費者金融に走ったこともありました。税理士さんからは、『会社を清算した方がいい』とまで言われていましたから(苦笑)」

実は宇井にはもう一つ、子育てと仕事の両立というチャレンジがある。28歳で第一子、31歳で第二子を出産。今も続く「ハプニング続出の非常事態な日常」については、最終回の次回に譲る。

(敬称略・続きはこちら▼)

(第1回はこちら▼)

(文・古川雅子、写真・今村拓馬)

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