カーラ・ウーは、アンドリーセン・ホロウィッツに入社1年でインターンからパートナーに登りつめた。
Alex Zhang
ハーバード大学を中退したカーラ・ウー(Carra Wu)は、2020年末、アップル社での8カ月のインターンシップ終了を前に、自身の将来の選択肢について考えていた。
ウーは、アップルでキャリアを続けることも、ハーバード大学に戻ることも、話題のスタートアップ企業に就職することもできた。アップルの前にはマイクロソフトでもインターンとして4カ月働いていたウーは、どんな話題性のあるユニコーンにでも参加する切符を手に入れていたに等しい。
特に深い考えがあった訳ではないが、ウーは尊敬するベンチャーキャピタリストである、アリアナ・シンプソン(Arianna Simpson)にメールで相談した。シンプソンは当時、シリコンバレーのベンチャーキャピタル(VC)であるアンドリーセン・ホロウィッツ(Andreessen Horowitz:以下、通称であるa16z)の暗号資産担当パートナーだった。現在は同社のゼネラルパートナーを務める。
短いメールの中で、ウーは自分の現状を説明し、どうすればかねてから興味のあった暗号資産業界に関わることができるのかアドバイスを求めた。そしてこのメールがウーのキャリアを大きく変えることになる。
相談から数カ月後の2021年3月、ウーはa16zにインターンとして採用された。同社は、どのライバル会社よりも深く暗号市場に入り込んでおり、専門のファンドで推定90億ドル(約1兆1400億円、1ドル=127円換算)を調達していた。
数カ月のうちにウーはめきめきと頭角を現し、インターンからディールアナリストに昇格。入社から1年が経つ頃にはディールパートナーに抜擢された。彼女は23歳にして同社最年少のパートナーとして、暗号資産業界における新星となったのだ。
本稿では、ウーへの取材や関係者の言葉をもとに、どうやって彼女が1年でパートナーにまで登りつめたのかを紹介する。
VCへの曲がりくねった道
VCの世界に入ったきっかけを、ウーは「壁を登って窓から入ってきた」と振り返る。
Alex Zhang
ほとんどの投資家は、2つの道のうちのどちらかを通ってベンチャーキャピタリストになる。会社を創業・売却(エグジット)して投資家となるか、投資銀行やプライベートエクイティを経てこの世界に飛び込むかのどちらかだ。
しかしウーはそのどちらでもない。VCの世界に入ったきっかけを、ウーは「壁を登って窓から入ってきた」と振り返る。それだけ異色の経歴なのだ。
そもそもウーは一度ならず二度、ハーバードを去っている。一度目は2018年だった。ウーは大学を中退し、分析技術スタートアップ、アプティマイズ(Apptimize)で7カ月働いた。その後、ウーは応用数学、コンピューターサイエンス、経済学の学位を取得するために大学に復学する。
勉学と同時並行で、2019年にはマイクロソフトにインターンとして採用され、「マイクロソフトガレージ」という、社員が自分のアイデアを実際に製品化するためのプログラムで4カ月働いた。
しかし2020年前半、新型コロナウイルスのパンデミックが起き、ウーは再び大学を退学することを決断。今度はアップル社にインターンとして採用され、同社のビデオゲーム戦略に8カ月携わることになった。
アップルでのインターン期間中、同僚から受けたアドバイスは、ウーの心に今も残っているという。
「人生の核となる情熱が何なのかを知る必要はない。たくさんのことに挑戦して、その中からそれぞれの好きなところを見つけ出せばいい。そして、本当に好きなものへとゆっくりと針を進めていけばいいんだよ」
ただしウーは、最終的にアップルのような大企業では働きたくないと悟った。アップルでは、官僚主義がエンジニアをいらだたせるのを目の当たりにしたからだ。
そんな彼女が魅力を感じたのが、新興の暗号資産業界だった。
ダッシュボードを作りa16zにアピール
パンデミックの最初の1年間は、ビットコインをはじめとする仮想通貨の価格が上昇し、一気に普及した。人々がトークンで買いたいもの、使いたいもののための市場が開拓された。そして、分散型金融(ブロックチェーン)、NFTアート、独自の仮想通貨を使用したオンラインゲームなどのプロジェクトが次々に生まれ、新しいユーザーと多くの資金を集めた。ウーはここに注目した。
芽吹き始めたばかりの暗号産業は投資家にとって肥沃な大地だ。特に生まれた時からインターネットと共に育ってきたような若手投資家にはまたとないチャンスとなる。a16z、セコイア(Sequoia)、NFX、パラダイム(Paradigm)などの企業でも、10億ドル(約1270億円)規模の仮想通貨を投資できるスタートアップを探すために、電話をかけてリサーチを行うような若い投資家をエントリーレベルで採用していた。
