ロシアが陥りつつある「ソ連型インフレ」とは何か?……大国を襲う “厳しい冬の時代”

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3月18日、ロシアが一方的に宣言した「クリミア併合」宣言8周年の記念集会に参加したロシアのプーチン大統領。

Sputnik/Sergey Guneev/Kremlin via REUTERS

ロシアがウクライナに軍事侵攻した事態を受けて、欧米を中心とする国際社会はロシアに対して経済・金融制裁を矢継ぎ早に強化している。

その結果、ロシアの通貨ルーブルは大暴落し、侵攻前日の2月23日時点では1ドル81ルーブル前後だった為替レートは、3月7日には終値で1ドル143ルーブルまで下落した。その後、為替レートは1ドル80ルーブル台半ばまで急速に値を戻し、4月9日時点では1ドル80ルーブル前後で推移している。

とはいえ、仮にロシアとウクライナが停戦合意したとしても、ロシアに科された経済・金融制裁は簡単には解除されない。加えて、アメリカの利上げに端を発する世界的なドル高の流れもあり、ルーブル相場には引き続き強い下落圧力がかかると考えられる。

この間、ロシアではあらゆるモノやサービスの価格が急速に上昇しているようだ。

急速なインフレ進むロシア

3月23日のモスクワ。経済制裁の影響で、空っぽになった陳列棚もある。完全撤退を決めたのは大手ブランドのほか、外資系スーパーもある。

3月23日のモスクワ。経済制裁の影響で、空っぽになった陳列棚もある。完全撤退を決めたのは大手ブランドのほか、外資系スーパーもある。

Vlad Karkov/SOPA Images/LightRocket via Getty Images.

ロシアでは、最新2月の月次消費者物価は前年比9.15%上昇と、7年ぶりの高い伸び率となった。3月に入ってからもインフレは加速しており、3月25日時点の週次インフレ率は前年比15.66%と、3月18日時点(14.53%)よりも伸び率を高めている。

この急速なインフレは、主にルーブル安に伴う現象だ。しかし今後は、インフレの主因がルーブル安から供給不足に変質するという指摘がなされている。こうした状況を、一部のメディアや識者は「ソ連型インフレ」と表現している。では、このソ連型インフレとは通常のインフレと一体何が違うのだろうか、以下で解説してみたい。

「ソ連型インフレ」とは何か

ソ連(ソビエト社会主義共和国連邦)は、1922年12月から1991年12月まで存在した史上初の社会主義国家だった。かつてはアメリカと世界を二分し、同様に社会主義体制を導入した東欧諸国と共に東側陣営を形成した。その経済は市場による取引ではなく、政府が作成する計画に基づいて営まれる「計画経済」だった。

ソ連では、モノやサービスが常に不足していた。重化学工業化にまい進した結果、軽工業や農水業を軽視し、生活に必要な消費財やサービスの慢性的な不足を招いた。こうした不足こそが計画経済の特徴であると、ハンガリーの著名な経済学者であったコルナイ・ヤーノシュ(1928~2021年)は指摘している。

国際社会による経済・金融制裁を受けて、ロシアの貿易はすでに縮小が進んでいるようだ。

今後、ロシアの貿易はさらに停滞すると予想される。以前取り上げたように、ロシアは化石燃料の取引を除けば、実質的に貿易赤字の国だ。つまり、国内で生産できるモノやサービスには限りがある。そのため、ロシアの先行きはさらに「不足」が深刻化する。

モノやサービスが不足すれば、おのずと物価は高騰する。

モノやサービスが常に不足していたソ連の状況を今後のロシアになぞらえて、ロシアがこれから「ソ連型インフレ」に直面するという論調は説得力を持つ。しかし、実際にソ連ではそうした「物価の高騰」は、少なくとも表面上は生じていなかった。それは一体何故だろうか。

「不足のインフレ」を封じ込めることで生まれる歪み

ロシアのあるショッピングモールにあるユニクロ。営業休止を続けている。

ロシアのあるショッピングモールにあるユニクロ。営業休止を続けている。

Oleg Nikishin/Getty Images.

それというのも、ソ連ではモノやサービスの価格が規制されるとともに、配給制が敷かれていたからだ。その結果、ソ連ではインフレは確かに抑えられたが、代わりに配給を待つ国民が商店や役所に長蛇の列を作ることになった。ソ連時代のニュースを見た人々の中には、そうした行列の姿を記憶にとどめている人も多いだろう。

またソ連時代の人々は、政府の規制が行き届かない闇市場(ブラックマーケット)において、公定価格ではなく需給を反映した実勢価格でモノやサービスを取引しているとされる。闇市場での取引なくして、ソ連時代のロシアの人々の生活は成り立たなかったとさえ言われる。当然、実勢価格は公定価格よりもはるかに高かったはずだ。

ソ連崩壊を受けてロシア政府は配給制を廃止し、1992年に価格を自由化した。その結果、それまで抑え込まれていた需要が爆発し、ハイパーインフレーションが生じる大きな原因となった。世界銀行によると、翌1993年のロシアの消費者物価は前年比874.2%と9倍近い上昇を記録、その後1995年まで3桁台の上昇率が続いた。

ロシアが今後、不足に伴うインフレ対策として価格統制や配給制まで踏み込むかどうか定かではない。とはいえ、仮に価格統制や配給制を導入した場合、表面上はインフレが抑えられたとしても、闇市場での取引が拡大する可能性が極めて高い。また将来的に統制を解除しても、結局はハイパーインフレが生じることになる。

なお現状でも、米ドルやユーロなど信用力が高い外貨の取引では、個人間の取引、すなわち闇市場での取引が活発に行われていると考えられる。また、こうした外貨を介して、自動車などの耐久財も、個人間で取引されている可能性が高い。

ソ連型インフレに有効な手立てがない理由

そもそも物価の上昇とは、需要が供給を上回るときに生じる。

その中でも、需要の要因に伴い生じる物価の上昇を「デマンドプル型インフレ」と言う。好景気に伴い需要が刺激されるときに、そうしたインフレは起きる。このインフレであれば、財政・金融政策といったマクロ経済政策を通じて安定化させることができる。

一方で、供給の要因に伴い生じる物価の上昇への対処は非常に難しい。

原油高のような供給の「コスト」の問題を反映したインフレは、コストプッシュ型インフレといわれる。このタイプのインフレの場合でも、モノやサービス自体が流通している限り、コスト高という問題はあるにせよ、経済活動を続けることはできる。

他方で、ソ連型インフレのようにモノやサービスの供給そのものが不足すれば、経済活動がままならなくなる。そうした供給不足の問題は、マクロ経済政策ではまず解決することができない。結局のところ、ロシアがソ連型インフレを解消するためには、「国際社会から科された経済・金融制裁が緩和されること」が不可欠となる。

とはいえ現状では、国際社会がロシアに対する経済・金融制裁を緩和する展望など描くことができないばかりか、制裁はむしろ強化される方向にある。

有効な手立てがないままに、ロシアの経済は今後「ソ連型インフレ」に苛まれることになるだろう。

ロシアの人々は極めて厳しい生活を強いられることになると懸念される。

(文・土田陽介

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