今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
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スポンサーがいないからこそ、つくれるコンテンツ
こんにちは、入山章栄です。
今回は、ひょっとしたらBusiness Insider Japanの読者のみなさんにもファンがいるかもしれない大人気Podcast番組の魅力について語りながら、これからの時代のコンテンツのあり方を読み解きます。
BIJ編集部・常盤
最近、Podcast番組「歴史を面白く学ぶコテンラジオ」が話題です。私も最近聞き始めたのですが、今日はその魅力を入山先生に分析していただければと思います。
入山先生は前から「コテンラジオが面白い!」っておっしゃっていましたよね。入山先生とコテンラジオの出会いはいつだったんですか?
そうですね、たしか2〜3年前から、僕の周りの感度のいい起業家たちから「コテンラジオって面白いんだよ」という声を聞くようになりました。
「コテンラジオ」の主な出演者は3人。深井龍之介さんが主な話し手を務め、樋口聖典さん、ヤンヤンこと楊睿之さんが聞き手となって、歴史に関する特定のトピックについて詳しく解説していきます。
深井さんは株式会社COTENの代表で、歴史の授業をビジネスとしてやろうとしているので、Podcastはそのためのコミュニティ拡大の手段のひとつという位置づけです。
最近ではコテンラジオの内容が『世界史を俯瞰して、思い込みから自分を解放する 歴史思考』として書籍化されています。
この深井さん、樋口さん、ヤンヤンの男子3人の関係性がめちゃくちゃいいんですよ。大学の部室にお邪魔して、みんなのワチャワチャしたおしゃべりを聞いているような楽しさがある。
「われわれは歴史のプロではない」という謙虚さを持ちつつ、本を読んで学んだことと、自分たちの意見をしっかり分けて話すところにも共感します。僕はこの連載で何度か、「これからは音声メディアが来る」という話をしていますが、コテンラジオはまさにその象徴でしょう。
コテンラジオでは、エリザベス女王を取り上げると決めたら、例えばイギリス王室の起源などから掘り起こしていくんです。
おそらく収録時間は1テーマにつき、3時間とか4時間以上になるのではないでしょうか。もっと長いかもしれませんね。それを1話あたり40分くらいにして、5~8話くらいに分けて配信する。
すべてこの調子で詳しく語るので、仮に織田信長について語るのであれば、信長本人が登場するのは6話めくらいからだったりする(笑)。
織田信長が現れるまでの背景や歴史的な流れを理解してほしいというのが深井さんのポリシーなので、「武士とは何か」みたいな話から入るわけです。
こんな悠長なことは、スポンサーがついている既存メディアではまず不可能。限られた放送時間の中で聴取率を上げるためには、いきなり最初からハイテンションで面白いことを言ってください、というのが番組づくりのセオリーですから。
BIJ編集部・常盤
いきなりサビ、みたいな感じですね。
そう、でもコテンラジオはPodcastだから時間制限もほとんどないし、独自の「サポーター制度」をとっているので、スポンサーに忖度する必要もない。
だから歴史の壮大なコンテキスト(文脈)をじっくり語れる。当然話は長くなります。
これが画面だったら見ているうちに飽きてしまいますが、音声だから、何かしながら耳だけ聴いていれば、いくらでも付き合えるわけです。
情報はNewsPicks、コンテキストは「テラスハウス」
コテンラジオの話をしていて思い出しましたが、これからの時代のコンテンツは、「必要な情報を摂取するもの」と「コンテキストをゆったり味わうもの」に分かれる、というのが僕の持論なんです。
例えば国際線の飛行機の機内では、好きな映画を選べるようになっていますね。
特にコロナ前に国際線に乗っていた時など、僕はいろいろな映画の「ラスト15分だけ」を4~5本まとめてよく見ていました。
見逃しているけど気になっていた映画って多いじゃないですか。でもフライトの間にその全ては見られない。だとしたら、ラスト15分だけでもまとめてみて、それぞれの映画の結末がどうなっていたかだけでも知りたい、ということなんです。
