採用試験として話題の「デザイン思考テスト」とは何か?開発した企業のCEOに聞いた。
横山耕太郎撮影(左)、VISITS Technologies提供(右)
企業の採用試験で、いま、急速に導入が進んでいるテストがある。
2014年に創業したベンチャー企業・VISITS Technologiesが開発した「デザイン思考テスト」だ。
人材育成などの目的で大手を含む200社以上が導入しており、受験者数は17万人を超える(2022年3月時点)。
就活などの採用試験で使われているテストと言えば、リクルートマネジメントソリューションズが提供する「SPI」や、日本エス・エイチ・エルの「玉手箱」が定番で、計算問題や性格検査が中心だ。
しかし、このデザイン思考テストは、人物とシチュエーションを設定し、その人物のニーズとその解決策を考えるもので、従来のテストとは内容が全く異なる。
それゆえ、Twitter上には「何をどう評価されているのか分からない」など、初めて受験した就活生からは戸惑いの声が目立つ。
そもそもこのテストは、どんな能力を、どのように評価するものなのか?
ゴールドマン・サックスで「AIファンド」
受験者数は急激に増えている。
提供:VISITS Technologies
「デザイン思考テストに正解はありません。高い評価を得るポイントは、人物の気持ちに共感できているかどうかにかかっています」
デザイン思考テストの開発者で、テストを運営するVISITS Technologies・CEOの松本勝氏はそう話す。
松本氏は東京大学大学院でAIなど工学を学んだ後、2001年にゴールドマン・サックスに入社。トレーダーが担当していた取引を、AIで自動化する業務に関わり、2010年にAIを使った投資ファンドを設立した。ゴールドマン・サックス退社後の2014年、VISITS Technologiesを起業した「AIの専門家」だ。
デザイン思考テストは2019年にローンチしたばかりのテストだが、「イノベーションを起こせる人材」を求める企業からの問い合わせが急増しているという。
「これまで採用できていなかった人材と出会う目的で、大手企業からの導入も増えています。そもそも大学の偏差値とデザイン思考テストの結果の相関性は低い。出身大学が偏っている企業にとっても、これまでとは違う評価基準を提供できている」
「ビジネスにおける創造性」を定量評価
CEOの松本氏は「他人に深く共感することがイノベーションには求められる」と話す。
撮影:横山耕太郎
デザイン思考テストで評価するのは、「ビジネスにおける創造性(クリエイティビティ)」という。
「イノベーションを起こすには、創造的な思考が必要です。しかし、これまで創造性は、テストで評価することはできないとされてきました。実際に創造性をどう定義するかは、答えのない問題です」
しかし松本氏は「ビジネスにおける創造性」に限定し、それを「他人に共感し、課題を発見・解決する力」と定義。独自のアルゴリズムによって、ビジネスにおける創造性を定量評価するテストを開発したという。
テストはオンラインで実施され、自分で回答する前半部分と、他のテスト受講者の回答を評価する後半部分で構成されている。
結果は最低評価のEランク(受験者の下位20%)から、最高評価のSSランク(上位1%)まで7段階で評価される。
ペルソナの願望を想像する
では実際に、どのようなテストで創造性を評価するのだろうか?