うまくいけば、こうして発掘されたスタートアップ企業がレイターステージの投資家のお眼鏡にかなう事業に成長し、発掘した若手投資家は会社の利益の分け前と同僚からの評価の両方を得られるかもしれない。近年では、そうした成功を武器に大手企業を離れ、自ら資金を調達する奇才も登場しているほどだ。
ウーは暗号資産業界にオールインする(自分の全てを賭ける)ことを決意した。そこで彼女は、冒頭の通り、シンプソンにa16zのインターンとして雇ってもらえないかと頼んだのだ。
a16zのゼネラルパートナーであるアリアナ・シンプソンは、ウーの貪欲な学習意欲には舌を巻くという。
アンドリーセン・ホロウィッツ
ウーがすごいのはここからだ。a16zでは、それまで暗号のチームでインターンを採用したことはなかった。「a16zは長期間働く人に投資したいからだ」とウーは言う。
そこでウーは、入社希望書類の一つとして仮想通貨取引所であるユニスワップ(Uniswap)に関する投資レポートを書いた。ただし、ただのレポートではない。この取引所のシステムはオープンソースであるため、同社のデータへのアクセスも可能だった。
「だから自分でコードを書いてデータダッシュボードを作り、分析して意見を述べたんです」
こうして、ウーはインターンとして採用された。
1年でインターンからパートナーに
入社してすぐに、興味のあった暗号関連のオンラインゲームや分散型自律組織(DAO)に集中できる環境と、起業家たちとの関係を築くための道をチームから与えられたようにウーは感じたという。
ウーについてシンプソンは「学習意欲が留まるところを知らない」「しかもバカにされるのを気にせず質問していた。これは若手投資家にとってとても重要なことです」とTwitterで評している。
その粘り強さが奏功し、2021年夏にはディールアナリストに昇格した。
投資先の暗号スタートアップ「ブリーダー・ダオ(BreederDAO)」の関係者と記念撮影するウー。
Carra Wu
2021年10月、ウーは、自身初となるスタートアップ企業との取引交渉を行った。他の投資家も狙っている注目のスタートアップだった。
同社に投資すべき理由をプレゼンされたシンプソンは、数時間後、投資オファーを出すようウーに指示した。若き投資家ウーは、夕食を抜け出し、創業者たちに電話をかけたが、オファーは一筋縄ではいかなかった。
創業者たちは、該当の資金調達ラウンドは他の投資家ですでに埋め尽くされ、割り当てはわずかしか残っていないと言う。しかしウーは、多くの出資比率を得られない限り、a16zは投資しないことを知っていた。
このことを創業者たちに説明しつつ、ウーはa16zがスタートアップに対して提供できるサービスを売り込んだ。結局、創業者たちは、他の投資家への割り当てを減らし、a16zのために投資枠を広げることに同意した。
「怖くもありましたが、大事な瞬間でした」とウーは言う。しかし、他のパートナーから何時間ものトレーニングを受けていたこともあり、「交渉のための準備は万端だった」と話す。
その後も彼女は注目のスタートアップへの投資を主導してきた。暗号事業者向けのソーシャルクラブ「フレンズ・ウィズ・べネフィッツ(Friends With Benefits)」や、プレイヤーが仮想の生き物を集めるオンラインゲーム「アクシー・インフィニティ(Axie Infinity)」、プレイヤーがゲームをプレイして実際のお金を稼ぐことができるサービス「イールド・ギルド・ゲームズ(Yield Guild Games)」などが対象だった。
2022年3月には、ウーはさらにディールパートナーに昇進した(ただし、a16zは役職名を膨らませることで知られており、a16zにおける「パートナー」は他のベンチャー企業の「プリンシパル」に相当することに注意が必要だ)。
ウーはa16zに入社してまだ1年だが、2021年12月には暗号投資担当のケイティ・ハウン(Katie Haun)が同僚数名を連れてa16zを退職したため、ゼネラルパートナーへの昇進の道も近づいた。
しかしウーは今、起業家たちとのネットワークを強化し、同僚たちの知恵を吸収することに専念している。加えて、投資家という立場は好ましく受け止めつつ、他のキャリアを否定している訳でもない。
「以前は壮大な計画を追求しようとしていたけれど、そういうこだわりはもうなくなった」と話すウー。今はただ、目の前のプロジェクトを成功させることに集中するのみだ。
(翻訳・住本時久、編集・野田翔)