そしてある日、この僕の行動を僕が当時教えていた社会人大学生のゼミ生に話したら、「先生、実は私も同じことをやってます! それって映画を見たいんじゃなくて、情報だけ知りたいってことですよね」と言われて「なるほど」と思ったんです。
これだけ情報が氾濫すると、人間は「情報の取得にせっかち」になります。いま何が起きているかをすぐに理解したい。そのニーズに応える代表例が経済メディアのNewsPicksだと思います。
「1分で分かる解説」とか、「すぐ分かるウクライナ問題」とか、ビジュアルで最低限のポイントだけ教えてくれるから、とても便利ですよね。
でもそういうふうに情報だけを摂取していると、反作用でコンテキスト(文脈)そのものをゆったり味わいたいという欲求も高まってきます。
役に立つとか立たないとかどうでもいいから、いい感じで流れに身を任せられるコンテキストを求めるようになる。そしてその究極の例がNetflixの「テラスハウス」だ、というのが僕の意見なんです。
BIJ編集部・小倉
「テラハ」ですか。複数の男女が同居することで起こる出来事を追っていくリアリティ番組ですね。
そう、悪い意味ではなく、「テラハ」には役立つ情報は何もないでしょう。ただ男女がくっついたり離れたりしているだけだから。でも「テラハ」が好きな人たちは、あの流れ、文脈にゆったり身を委ねたいわけです。
というわけで、コンテンツには「情報」と「コンテキスト」の2種類がある。この情報過多の時代には、その両者が二極化しつつあるのかもしれない。そして僕の考えでは、音のメディアは比較的コンテキストに強い。
なぜなら音声情報というのは、以前にこの連載でも紹介したイェール大学の研究者の研究にもあるように、視覚情報よりも共感性が強いからです。
コテンラジオを聞いていると自分も大学の部室にいるような気がしてくるのは、まさにその効果でしょう。
歴史とはコンテキストである
さらに「コテンラジオ」の一番の魅力は、「歴史とはコンテキストである」ということがリスナーに伝わることだと思います。コテンラジオで今回のウクライナ問題を解説した回がまさにそう。
いまのロシアとの戦争の話をする前に、現在のウクライナ周辺地域にはもともと東スラブ民族がいて、彼らがキエフ公国という国をつくって、そこにバイキングがやってきて……というように、1000年以上前の話から始めている。
BIJ編集部・常盤
私もこの回を聴きました。現在の私たちには、「大国であるロシアにボコボコに殴られている弟分のウクライナ」という構図しか見えません。
ところが歴史を遡っていくと、東スラブ民族の起源は実は現在のウクライナのキーウ(キエフ)にあると分かって「えーっ」となるわけですよね。
つまり歴史とはコンテキストそのものなんですよね。それがコテンラジオを聴くとよく分かります。
僕のコテンラジオの楽しみ方は、まず音声でコンテキストを味わい、そのあとその回に登場した国や人物についてもう一度調べること。コテンラジオを聞いたあとだと、めちゃくちゃ頭に入ってきますよ。
BIJ編集部・常盤
テキストと音声の二本立てという意味では、この連載はいい線いってるんじゃないですか(笑)。音声を聞いていただくと分かりますが、このテキストは音声をそのまま起こしているのではなく、読みやすく手を入れているので、短時間で内容をパッとつかむのに向いています。
一方で、コンテキストを楽しむのであれば、音声を聞いていただければいいわけです。
そうですね。音声では僕と常盤さん、小倉さん、長山さんのおしゃべりが聞こえますので、まさに取材に同席している気分・コンテキストが味わえると思います。
テキストで情報を集めるのもおすすめですが、よかったらぜひ音声の方も聴いてみてください。
【音声フルバージョンの試聴はこちら】(再生時間:35分20秒)※クリックすると音声が流れます
(構成:長山清子、撮影:今村拓馬、連載ロゴデザイン:星野美緒、編集・音声編集:小倉宏弥、常盤亜由子)
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。