いよいよ日本国内でも、3Dプリンターを活用した建造物が建築され始めている。
2月、神奈川県鎌倉市にある建設用3Dプリンターを開発するスタートアップのPolyuseが、日本初となる「3Dプリンターを使った建築許可を得た建築物」を建築した。
群馬県渋川市内に建てられたこの建築物は、「倉庫」として活用されるという。
実際の様子を見てみよう。
1パーツ約1トンの重さの壁面を3Dプリンターで作り、組み上げた。この建物の壁面は、合計12個のパーツで作られている。1つのパーツを作るのにかかる時間は5時間程度。
撮影:三ツ村崇志
建物の内部。各パーツの分かれ目がはっきりと分かる。壁が縞模様に見えるのは、3Dプリンターで積層しながらパーツを作っているため。
撮影:三ツ村崇志
内壁を塗るとこの写真の右側のような状態になる。
撮影:三ツ村崇志
印刷初期に作った壁(左)と、後半に作られた壁(右)。壁は原料のモルタルを3Dプリンターで積層して作られるが、施工初期よりも後半の方が「ムラ」なくうまくパーツを作れるようになったという。
撮影:三ツ村崇志
3Dプリンターでは、内壁と外壁を一気に作ることができる。
撮影:三ツ村崇志
壁を曲面にするなど、通常の建築方法では作りにくい構造を簡単に作れるのが3Dプリンターを使うメリットの1つ。人の大きさと比べても、それなりの大きさの建物であることが分かる。
撮影:三ツ村崇志
ところどころ出っ張っている部分には、屋根を支える支柱が入っている。
撮影:三ツ村崇志
3Dプリント建築が日本でも加速
Polyuseは、今回の建造物について
「本件は国内初の『建築許可を取得した建築物施工の成功事例』であり、海外で先行する建設用3Dプリンティング建築の国内適応技術を実証・確立した国内初の事例となります」
と発表している。
3Dプリンターが登場して以来、住宅建築をはじめ、建築業界での需要が期待されている。世界では3Dプリンターを使った建築物の事例が度々報告されているものの、国内ではまだ事例が少ない。
その理由の1つとして、日本では一定のサイズ(床面積10平方メートル)より大きな建築物を作るには、行政からの建築許可が必要になる点に難しさがある。3Dプリンターで印刷したパーツをレゴブロックのように単に積み上げただけの建築物には、建築許可が降りないのだ。
一般的な一人暮らし用の6畳一間の住宅でも、床面積は10平方メートル以上ある。そう考えると、3Dプリンターを使って普段使いできるレベルの建築物を現在の法律に則った形で建てるには、「建築許可の壁」をクリアする必要がある。
今回、Polyuseは群馬県にあるMAT一級建築士事務所と協力してこの建築許可の壁を解決。建築許可を得た上で、実際に3Dプリンターを使って倉庫を建築した。
建築許可に必要な建物の「骨組み」
壁を構成する1パーツ。
提供:Polyuse
「倉庫」を建築する上で、まず3Dプリンターで建物の「壁面」のパーツを12個製作した。3Dプリンターの「インク」には、モルタルを使用した。モルタルは、通常の建築物でもよく使われるもので、建築基準法的にも問題はない素材だ。
印刷された壁面のパーツは、1パーツあたりの重さが約1トンにもおよぶ。このパーツを組み合わせることで、建物を覆う壁を作っている。ただ、単純に壁面のパーツを組み合わせただけでは、前述したとおり建築許可を得ることができない。
MAT一級建築士事務所の田中朋亨代表は、
「日本の建築基準法では、必ず『構造』が必要になります。『構造』というのは、木造、鉄骨、RC造などのことです」
と、3Dプリンターで印刷したパーツを組み合わせる際に、建物の骨格ともいえる「構造」が必要になると話す。
3Dプリンターで作られた壁を組み上げていく様子。 提供:Polyuse
提供:Polyuse
今回建築した倉庫は、3Dプリンターで作った壁のパーツを鉄筋を組み合わせることで支えている。こうすることで、壁の部分は3Dプリンターで作られていながら、建築基準法上で求められる「構造」が担保されるわけだ。
「今の建築基準法上でも、こういうことをすれば建築許可を得ることができるということを示せたと思っています」(田中代表)
現在の建築基準法上では、3Dプリンター用の基準などは設けられていない。
そのため、そもそもこのような設計が建築基準法的に問題がないかどうか、所管する省庁とも念入りに確認をした上で準備を進めてきたと、Polyuseの岩本卓也代表は語った。
工期を3分の2に短縮、3Dプリンターで広がる建築の幅
MAT一級建築士事務所の田中朋亨代表。
撮影:三ツ村崇志
建築現場では、3Dプリンターを活用することで、工期の短縮や人件費を削減できることがメリットとして挙げられるケースが多い。
田中代表は、実際に施工した感触を次のように語った。
「工期は半分まではいかないにしても、3分の2くらいには短縮できたと思います。工期が短縮されれば、人件費も安くなります。外壁と内壁を3Dプリンターで一気に作っているので、そのコストも削減できます」(田中代表)
また、3Dプリンターでは、従来の工法では難しいとされている曲線を描きやすい点も特徴だ。曲線を描きやすくなれば、設計の幅は間違いなく広がるはずだ。
ただ、3Dプリンターが使えるようになったからといって、どこにでも3Dプリンターを活用すれば良いというわけではない。実際の建築物には、直線の部分もあれば、曲線の部分もある。
「人の手で作るところは人が作り、手助けとして機械(3Dプリンター)を使えば良い。うまく分業できればいいと思います」(田中代表)
実際に建築してみると、従来の工法とは異なるノウハウが必要になったり、安全管理上で気をつけなければならないことがあったりと、さまざまな課題も見つかった。
今回、Polyuseらが建築した「倉庫」も、水回りを整備したり、ガスなどを敷設したりすれば、理屈上は住居としても活用できる。しかし、田中代表は「まずはこの1年間ほどで、日本の四季を通してどういう温度設定や湿度になるのかなどを研究していきたいと思っています」と、慎重に技術を見極めていく必要があると指摘する。
今回、実際に施工したことで、Polyuseには「建設用3Dプリンタ元年にふさわしいほどの施工依頼を頂戴しております」(岩本代表)という。ただ、課題もある。
「(3Dプリンターの)吐出量の安定化、より効率的な施工プロセスの検討、使用する材料価格の低減などの課題がまだまだ山積していますので、研究開発を実施して引き続きリーディングカンパニーとして業界発展に寄与していきたいと思います」(岩本代表)
2022年3月には、兵庫県にある3Dプリンター住宅メーカーのセレンディクスも、建築許可は未取得ながらも3Dプリンター使って住宅を建築したことを発表している。
この先、建築現場にどのような形で3Dプリンターが導入されていくのか。制度や基準作りの1歩目が、いよいよ日本でも動きつつある。
(文・三ツ村崇志)