前半では、選択肢の中から自分で設定したペルソナが、どんな願望を持っており、その願望をどうすれば解決できるか考えて記入する。
前半の「創造セッション」のイメージ。誰が、どこで、いつ、を項目から選択しペルソナを設定する。
提供:VISITS Technologies
ペルソナに応じた解決策を考え回答する。
提供:VISITS Technologies
例えば、「話し好きな父親」が「近所のスポーツジム」で「急いで走っている時」という設定で、さらに「履歴を共有する技術やデータ」を使えるとした場合、次の回答例が考えられるという。
- 願望…「メタボ気味の中年男性は、家族や職場の悩みを共有できるジム仲間がほしい」
- 解決策…「ジムで目標を共有するパートナーを設定できるアプリを開発。走った距離やトレーニング時間を確認し、励まし合うチャット機能もつけることで、一人だと怠けてしまうトレーニングを継続的に続けられる」
この回答例について松本氏は「同じ目標に向かう体験を通じて、悩みを共有できる人間関係を構築するという解決アイデアになっている」と解説する。
日米で特許取得のアルゴリズムで評価
評価パートでは、「共感度」など4つの項目を4段階で評価する。
提供:VISITS Technologies
続く後半部分では、他の受験者の回答を評価する。
このテストが独特なのは、他の回答を評価することで、逆に自分も評価されるという点だ。最終的な成績評価は、AIを駆使したアルゴリズムで算出されるといい、VISITS Technologiesはこのアルゴリズムの開発で、日米で特許を取得している。
「多数決のように、他の受験者から人気が高い回答が高評価になるわけではありません。まず回答パートで、質の高い回答をしている受験者を『目利き力が高い』受験者と認定します。そして目利き力の高い受験者から、回答がどう評価されたのかで最終的な評価を計算しています」
「イメージはグーグル検索です。検索上位に表示されるためには、ただアクセス数が多いだけではなく、他のサイトからの引用数が多いなど、サイトの質やアクセス数などの相関係で評価されています。デザイン思考テストも同様で、AIが複合的に評価しています」
就活生「どう評価されたのか分からない」
就活生からは戸惑いの声も聞こえる(写真はイメージです)。
撮影:横山耕太郎
高度なアルゴリズムで設計されたデザイン思考テストだが、就活生からは困惑の声も多いのも事実だ。
第一志望群の企業の入社テストで、SPIとデザイン思考テストを受けたという都内の私立大学4年生のリサさん(仮名、21歳)は、取材に対しこう話す。
「結果は『Aランク』だったのですが、何の能力が、どう評価されたのか、全くわかりません。テスト後半の評価では、どの回答が当たるのか、運次第ですし。就活という大事な場面なので、納得できる形にしてほしい」
就活生のこうした声に対して、松本氏は「デザイン思考テストの目的が伝わっていないのは残念に思っている」とした上でこう語る。
「デザイン思考は今後のビジネスで必要となる考え方であるだけでなく、自分のキャリアを考える上でも有効な思考法。就活テクニックとしてではなく、思考の仕方そのものに興味を持つきっかけにしてほしい」
デザイン思考が、どうキャリア構築に役立つのか?
「デザイン思考は、目的から逆算して考えるアプローチです。キャリアについても、目の前のCanを積み上げていくのではなく、こんな人生を送りたいというWillから逆算して、自分の体験をデザインしていくことにつながる。
20年、30年後にどんな生活をしていたいのか? そのためにどんなスキルを身につけたり、どんな仕事をすればいいのか? 目的から逆算して努力するという考え方が身につきます」
DX時代にデザイン思考?
VISITS Technologiesでは、デザイン思考テストに加えて、eラーニングサービスも展開している。
デザイン思考テストWEBサイトよりキャプチャ
デザイン思考テストで注目されるVISITS Technologiesだが、もう一つの主力事業として「DX能力」を伸ばすためのeラーニングサービスも展開している。現在、採用試験でデザイン思考テストを導入した企業では、社員向けのeラーニングサービスの契約も伸びているという。
松本氏は「コロナの影響もあり、DX人材育成の需要は今後も高まっていく」とみる。
「DXは紙を電子化したり、電子化したデータを連携したりするだけではありません。デジタルの力で、新しい顧客体験を創出することまで含めてDXです。
つまり資本のないベンチャー企業であっても、大企業を一瞬で抜かす可能性があるのがDXと言えます」
松本氏がDXの成功例として挙げるのが、ウーバーやエアビーアンドビーなど、既存の業界にゲームチェンジをもたらしたベンチャー企業だ。
「ウーバーは自社で車を所有せず、移動体験を変えました。DXによるゲームチェンジの危機に気が付いた大企業では特に、DX人材やイノベーションを生み出せる人材を求めています。DX時代だからこそ、デザイン思考が求められているのです」
(文・横山耕太郎)
編集部より:表現の一部を修正し、画像を差し替えました。2022年4月12日 10:20