4月11日、オンラインで会談したアメリカのバイデン大統領(手前)とインドのモディ首相(奥のモニター)。
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海洋進出の動きを強める中国を包囲する形で連携を目指す日米豪印4カ国の枠組み「クアッド(Quad)」のなかで、連携を主導するバイデン米政権にとってインドの存在が重荷になり始めている。
「非同盟」「全方位外交」を掲げるインドは、対中同盟の構築に否定的。ウクライナ危機でも国連のロシア非難決議に際して棄権し、経済制裁にも参加しておらず、米欧日との温度差が目立つ。
ロシア産原油を安値で輸入
バイデン米大統領は4月11日、インドのモディ首相とオンライン協議し、「ロシアからのエネルギー購入の増大はインドの国益にならない」と苦言を呈した。
インドはロシアのウクライナ軍事侵攻後、経済制裁のため値下がりしたロシア産原油の購入を増やし、3月だけで昨年(2021年)1年間の半分に近い1300万バレルを輸入したと伝えられる(ロイター、3月31日付)。
輸入価格は約20%もの大幅な割引で、決済はドルではなく、インドルピーとロシアルーブルを使うとされる。
バイデン大統領とモディ首相の協議に先立つ4月1日、ロシアのラブロフ外相はインドのジャイシャンカル外相と会談。エネルギー分野をはじめとする2国間協力を進める意向を表明しており、現在インドの原油輸入量の2~3%程度を占めるロシアのシェアは今後大幅に増えると予想される。
バイデン大統領がインドにいら立ちを募らせているのは、金融制裁や最恵国待遇の取り消しなど「史上例を見ない」対ロ経済制裁が思うような効果を発揮していないことに加え、アメリカが自陣営と位置づけるクアッドから“制裁破り”が出るのを放置すれば、同盟・友好国に示しがつかないからだ。
アメリカのいら立ち
ロシアのラブロフ外相(右)とインドのジャイシャンカル外相。2021年7月のモスクワ訪問時に撮影。
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国連総会が緊急特別会合を開いてロシア非難決議を採択(3月2日)した際、インドは中国とともに棄権に回り、侵攻後から段階的な強化が続くロシアへの経済制裁にも加わっていない。
理由としては、1947年にイギリスからの独立を果たしたインドは、旧ソビエト連邦の社会主義計画経済をモデルに経済体制を築いた経緯があることが挙げられる。
さらに、インドが現在、戦闘機やミサイルなど兵器・軍事物資の約半分をロシアからの輸入に頼っていることも大きい。2021年12月にはロシアのプーチン大統領がインドを訪問し、10年間の軍事協力計画に調印している。
また、ロシアへの経済制裁に加われば、中国と(ロシア)の接近をあと押しする結果を招きかねない。
こうしたインドの対ロ姿勢について、バイデン大統領は3月21日のビジネスフォーラムで、クアッド4カ国のうち「ややぐらついている」のは「インドだけ」と述べ、不満を露わにした。
インドはアメリカによる経済制裁に歩調を合わせる形で(2019年5月から)停止していたイランからの原油購入を再開する検討に入ったと報じられており、それもバイデン政権の不興を買ったようだ。
さらに、前述の米印オンライン首脳会談の直後に開かれたアメリカとインドの外務・防衛閣僚協議(2プラス2、4月11日)では、協議終了後の共同記者会見でブリンケン米国務長官が、モディ政権によるイスラム教徒への人権侵害を問題視する発言を口にした。
「世界最大の民主主義国家」を自負するインドの人権問題を、アメリカの政府高官が公の場で批判的に取り上げるのはきわめて異例。これもモディ政権へのいら立ちの表現だ。
「非同盟」「全方位外交」貫くインド
バイデン大統領はモディ首相とのオンライン会談で、4月末に東京開催で調整していたクアッド首脳会合を1カ月遅らせて5月24日ごろに開催したいと伝えた。
ただ、サキ米大統領報道官は同首脳会合の日程について明言を避けた。日米外交筋も「まだ調整中」と述べるにとどめている。
その理由は、5月21日に予定されているオーストラリアの連邦議会総選挙。同国の世論調査では、政権奪還を狙う最大野党・労働党の先行が伝えられる。野党勝利となれば、クアッドや米英豪が新たに創設した安全保障協力の枠組み「オーカス(AUKUS)」の一角が揺らぐ可能性も否定できない。
インド太平洋地域の連携枠組み「クアッド(Quad)」の一角、オーストラリアのモリソン首相。同枠組みの外相会談をメルボルンで開催した2022年2月撮影。
