サウスチャイナ・モーニング・ポストのNFT「アーティファクト」
South China Morning Post
NFT(非代替性トークン)市場は2021年、410億ドル(約5兆1660億万円、1ドル=126円換算)に膨れ上がり、メディア企業も収益性を見込んでいち早く参入している。
ニューヨーク・タイムズ、CNN、タイムなどのメディア企業は、過去1年間にNFTを相次いでリリースし、大なり小なり成功を収めている。
経営コンサルタント会社スパロー・アドバイザーズ(Sparrow Advisers)の共同創業者兼プリンシパルのアナ・ミルセヴィッチ(Ana Milicevic)は、「収益の多様化という観点からは賢い動きです。このようなデジタル資産は、既存の読者にとっても生涯価値(編注:一つの記事が長期的に生み出す価値。LTVとも)を高められますし、同時にコレクターという全く新しい顧客層を惹きつけることもできます」と話す。
しかし、こうした初期の試験的な取り組みにとどまらず、NFTの長期的な実用性やメディア企業のマーケティングや運営と融合できるのかなどの疑問は残る。ミルセヴィッチは「メディアにとって、主要事業でもないNFTプラットフォームのセキュリティ対策に投資し続けられるのでしょうか」と疑問を投げかける。
Insiderは、NFT分野に先駆けて参入した伝統的なメディア企業5社をリストアップした。まだ初期の実証実験を行っている企業もあれば、数百万ドルの売上を挙げている企業もある。
1. AP通信(The Associated Press)
米名門AP通信は2021年5月、創立175周年を記念して初めてNFTを発表した。同社のウェブサイトによると、歴史的に重要な報道写真のなかから「芸術的な写真」10点を厳選し、NFTとしてオークションに出品した。なかには、1945年に硫黄島でアメリカ国旗を掲げた米兵の写真も含まれている。
AP通信はブロックチェーン技術を利用するオンライン百科事典サービス会社エブリペディア(Everypedia)やNFTマーケットプレイスのオープンシー(Opensea)と提携し、デジタルアーティストとともに世界で唯一無二のNFT作品を共同制作した。
硫黄島のNFTは、バイオリニストのニック・ケネリー(Nick Kennerly)が作曲したオリジナル曲をBGMに、写真家ジョー・ローゼンタール(Joe Rosenthal、「硫黄島の星条旗」の撮影者)によるその他の貴重な画像も収録されている。また、ローゼンタールのネガを現像したオリジナルプリントのデジタル版やAP通信が保有する硫黄島のアーカイブ映像と音声も含まれているという。
ローゼンタールの写真は、歴史的瞬間をとらえたNFT写真全10点のうちのひとつとして出品された。
Joe Rosenthal/AP
NFTキャンペーンの好調な滑り出しを受けて、AP通信は2022年1月に独自のNFTマーケットプレイスを開設した。同社に現在所属しているか、以前所属していたフォトジャーナリストによる報道写真のほか、「デジタル処理で美しく仕上げられた」写真も販売している。
AP通信によると、NFTには撮影日時や場所、そして使用された撮影機材や撮影技法などのメタデータも含まれている。
AP通信は2020年11月、同年のアメリカ大統領選挙の投票結果をブロックチェーン上で公開して話題を呼んだ。その投票データを記録したNFTをオープンシーにて出品すると、18万5000ドル(約100イーサ、約2331万円)売れた。
しかし、このマーケットプレイスを事業として今後も継続するかは不透明である。AP通信はInsiderのメール取材に対し、「NFTのマーケットプレイスは試験的な取り組みであり、現在はその評価中です」と述べている。
2. CNN
CNNのウェブサイトによると、「Vault(金庫)」と名付けられた同社のNFTプロジェクトでは、これまでに放送された「記憶に残る世界の出来事」の実際のテレビ映像をNFT化し販売している。
同社のマーケットプレイスに掲載されているNFTは、誰でも自由に閲覧できる。なかには、2020年のアメリカ大統領選でCNNがバイデンの勝利を予想した20秒間の映像のコピー映像46本が売り出されていた。ウェブサイトによると、1本500ドル(約6万3000円)の価格ですべて完売している。
CNNの新商品開発担当のシニアディレクター、ジェイソン・ノバック(Jason Novack)はVaultについて、「NFTコレクターにとって、思い入れのある報道に関連した作品を所有できるのは嬉しいことです。その報道内容を支持していたり、記憶に刻むためだったり、あるいは意義を感じたりと、購入する理由はさまざまです」とメール取材に答えた。
CNNがマーケットプレイスでこれまでに売り上げた金額は不明だが、出品されたNFTのほとんどが完売しており、出品価格から売上は数十万ドルと推計される。
「NFTは、これまで経験したことのない、全く新しい可能性をもたらしています。確固たる収益源になるかもしれません」とノバックは話す。
3. ニューヨーク・タイムズ(NYT)
NYTのテックコラムニスト、ケビン・ルース(Kevin Roose)は、自身が執筆したコラムのNFTが56万ドル(約7056万円)で落札された際、ただの記事の画像になぜ「高級車ランボルギーニ並みの買い物」をする人がいるのか不思議に思ったという。
デジタルアーティストのビープル(Beeple)が制作したNFTコラージュ作品がオークションにて6900万ドル(約87億円)で落札されたり、クリプトパンク(CryptoPunk)のNFTアートが2300万ドル(約29億円)で売却されたりしたことと比べれば、ルースの売上は微々たるものかもしれない。しかしオークションに参加した入札者からは、このNFTが「歴史的な転換点になる」と確信したという声や、NYTが「我々のコミュニティと真摯に向き合い、リアルに対話しようとしている」と称える声が挙がっている。
NFTのNYT
@KevinRooseがFoundationプラットフォームでNFTを発行するというメタ・コラムを執筆し、そのコラムをNFTとして発行。
@NYTimesの長年にわたる歴史で初のNFT。「ブロックチェーン上でこのコラムを買おう!」