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バイデン政権は2022年に入ってからウクライナ危機への対応に手足をしばられているが、同国の国家安全保障戦略で「唯一の競争相手」と位置づける中国との争いの主戦場は、あくまでインド太平洋。
同政権としては、クアッド首脳会議を中国との競争を有利に展開するチャンスにしたい。そのためにはオーストラリアの参加が必須だし、中国包囲のカギを握るインドを何とか引き寄せたいところだ。
しかし、冒頭でも触れたように、非同盟と全方位外交を掲げるインドは、クアッドの反中同盟化にはきわめて消極的だ。
菅政権時代の日米安保とクアッド、主要7カ国(G7)をめぐる動きをふり返ると、そうしたインドの姿勢が鮮明に見えてくる。
ほぼ1年前の2021年3月に開かれた日米外務・防衛担当閣僚会合(2プラス2)は、中国を名指しして「威圧や安定を損なう行動に反対」と共同声明に明記、「中国の脅威」に対抗するため日米協力の強化をうたった。
そのトーンは翌4月の日米首脳会談および共同声明にそのまま引き継がれた。
さらに、6月にイギリスで開かれた先進7カ国首脳会議(G7サミット)は、日米が強く主張した台湾問題の明記をはじめ、香港、新疆ウイグル問題でも中国を名指し批判した。
このように、日米とG7では一致した対中政策がスムーズに展開された。
ところが、2021年3月に開かれたクアッド首脳会議は、非同盟のポジションを貫くインドに配慮し、共同声明でも中国への批判を一切封印する。
日本政府はインドの「説得役」を担い、同首脳会議の前日には当時の菅首相がモディ首相とオンラインで会談したものの、結局は中国批判を封印する結果となった。
岸田首相も2022年3月19、20日にインドを訪問、対ロシア政策で共同歩調をとるよう呼びかけたが、モディ首相は共同記者会見でロシアを直接的には非難せず、対中包囲網の強化についてもインドを動かすには至らなかった。
オーカスへの日本参加打診は「観測気球」
ここまで述べたように、クアッド4カ国内でもアメリカとインド、日本とインドの間に矛盾が顕在化しつつあるなか、オーカス(前出)を構成するアメリカ、イギリス、オーストラリアが、日本に同枠組みへの参加を打診したことが報じられた。
オーカスは2021年9月に創設された新たな安全保障協力の枠組みで、オーストラリアに対しアメリカとイギリスが有する原子力潜水艦建造技術を供与することを発表して世界の話題をさらった。
日本の参加については、松野官房長官が記者会見(4月13日)で否定したものの、打診の狙いについては、極超音速兵器や電子戦能力などの分野での日本の技術を取り込むことなどと報じられた。
中国はオーカスを軍事同盟的な性格の「アジア版NATO(北大西洋条約機構)」と批判しており、日本がそこに原潜や極超音速兵器など攻撃用兵器の開発を通じて参加するのはハードルが高い。
日本への参加打診やそれに続くメディア報道は、日本と中国、アジア諸国の反応を探るための「観測気球(アドバルーン)」と言うべきだろう。
インドもアジアもアメリカに追随しない理由
ここに来て目立ち始めたアメリカとインドのすれ違いは、何に起因するのだろうか。
バイデン大統領は、中国・ロシアとの争いを「民主対専制」と位置づけ、アメリカ主導の国際秩序の再構築を目指している。一方、中国やロシア、インドなどは冷戦終結を経てアメリカの一極支配構造が崩れ、世界は多極化に向かっているとみる。
アメリカとインドの間には、そうした国際秩序をめぐる根本的な認識の違いがあるのだ。
今回の米欧主導の対ロシア経済制裁についても、現時点で同調するのはG7や欧州連合(EU)加盟の欧州諸国など計33カ国にとどまる。とりわけアジアでは日本、韓国、シンガポールの3カ国で、圧倒的な少数派だ。経済制裁を「国際社会全体の意思」とみるのには無理がある。
米中対立を冷静に見つめながら均衡点を模索するASEAN(東南アジア諸国連合)加盟国の大半は、非同盟を貫くインドの姿勢を共有する。したがって、「民主対専制」の二元論から中国やロシアを排除しようとするアメリカの試みがアジアで成功する可能性は低い。
それはアジアの一員として日本が自覚すべき重要なポイントでもある。
(文・岡田充)
岡田充(おかだ・たかし):共同通信客員論説委員。共同通信時代、香港、モスクワ、台北各支局長などを歴任。「21世紀中国総研」で「海峡両岸論」を連載中。