オークション開催中→ http://foundation.app/kevinroose/the-new-york-times-x-nft-13129
落札したドバイの音楽制作会社「3Fミュージック(3F Music)」は、「我々のビジネスを宣伝するだけでなく、アーティストやアート市場を支援するため」にこのオークションに参加したとルースに語った。
売上はNYTの慈善団体ニーディスト・ケース基金(Neediest Cases Fund)に寄付された。
NYTはコメントを控えている。
4. プレイボーイ(Playboy)
プレイボーイは2021年4月、「リキッドサマー(Liquid Summer)」というNFTコレクションを展開し、初めてNFT市場に参入した。アーティストのスライムサンデー(Slimesunday)によるデジタルアート作品を売り出したところ、3分足らずで完売したという。
その後、プレイボーイはアーティストとのコラボを通してさらなるアート作品をリリースすると発表し、仮想空間ディセントラランド(Decentraland)でイベントも開催している。
最近では、「ラビター(Rabbitars)」という1万1953種類もあるユニークなウサギの3DキャラクターをNFTとして発行し、販売している。ジェネレーティブNFT(プログラムを用いて自動で大量に生成されるNFT)として制作されたラビターには一点一点異なった特性があり、その所有者は会員限定のイベントに参加したり、特典グッズやアート作品を入手できたりする。
2021年11月の決算発表で、プレイボーイ・グループ(PLBY Group)のベン・コーン(Ben Kohn)CEOは、0.1953イーサ(約900ドル、約11万円)から売り出されたラビター・コレクションは「即座に」売り切れ、800万ドル(約10億円)を超える売上があったと述べた。
最近の決算発表でも、コーンは2021年第4四半期の売上高がラビターの販売によって「後押しされた」と明かした。同グループのランス・バートン(Lance Barton)最高財務責任者は、「高いブランド価値」があるからこそ、プレイボーイの顧客は900ドル(約11万円)の出費を惜しまないと語る。
オープンシーの取引履歴によると、4月12日の時点で確認されたラビターの最高値は、2021年11月頃に記録した10イーサだ。当時イーサは4500ドル(約57万円)近くで取引されていた。
同グループ傘下のプレイボーイ・エンタープライジズ(Playboy Enterprises)のブランド・戦略責任者レイチェル・ウェバー(Rachel Webber)は、Insiderのメール取材に対し、NFTがメディア企業にもたらしうる可能性について語った。
ウェバーは、NFTは顧客に何らかの特権や特典を提供するための「チケット」や「手段」にもなると考えており、ロイヤリティの高い顧客に報いるためにも、観客を巻き込む仕組みを整えることが重要だという。
また、自律分散型組織(DAO※)を通じて顧客にクリエイティブな活動に参加してもらったり、デジタルアイテムのみならず物理的なモノに対する証明書としてNFTを提供したりすることも見据えている。
ブロックチェーンに基づく組織や企業の形態の一つで、特定の中央管理者を持たず、組織内の構成員一人ひとりが同等の発言権を持ちながら運営されている集まり。代表的なDAOとしてはビットコインが挙げられる。マイニングによる報酬としてビットコインが還元される仕組みを作ることで、ネットワーク全体を維持している。
5. サウスチャイナ・モーニング・ポスト(South China Morning Post:SCMP)
SCMPの初めてのNFTコレクションは、香港の返還式典など1997年に報道された出来事を特集したもので、2時間足らずで完売し、約12万6000ドル(約1588万円)の売上があったという。
このコレクションは、SCMPが制作したNFTがランダムに5個ずつ入った「ミステリーボックス」1300個で構成されている。各ボックスの価格は97FUSD(約9000円、1FUSD=93円換算)だ。なお、FUSDはカナダのダッパーラボ(Dapper Labs)が開発した独自ブロックチェーンであるFlow上で発行されるステーブルコインで、米ドルにほぼ1:1で担保される。
サウスチャイナ・モーニング・ポストのNFT「ARTIFACT」NFTの一例。
South China Morning Post
「ARTIFACTs by SCMP(SCMPによるアーティファクト)」と名付けられたコレクションの販売は、香港を拠点とする同社の壮大なNFT戦略のほんの一部である。2021年7月には、「ARTIFACT(アーティファクト)」と称するメタデータ構造の規格を発表した。その説明資料によると、「ブロックチェーン上で史実の記録を標準化し、不変性と分散型所有権を確保する」ことを目指すとしている。
サウスチャイナ・モーニング・ポストが提案するメタデータ規格の一例。
South China Morning Post
実際、SCMPは博物館やメディア企業、出版社、学術機関などがNFTを発行する際に、同社のメタデータ規格を利用することを期待している。広く普及すれば、数々の出来事をブロックチェーン上に記録するための国際規格として認められるかもしれない。
この規格は、図書館がコレクションの目録作成に使用する規格である「記述メタデータのスキーマ(MODS)」や芸術作品の記述標準である「芸術作品記述のためのカテゴリー(CDWA)」に基本的に代用できると同社は主張している。
SCMPのCEOを退くゲイリー・リュー(Gary Liu)は、「伝統的な報道機関も、ブロックチェーン技術を使って事業を拡大したり、既存の資産を活用した新しいビジネスモデルを追求することに強い意欲を持っているのだと実感しました」とInsiderに話す。
SCMPは2022年3月、NFTプロジェクトを統括する部門を分離・独立させ、アーティファクト・ラボ(Artifact Labs)を設立した。新会社の初代CEOには、現CEOのゲイリー・リューが就任する予定だ。
(翻訳:西村敦子、編集:大門小百合)